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松下幸之助没後30年 信長・秀吉・家康の3役こなした神様の功績

井上久男経済ジャーナリスト
パナソニックは昨年、創業100年を迎えた。創業者のDNAは残っているのだろうか(写真:つのだよしお/アフロ)

「経営の神様」と言われた松下電器産業(現パナソニック)の創業者、松下幸之助は1989年4月27日、94歳でその波乱万丈の生涯を閉じた。明日で没後30年となる。この節目に、筆者なりの「松下幸之助論」を述べることで、氏の果たした功績を現在の視点から見ていきたい。

60年前に労働生産の問題を指摘

「やがてわれわれは国際舞台で商売の真剣勝負をやらなければならなくなる。国際競争に打ち勝つためには、ひとりひとりが能率を2倍にも3倍にも上げ、欧米の一流企業と立派に商売をやって、一歩もひけをとらない、という姿にもっていかないといけない」(日経新聞「私の履歴書」から)

 松下幸之助が1960年の経営方針説明会で発した言葉だ。今から60年近く前、すでに労働生産性の問題について言及している。

幸之助が没した1989年は、経営情勢はバブル期。その後、バブル崩壊。以降、日本経済は低空飛行だが、これからは未曽有の少子高齢化が日本社会に襲いかかってきて、あらゆる商品の市場が縮小し、社会保障の負担も高まっていく。

 労働人口も減少するので、一人当たりの生産性を高めていかなければ、日本経済はさらに没落していくだろう。幸之助が死後30年の世界を予想していたわけではないだろうが、幸之助の言葉には時代を選ばない普遍性のようなものがある。たとえば、こんな言葉も遺している。

変化を恐れない

「本来高い価値をもった経営について『経営とは芸術なり』という見方もできる」(同)。資本の自由化が迫っていた1967年2月に開かれた関西財界セミナーで述べたもので、「資本の自由化を前にして、逃げ腰になるのではなく、総合芸術家としての腕を思う存分ふるえる好機だと考えたらどうか。そういう気概というか、経営の価値を自ら認めることによって、資本の自由化に臆することのない力強い経営というものが生まれてくるのである」

 この言葉も、環境の変化が激しく、「正解」が何かわからない今の時代だからこそ、経営陣は変化を恐れるのではなく、むしろ新しいことに取り組める好機ととらえることが求められているが、まさしく幸之助はこの点を指摘しているのだと思う。幸之助の言葉には時代を超越した「観念」のようなものがある。まるで思想家や哲学者のようだ。

 そして幸之助の偉大さは、裸一貫でパナソニックを創業し、それを永続させる仕組みを作ったことにある、と筆者は感じている。

 会社を興した創業者の中には、歴史上の人物にたとえて、「信長」「秀吉」「家康」の3タイプがいると思う。幸之助論と絡めながら解説していこう。一応、筆者は大学院でベンチャー論を専攻していたこともあり、そうした経験を通じての考察でもある。

「信長タイプ」の創業者

「信長タイプ」の創業者を、筆者は「起業家」と呼ぶ。起業家とは文字通り、自らリスクを取って会社を起業した人物である。ただし、新しい会社を創業すれば、みな起業家と呼べるのかと言えば、そうは思わない。起業家とは、既得権や既成概念と対立しながら今までの世の中に存在しないような新技術や新サービスをゼロに近いところから生み出し、社会に新たな価値観を作り出した人を指す。

 すなわち、壮大な構想力の下、自ら産み出した技術やサービスが人々の暮らしぶりを変えてしまうような人である。技術やサービスを産み出すまでに至らなくとも、その行動や考え方が、産業や社会の有様を変えてしまえば、起業家と言えるのではないだろうか。だから起業家は思想家でもあるのだ。

 織田信長は、半農だった当時の武士団を専業にしたり、集団戦で鉄砲を使う戦術を産み出したり、信仰崇拝の対象であった比叡山延暦寺を焼き打ちしたり、戦国大名のイメージを完全に打ち壊し、新しい統治形態を模索していた。信長は既得権と戦い政権を樹立させたという意味で、「起業家」なのだ。

 幕末の坂本竜馬も「起業家」かもしれない。「脱藩」という当時の既成概念から大きくはみ出した行動を取り、「薩長連合」を仲介して成立させたことが江戸幕府という既得権を打ち壊したことにつながったからだ。

 これも筆者の独断であるが、起業家は「野垂れ死」にすることが多い。信長は家臣の明智光秀に殺され、竜馬も暗殺された。ベンチャービジネスも「センミツの世界」と呼ばれることがある。1000社設立して3社くらいしか成功しないというイメージからそう呼ばれるのだ。

 起業家は「野垂れ死」覚悟で自分の夢や哲学を愚直に追い求める。権力にも迎合しないし、既得権者とぶつかり、潰されることもある。さらに、新しい技術やサービスを産み出すことはできても、会社を潰してしまうことが多々ある。決して経営がうまいタイプとはいえないのだ。

「秀吉タイプ」の事業家

 次に「秀吉タイプ」の創業者を、筆者は「事業家」と呼ぶ。「事業家」は、合併や買収などのテクニックを駆使して、すでにある技術やサービスなどをうまく組み合わせてビジネスを拡大していく人でもある。もちろん起業家と同様に自らリスクテイクして新しい会社を作るケースもあるが、それはむしろ買収や合併の受け皿としての会社である。会社をゼロから興したわけではないが、親の会社を受け継ぎ、その業態を変えたり、業容を拡大させたりしている二代目社長も「事業家」の範疇に入るかもしれない。経営のスキルを重視するタイプではないか。

「事業家」は着眼点と要領がいい。人たらしで、時には「爺殺し」をして財界の長老も味方につける。起業家が失敗したビジネスを引き取りうまく軌道に乗せることもある。自分の会社の経営がやばいと思えば、すぐに方針転換もする。また、「起業家」として成功して「事業家」に転じるケースもある。

 豊臣秀吉は、信長から受け継いだ「遺産」をベースに、巧みな交渉術で難敵の徳川家康を表面的に臣従させ全国を統一。しかし、「朝鮮出兵」という「買収戦略」に失敗して政権基盤が揺らぎ始め、自分の死後、豊臣政権は崩壊し、事実上一代限りであった。

「家康タイプ」の真の経営者

 そして「家康タイプ」の創業者を、筆者は「真の経営者」と呼ぶ。「真の経営者」とは、自分が経営の第一線から退いたり、死去したりしても、自分が設立した会社を長く続かせることができる仕組みを作った人のことである。後世に評価が定まる。「起業家」として出発してビジネスが順調に拡大して「事業家」に転じ、その人が死後も会社が永続する仕組みを作れば立派な「真の経営者」と言えるだろう。

 徳川家康は「真の経営者」である。幼少の頃から苦労と辛抱を重ね、信長と秀吉に臣従するも、したたかに政権を取り、自分の死後、200年以上続いた江戸幕府という組織体系を整えたからだ。

「起業家」「事業家」「真の経営者」は、それぞれ求められる資質が違うように思うが、「一人三役」をこなせる人もいる。それが松下幸之助だ。パナソニックをゼロから興し、途中、買収をしながら会社を大きくし、自分の死後も会社が存続するような組織を作った。

「真の経営者」としてホンダを創業した本田宗一郎を挙げる人がいるかもしれないが、一人でホンダを育てたわけではなく、藤沢武夫との二人三脚だったので、「一人三役」をこなしたとは言い難いのではないか。

ソフトバンク孫と楽天三木谷は?

 ベンチャー企業から勃興して大企業に成長し、今も健在な経営トップのお歴々はどの範疇に入るだろうか。まず思い浮かぶのがソフトバンクグループ会長兼社長の孫正義だが、孫は「起業家」ではなく「事業家」の範疇に入ると思う。

 出版やソフト販売などの創業時のビジネスは世間になかった「商売」ではない。携帯電話ビジネスも買収戦略で大きくなったものだ。孫がこれまでの世の中になかった技術やサービスを産み出したわけではないが、着眼点と要領の良さで事業を拡大させてきたように見える。同様に楽天会長兼社長の三木谷浩史も「事業家」ではないだろうか。

 ソフトバンクや楽天のようにトップの強烈なリーダーシップで動いている会社は、そのトップが引退後、あるいは鬼籍に入った後に会社が今の勢いを保持できるとは限らない。そうした意味では、孫も三木谷も、筆者が言うところの「真の経営者」になれるか否かは分からない。

松下幸之助は「一人三役」

 京セラを創業した稲盛和夫氏、日本電産を創業した永守重信氏はご健在だ。稲盛氏は第一線から退いたとはいえ、求心力として京セラの経営にまだ大きな影響力を持つ。永守氏に至っては社長を後進に譲って会長になったとはいえ、バリバリの現役。ゆえに「真の経営者」としての評価は後世に定まることだろう。

 断っておくが、「起業家」「事業家」「真の経営者」のどれが良い悪いと言っているわけではない。求められる資質が違う。「起業家」は破壊が得意で、「事業家」は創造が得意で、「真の経営者」は洞察力があるのかもしれない。この「三役」が適度にミックスして、企業社会は停滞なく、発展するのではないかと思う。それにしても「一人三役」をこなした松下幸之助はやはり凄い。                                                                      (敬称略)

経済ジャーナリスト

1964年生まれ。88年九州大卒。朝日新聞社の名古屋、東京、大阪の経済部で主に自動車と電機を担当。2004年朝日新聞社を退社。05年大阪市立大学修士課程(ベンチャー論)修了。主な著書は『トヨタ・ショック』(講談社、共編著)、『メイドインジャパン驕りの代償』(NHK出版)、『会社に頼らないで一生働き続ける技術』(プレジデント社)、『自動車会社が消える日』(文春新書)『日産vs.ゴーン 支配と暗闘の20年』(同)。最新刊に経済安全保障について世界の具体的事例や内閣国家安全保障局経済班を新設した日本政府の対応などを示した『中国の「見えない侵略」!サイバースパイが日本を破壊する』(ビジネス社)

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