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トヨタ役員人事を発表!「章男社長のお友達人事」との声も

井上久男経済ジャーナリスト
トヨタの新しいスポーツカーブランド「GR」を発表する豊田章男社長(写真:つのだよしお/アフロ)

 トヨタ自動車は28日、来年1月1日付の役員人事および組織改正を発表した。これまでトヨタの主な役員人事は4月に実施していたが、業界の変化が速い中で、「一刻の猶予も許されない」との危機感から、人事の時期を前倒しした。

 

三井住友銀行から役員を招へい

 今回の人事の特徴の一つとして、グループ会社および社外から専門的な知識を有する人材を役員に起用したことだ。たとえば、トヨタの金融事業を統括する販売金融事業本部長(常務役員)に、三井住友銀行の福留朗裕常務執行役員を迎えたり、グループの豊田通商の今井斗志光執行役員をアフリカ本部長(常務役員)に起用したりした。また、プリウスの開発担当を経験してトヨタ常務役員から「孫会社」であるブレーキ事業のアドヴィックス社長に転じていた小木曽聡氏をトヨタ本体の専務に戻して、CVカンパニー(商用車事業)のトップに抜擢した。これまで保守的な役員人事をしてきたトヨタにしては、前例に囚われない人事をしたと言えるだろう。

生きるか死ぬかの戦い

 この役員人事に関して豊田章男社長は次のようにコメントしている。

「自動車業界は100年に一度の大変革の時代に入った。次の100年も自動車メーカーがモビリティ社会の主役を張れる保障はどこにもない。『勝つか負けるか』ではなく、まさに『生きるか死ぬか』という瀬戸際の戦いが始まっている。他社ならびに他業界とのアライアンスも進めていくが、その前にトヨタグループが持てる力を結集することが不可欠である。今回の体制変更には、大変革の時代にトヨタグループとして立ち向かっていく意志を込めた。また、ベテラン、若手を問わず、高い専門性をもった人材を登用した」

 豊田社長のコメントからは危機感が伝わってくるし、その問題意識には筆者も共感するところが多い。話は変わるが、この役員人事が発表された前日の27日、トヨタは「電動化技術説明会」を開き、電池、モーター、パワー半導体などのハイブリッド車で培ってきた技術をメディアに全公開した。特にモーターについてはトヨタの技術が世界一ではないかと筆者は見ている。この3つの技術はEVに転用可能だが、説明に当たったトヨタのエンジニアたちは、転用可能なことをアピールすると同時に、EVで出遅れていることへの危機感を率直に語った。

トヨタでも消え去る時代に

 こうした要素技術を持ちながら、EVで出遅れた要因のひとつは、「会議ばかりして実行するという視点が弱かった」(関係者)とも言われる。今回の人事と組織改正によって、いかに実行する組織に変えていくかもカギとなるだろう。

 巨大な資金を持ち、人材も豊富なトヨタですらも、パラダイムシフトが進む時代に生き残れる保障はどこにもない。生き残れるのは、大きいか小さいか、強いか弱いか、でもなく、環境の変化に対応できる企業だけが生き残る時代に突入した。恐竜が気候の変化に対応できず絶滅したのと同様に、強くて巨大なトヨタでもあっという間に市場から消え去るリスクがある時代になったのだ。この点については筆者の近著『自動車会社が消える日』(文春新書)でも詳しく述べている。

69歳相談役を副社長に「抜擢」

 ただ、筆者が疑問に思う人事もあった。疑問というよりも、仰天してしまったと言った方がいいかもしれない。筆者の知り合いであるトヨタ関係者の多くも同様の意見だった。

 仰天してしまった人事とは、69歳で相談役の小林耕士氏を副社長兼CFO兼CRO(チーフリスクオフィサー)に起用したことだ。ご意見番である相談役が実務の責任を担う副社長になることに驚きを感じえない。小林氏がトヨタの相談役の役職についていたことはニュースリリースには記されていない。

 小林氏は豊田社長の「守役」として一部の関係者の中では知られる。豊田社長が役員になる前の若い頃、財務部と国内営業の在籍時に小林氏は豊田氏の上司を2回務めたことが縁で豊田氏の信頼を得た。

 しかし、小林氏はトヨタでは役員にならず、グループのデンソーに転じて同社の役員に就任。デンソーでは副会長として主に財界(名古屋商工会議所副会長)や渉外などの仕事をしていたが、今年4月、デンソー副会長を兼務しながらトヨタの相談役に就き、トヨタの広報渉外活動などを支えてきた。トヨタでは副社長以上を経験した人が相談役になることが多いが、トヨタ本体で役員を経験していない小林氏を相談役に就けることは異例の人事と見られた。

豊田社長の秘書が出世

 トヨタ社内ではこれまでの人事を「豊田章男社長のお友達人事」と揶揄する声があったことも事実だ。その「筆頭格」で相談役だった小林氏を第一線に戻して、しかも大きな権力を持つCFOやCROに起用することに驚きを感じる。トヨタには優秀な人材が多くいるが、69歳の相談役を要職に戻せば、外部からトヨタは人材不足と見られてしまうだろう。

 さらに、専務から副社長に昇格する友山茂樹氏も豊田社長が役員になる前からずっと部下として仕えてきた「股肱の臣」だ。友山氏は「斬新なアイデアの持ち主」と言われるが、これも「お友達人事」と見られても仕方がない。CV統括部長から常務役員に昇格する好田博昭氏も豊田氏の元秘書だ。秘書には優秀な人材が就くとはいえ、今のトヨタでは豊田氏の秘書経験者ら側近が昇格で優遇される傾向にある。これでは他の優秀な人材の士気が下がりかねないのではないか。さらに言えば、サラリーマンである以上、豊田社長の顔色ばかりをうかがう社員が増えかねない。これが、潜在能力はありながら実行力が欠如している一因ではないだろうか。

 豊田社長がトヨタの置かれた経営環境をとらえる問題意識は決して間違っていない。しかし、一部の人事には疑問符をつけたくなる。

 筆者はトヨタのことを率直に批判して「出入り禁止処分」をこれまで受けたことがあるし、豊田社長批判は大手メディアではタブーになっている。しかし、日本経済を背負う一面も持つ企業のトップに対しては敢えて苦言を呈したい。

経済ジャーナリスト

1964年生まれ。88年九州大卒。朝日新聞社の名古屋、東京、大阪の経済部で主に自動車と電機を担当。2004年朝日新聞社を退社。05年大阪市立大学修士課程(ベンチャー論)修了。主な著書は『トヨタ・ショック』(講談社、共編著)、『メイドインジャパン驕りの代償』(NHK出版)、『会社に頼らないで一生働き続ける技術』(プレジデント社)、『自動車会社が消える日』(文春新書)『日産vs.ゴーン 支配と暗闘の20年』(同)。最新刊に経済安全保障について世界の具体的事例や内閣国家安全保障局経済班を新設した日本政府の対応などを示した『中国の「見えない侵略」!サイバースパイが日本を破壊する』(ビジネス社)

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