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菅官邸が秘書官人事で「日産救済」モードに

井上久男経済ジャーナリスト
9月16日に発足した菅内閣。経営危機の足音が近づく日産に救いの手を差し伸べるのか(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

官房長官秘書官に経産省自動車戦略企画室長

 9月16日に発足した菅義偉内閣が早速、経営状況が悪化している日産自動車の救済対応を視野に入れた官邸人事を行った。

 加藤勝信官房長官の秘書官に経済産業省大臣官房参事官(自動車・産業競争力担当)兼自動車課・自動車戦略企画室長の曳野潔氏が抜擢されたのだ。

 当初案では、曳野氏と吉村直泰・自動車課長のいずれかを首相秘書官にすべく経産省は画策したが、「官邸側に蹴られたようだ。あまりにも露骨過ぎるからだろう」と同省幹部は見る。

 菅首相に仕える官庁出身の秘書官は6人となり、安倍首相時代から1人増えた。そのうちの一人で、経産省出身の門松貴氏は官房長官秘書からの横滑りだ。門松氏は1994年入省で慶応大学出身の技官。

日産と蜜月の菅首相

 一方、菅首相の女房役、官房長官を支える曳野氏は98年に東京大学法学部を卒業して経産省に入省した事務官。米タフツ大学フレッチャースクールに留学して法律外交を学び修士号を得ている。同省内では電力の安定供給対策などに従事し、エネルギー関連の仕事が長い。

 菅首相が地盤とする小選挙区は神奈川2区で横浜市西区などだ。そこに日産のグローバル本社があることから菅首相と日産は蜜月関係にある。日産の登記上の本店は横浜市神奈川区宝町。1933年の創業以来、変わっていない。そこに国内初の自動車量産工場を建設した。今は、同社横浜工場があり、エンジンや電気自動車(EV)向けモーターを製造している。

 横浜市の林文子市長は元日産役員。ほかにも神奈川県厚木市に開発拠点のテクニカルセンター、同横須賀市にEVを造る追浜工場があり、日産の主要拠点は神奈川県内に多い。このため、神奈川県に強い影響力を持つ菅首相と日産は必然的に関係が深くなるというわけだ。

政府保証の陰に菅氏

 現役首相と関係が深い日産の経営状況は火の車だ。筆者も含めて多くメディアが報じているように、20年3月期決算では6712億円の最終赤字を計上。21年3月期も6700億円の最終赤字に陥る見通しで2期連続の巨額赤字だ。

 新型コロナウイルス感染症の影響で日産は全世界で車の販売を落としており、手元資金が減少し始めた。このままでは資金繰りに窮すると見て、日産は今年5月から7月にかけて約8900億円を資金調達した。このうち政府系金融機関の日本政策投資銀行から1800億円借り入れ、そのうち1300億円に政府保証が付いた。

 融資に対する政府保証とは、万一、日産が返済できなくなった場合、税金でかぶるという話で、国民負担が生じることになる。10年に経営破たんした日本航空(JAL)に対する融資にも政府保証が付いていたが、経営破たんによって約470億円の国民負担が発生した。日産への政府保証額がJALとは一桁違う。

 日産への融資に政府保証が付いたのは、当時官房長官だった菅氏の意向があったからと見る向きは多い。また、政投銀に加えて同じく政府系金融機関の国際協力銀行からも5億8200万ドル(約611億円)借り入れ、それをメキシコでの販売金融事業の運転資金に投入している。

国内で資金調達不発

 国内の民間金融機関は、経営が日増しに悪化する日産への追い貸しに及び腰になっている。関係者によると、今年5月に約8900億円を調達した際に、三菱UFJ銀行が「もうこれ以上貸せない」と言ったために、代わりに政投銀が貸し出し額を増やしたという。

 国内からの資金調達はこれ以上無理だと判断した日産は9月17日、ドル建てで80億ドル、ユーロ建てで20億ドル、日本円に換算して1兆円を超える社債を発行する。アジア企業では過去最大のドル建て社債の発行だという。この1兆円超の資金の一部は、約8900億円の借り入れの返済などに充てる。

政府系ファンドによる救済も視野

 外国通貨建てでの巨額の社債発行の背景には、日産が今年5月、国内で5000億円の社債発行枠を設定したが、700億円しか調達できなかったことがある。国内の投資家からそっぽを向かれ始めたため、海外に活路を見出したわけだ。しかし、社債の格付けが低い日産は有利な金利で社債を発行できないため、今後、社債の金利が経営上の大きな負担としてのしかかってくるだろう。

 このまま日産の経営が再建できなければ、政府系金融機関からの融資だけではなく、公的資金による資本注入も視野に入ってくる。また、サプライチェーンの頂点にある日産の経営悪化は下請け企業への影響は多い。

 こうした課題への対策も視野に入れ、政府系投資ファンドの産業革新投資機構(JIC)は9月9日、最大で4000億円規模の投資枠を持つ「JICキャピタル」を設立すると発表した。ターゲットとなる会社数は10社程度で、1000億円規模の投資にも対応する。記者発表では「成熟期にありながら依然として業界内に大手・中小企業が多数存在するなど国内で合従連衡による効率化の大きい企業」などを投資対象とすることが説明された。モビリティー業界の変革に関しても投資するという。

日産が菅政権の「重荷」に

 JICは経産省管轄。日産と取引がある関連企業の再編も視野に入っているのではないか。さらに筆者は、日産の現状では公的資金による資本注入も十分にあると見ている。その際に課題となるのが、日産が「外資系企業」であることだ。仏ルノーが43%出資する会社を、国民の税金で救済すべきなのかといった議論が浮上するだろう。

 公的資金による日産救済の大義名分を得るためには、仏ルノーの出資比率を大きく引き下げるか、資本提携を解消するかが迫られる。その際には日仏両国政府を巻き込んだ交渉になることは間違いない。筆頭株主のルノーも20年1-6月期決算で約9000億円の巨額最終赤字を計上しており、日産を支援する余裕は全くない。

 菅政権にとって、「日産救済」をどのような形で着地させるかは大きな課題だ。というとりも「重荷」だ。だが、首相お膝元の有名企業が万が一にでも経営破たんするような事態に追い込まれれば、「経済音痴」のイメージが付く。それは何としても避けたいところだろう。

経済ジャーナリスト

1964年生まれ。88年九州大卒。朝日新聞社の名古屋、東京、大阪の経済部で主に自動車と電機を担当。2004年朝日新聞社を退社。05年大阪市立大学修士課程(ベンチャー論)修了。主な著書は『トヨタ・ショック』(講談社、共編著)、『メイドインジャパン驕りの代償』(NHK出版)、『会社に頼らないで一生働き続ける技術』(プレジデント社)、『自動車会社が消える日』(文春新書)『日産vs.ゴーン 支配と暗闘の20年』(同)。最新刊に経済安全保障について世界の具体的事例や内閣国家安全保障局経済班を新設した日本政府の対応などを示した『中国の「見えない侵略」!サイバースパイが日本を破壊する』(ビジネス社)

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