Yahoo!ニュース

アメトーーク!もNHKも語ろうとしない、甲子園の”不都合な真実”

五百田達成作家・心理カウンセラー
春夏連覇を目指した智弁学園(奈良)は18名中5名が県外中学出身。(写真:岡沢克郎/アフロ)

そもそも高校野球にまったく関心がない人でも、次の事実を知ったら、少しは驚かないだろうか?

ことしの夏の甲子園の熊本代表に、熊本県出身の選手はひとりもいない。

この夏、熊本大会を勝ち抜いて甲子園に出場している秀岳館高校の選手は、ベンチ入り18名すべてが熊本県以外の中学出身。つまり地元が熊本ではない選手たちが、熊本代表として甲子園を闘っている。

野球留学は常識

野球の上手な中学生が、生まれ育った地元を離れて県外の高校へ進学する、いわゆる野球留学。これ自体は実は珍しいことではない。

よりよい野球環境を求めて、あるいは、信頼した指導者に誘われて、あるいは、甲子園に出られる確率が少しでも高くなるような学校を選んで、越境進学することは、高校野球の世界では常識だ。

なかでも、確率上、甲子園に行きやすい県と行きにくい県があることは、まるで選挙区の票格差のように如実。

ことし最も出場校が多かったのは、愛知で190校。神奈川188校、大阪177校と続く。いっぽうで最も少ないのが鳥取25校。次いで高知29校、福井30校となっている。190分の1と25分の1とでは、全然違う。

マー君もダルビッシュも

プロ野球やメジャーリーグで活躍する選手の中にも、野球留学を経験している人は少なくない。

ヤンキースの田中将大は兵庫出身だが、北海道の高校(駒大苫小牧)を選んで進学し、みごと甲子園出場・全国制覇を成し遂げた。

同じく兵庫でしかもマー君と同じ少年野球チームだった坂本勇人は、青森の光星学院(現・八戸学院光星)に進み、巨人に入団した。

あのダルビッシュ有は大阪出身。高校は宮城の東北高校に進み、甲子園で準優勝、その後、プロ入りしている。

つまり、有名校・強豪校ともなれば、県外出身者が含まれているのは当たり前。だが、たいていは地元選手との混成軍なので、秀岳館のケース(地元選手がゼロ)というのはさすがに珍しく、ちょっとした物議を醸した。

とはいえ、ふとテレビ中継に目をやったとき、画面の中で活躍している選手が、小さいころからその県で生まれ育った「地元選手」なのか、はたまた高校から入ってきた「県外選手」なのか、そのことを知るすべはほぼない。あくまで「●●県代表の高校球児」だ。

出身中学を知る手段

ところが、である。

以前の記事でも紹介した週刊朝日増刊「甲子園2016」には、なんと、すべての出場選手の出身中学が載っている。

10年ほど前にこのことを知ってから、筆者の甲子園を楽しむ視点は格段に豊かになった。いまでは、甲子園観戦に欠かせないツールとなっている。

たとえば、冒頭で挙げた秀岳館高校(熊本)。甲子園にベンチ入りしている18名の出身中学(県)の内訳は以下の通りだ。

大阪 8名

京都 3名

福岡 3名

佐賀 2名

沖縄 1名

神奈川 1名

ーー

熊本 0名

つまり「県外率」100%ということになる(ちなみに高知代表・明徳義塾も100%)。また、今回、通信制高校で初の甲子園出場を果たしたことで話題になったクラーク国際(北北海道)も、

北海道 11名

ーー

大阪 2名

宮城 2名

京都 1名

愛知 1名

三重 1名

と、全国から選手が集結していることがわかる。「県外率」は実に39%。

※「県外率」は、週刊朝日増刊「甲子園2016」をもとに、筆者が独自に計算したもの。あくまで出身中学の所在県をカウントしているので、野球留学ではなく、単に隣県から通学しているなどの可能性もある。

大阪が全国の高校球児を輩出

なかでも大阪は、ボーイズリーグという大阪独自の中学生野球リーグが盛んなこと、また、強豪校がひしめいているので競争率が高いことなどから、大阪出身の野球選手は全国各地に散らばり、各チームの屋台骨になる傾向にある。だから、有名なプロ野球選手の出身を調べると「あの人も大阪、この人も大阪」ということになるのだ。

このことは、日本をはじめ世界各国のサッカーチームでブラジル人選手がエースとなっていることや、世界各国の卓球チームにおいて中国人選手が活躍し、ときには帰化して代表選手になっているのと似た構図だ。

ちなみに、8強に残った各校の「県外率」は以下の通り。

常総学院(茨城) 50%(18名中9名)

秀岳館(熊本) 100%(18名中18名)

鳴門(徳島) 6%(18名中1名)

明徳義塾(高知) 100%(18名中18名)

北海(南北海道) 17%(18名中3名)

聖光学院(福島) 61%(18名中11名)

作新学院(栃木) 6%(18名中1名)

木更津総合(千葉) 34%(18名中6名)

試合が面白くなる情報

誤解のないように記しておくが、筆者はこの傾向を批判したり、あるいは、奨励したりするものではない。

ごく単純に、あるチームの成り立ちを知っておくとより深く対戦を楽しめると感じるし、逆に、高校野球に関心がない人でも、こうしたことをきっかけに甲子園を楽しんでもらえれば、と、あまりメディアで報じられない視点を提供しているに過ぎない。

実際、それぞれの高校球児がどのような思いで高校を選び、どれほどの努力と練習を重ね、チームメイトと地元の支えを受けながら地区大会を勝ち抜いてきたか(あるいは夢半ばにして敗れたか)と想像すると、胸が熱くなる。

地元っ子チームも活躍

野球留学によって支えられた強豪校が甲子園の常連になるいっぽうで、純粋・地元チームも活躍している。

この夏、初出場にしてみごと初戦を突破した沖縄代表の嘉手納高校は、逆にオール地元っ子チームだ。「県外率」は実に0%で、なんなら校区が隣り合う3中学の選手が中心、という幼なじみ集団。

こうした地元生え抜きのチーム(公立高校であることも少なくない)と、全国から野球エリートを集めたチーム(私立がほとんど)とが、同じ土俵でしのぎを削るのが甲子園。そのフェアさもまた趣深い。

この大会中も、体格といい野球技術といい、見るからにプロ顔負けのエリートチームが、勢いのついた初出場チームに足元をすくわれることが、ままあった。

美談しか求められない

高校野球は通常のスポーツイベントとは大きく異なる。

多くの関係者が「勝敗」よりも「教育」を理念に掲げるように、一種、神話的な世界だ。人々は高校野球に「感動」と「清廉さ」を求める。もちろん、ギリギリの攻防や豪快なホームランに湧くことはあっても、あくまでそれは「さわやかな球児像」ありきの話だ。

そのため、メディアで伝えられる高校野球の情報は、美談に偏りがちだ。筆者は以前、高校野球関連の媒体を編集していた経験があるが、そのなかで扱われるニュース・エピソードは、感動に次ぐ感動ばかり。

右肩を故障したので左ききに転向した、双子同士で息の合ったバッテリーを組む、漁船の上でバランス感覚を養った、幼なじみのマネージャーのために、退任する監督のために……。まるでマンガか、と驚くようなストーリーが、これでもかとそこかしこから集まってくる。

そんな中、野球留学の話題は、人々が求める感動ストーリーとそぐわないからか、ちょっとしたタブーとなっている印象を受ける。

テレビで扱われない野球留学

「地元の代表が全国一を目指す」という盛り上がりに水を差すということか、野球留学の話題はテレビ中継の中でもさほどフォーカスされない。ここ数年ファン拡大に一役買っている、アメトーーク!の「高校野球大好き芸人」においても触れられることはない(あるとしても、中学時代の同級生が甲子園で感激の対戦とか)。

繰り返しになるが、筆者は、野球留学の傾向に眉をひそめたいわけではない。

夏の甲子園は、お盆の時期の風物詩、牧歌的な地方対抗戦というだけでなく、もはや高いレベルで技術を競うベースボールトーナメントになっている。学校の貴重な宣伝活動の場でもあるし、プロ野球やメジャーリーグで活躍する選手を養成する場でもある。

であれば、涙を誘うドラマばかりではなく、こうした事実にも、クールに日の目があたってもいいのではないかとは思うのだ。

(五百田 達成:「察しない男 説明しない女」著者 作家・心理カウンセラー)

画像
作家・心理カウンセラー

著書累計120万部:「超雑談力」「不機嫌な妻 無関心な夫」「察しない男 説明しない女」「不機嫌な長男・長女 無責任な末っ子たち」「話し方で損する人 得する人」など。角川書店、博報堂を経て独立。コミュニケーション×心理を出発点に、「男女のコミュニケーション」「生まれ順性格分析」「伝え方とSNS」「恋愛・結婚・ジェンダー」などをテーマに執筆。米国CCE,Inc.認定 GCDFキャリアカウンセラー。

五百田達成の最近の記事