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開発投資を抑制したツケが回ってきた日産 西川社長の退任なくして再生なし

井上久男経済ジャーナリスト
7月25日、2019年度第一・四半期の決算を発表した日産の西川廣人社長(写真:ロイター/アフロ)

 日産自動車が25日発表した2019年度第一・四半期決算(同年4~6月)は、売上高が前年同期比12・7%減の2兆3724億円、本業のもうけを示す営業利益が98・5%減の16億円だった。グローバル販売は、中国を除く全地域で減少し、中でも利益率が高い北米は6・3%減少して苦戦が続く。

 

「価値」が低い日産車

 販売が苦戦する要因は、商品力のなさに尽きる。カルロス・ゴーン前会長が経営を支配していた2013年頃から、新興国での生産設備への投資を増強する代わりに、新車開発への投資を抑制してきた。新車開発には4、5年かかることから、18年から19年にかけて売れそうな新車がほとんどない。象徴的な例として、国内では軽自動車と並んで小型SUVが比較的売れている中、トヨタが「CH-R」、ホンダが「ヴェゼル」、マツダが「CX-3」など商品力のある車を投入しているが、日産の「ジューク」は10年近くモデルチェンジをしておらず、商品力で見劣りする。

 また、ゴーン氏は、メーカー直営の販売店への投資を怠ってきたため、営業拠点はみすぼらしいところも多く、ブランドイメージを毀損しているため、再建は容易ではない。特に北米では、フリート販売というレンタカー向けに値引き販売を増やして台数を稼ぎ、個人の顧客を取り込む努力を怠ってきたため、「日産車の価値」で購入してくれる客が少なく、収益性が低い。要は、北米では投げ売りしないと日産車は売れないということである。

 さらに日産は商品の「移行性向」が弱い。この「移行性向」とは、日産車を保有している日産ファンが次も日産車を買うというブランドロイヤリティーのことだが、日産ユーザーが買い替える際に、今の日産車のラインナップ中に欲しいクルマがないのだ。

次に欲しいクルマがない

 一例を挙げると、国内市場で、軽自動車に乗っている日産ユーザーが、もう少し大きいクルマに乗り替えたいと思った場合、「マーチ」が候補に挙がるが、「マーチ」はタイに生産を移管し、チープなクルマに変貌してしまったので、顧客の食指が動かない。

 個人的な例で恐縮だが、筆者は初代「ノート」に乗っている。10年近く経って買い替えいようと思って、日産ディーラーに行くと、まず、ショールームにろくなクルマを置いておらず、次に移る手ごろなクルマが見当たらない。おまけに販売店からは「在庫車なら、いくらでも値引きしますよ」と言われると、自分が買うクルマの価値が毀損しているように感じて、消費意欲は萎える。これと似たようなことが世界中で起こり、日産ユーザーから愛想をつかされているのだろう。

商品企画のセンスがない西川氏

 抜本的な改革のためには、商品企画力をつけるしかないが、この商品企画は発想、センスが問われる分野だ。ここでいう発想やセンスとはどんなものかというと、あくまでたとえばの話だが、「軽トラックをすべて自動運転車にしよう」といったような発想だ。高級車ではなく、田舎の高齢者が使うクルマにこそ事故防止のために自動運転が必要だからだ。しかし、コスト優先主義では、安いクルマにコストの高い自動運転システムを載せるという発想自体が出てこない。

 現在、日産の商品企画担当は、チーフプランニングオフィサー(CPLO)のフィリップ・クラン氏。1999年の提携の際に、ルノーから日産に来て、初代COOオフィス室長を務めたゴーン氏に近い人物だ。クラン氏は、ルノーと日産を行ったり来たりして、今回が3回目の来日で、現在のポストにある。氏は技術屋上がりで、コストなどの管理能力は高いが、ユニークな商品を提案できるタイプではないというのが、社内やOBの評価だ。

 日産では社内で通称「PPM」と呼ばれる商品企画→提案→決済の流れがある。クラン氏が企画、提案までに責任を持ち、決済は西川廣人社長兼CEOが担う。この西川氏も、購買畑が長く、クラン氏と同様にコスト管理は得意だが、商品開発のセンスはないと言ってもいいだろう。自動車メーカーの購買部門経験者で商品企画のセンスがある人を筆者は見たことがない。

役人的発想の限界

 今の日産の窮状は「ゴーン経営の負の遺産」であることは間違いないが、「西川―クラン」の商品企画の意思決定のラインを変えない限り、「日産車」の再生はないのではないか。すなわち日産という企業の再生もないということだ。25日の決算会見で西川氏は経営責任を問われ、早い段階での退任を示唆した。指名委員会がこれから西川氏の後任の人選に入ると見られる。

 西川氏の後任を決めるのは、社外取締役中心で構成される指名委員会だ。委員長は経済産業省でナンバー2の経済産業審議官を務めた豊田正和氏だ。役人時代に国際交渉力では定評があった人だが、役人的発想では商品企画力の強化を念頭に置いたトップ人事を具申することはまず無理だろう。

 決算発表と同時に日産は22年度までに世界の14拠点で、生産ラインを削減したり、工場を閉じたりすることで、12500人の人員削減を行う事業改革プランも公表した。これにより3000億円の増益効果を見込む。当面はこうしたリストラで食いつないでいくのだろう。

経済ジャーナリスト

1964年生まれ。88年九州大卒。朝日新聞社の名古屋、東京、大阪の経済部で主に自動車と電機を担当。2004年朝日新聞社を退社。05年大阪市立大学修士課程(ベンチャー論)修了。主な著書は『トヨタ・ショック』(講談社、共編著)、『メイドインジャパン驕りの代償』(NHK出版)、『会社に頼らないで一生働き続ける技術』(プレジデント社)、『自動車会社が消える日』(文春新書)『日産vs.ゴーン 支配と暗闘の20年』(同)。最新刊に経済安全保障について世界の具体的事例や内閣国家安全保障局経済班を新設した日本政府の対応などを示した『中国の「見えない侵略」!サイバースパイが日本を破壊する』(ビジネス社)

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