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国はゲーム・マンガ・アニメのコンテンツ政策をどの程度やってきたのか?

井上明人ゲーム研究者
(写真:show999/イメージマート)

 オリンピックの開会式においてゲーム音楽が使われて以後、「行政は、いままでコンテンツ業界をきちんと支援してきたのか?」「いや、行政がコンテンツ産業に関わるのは、そもそも良くないのではないか?」といった議論が、ネット上で散見されるようになってきた。確かに行政や自治体が、コンテンツ産業や文化に対してどう関わるかは難しい論点である。

 しかし、議論の前に、そもそも、行政や地方自治体は、いままでコンテンツ産業や文化に対してどう関わってきたのかということを調べようと思うと、実はちょっと難しいところがある。論文的なものはいくつか見つかるがゲーム、マンガ、アニメといったコンテンツ政策の全体を概観しようとする入門的な資料が少ないからだ。政策としても、経産省、総務省、外務省、文部科学省・文化庁、消費者庁……と各省庁がそれぞれ何をやっているのかということはわかりにくい。

 筆者個人としては、特にゲーム関連のことについては、文化庁、総務省、経産省などと過去に仕事で関わってきたこともあり、まったく知らない分野というわけでもないので、コンテンツ政策とプロパガンダ的な動向についてのごく簡単な入門的なものを、記事として書いておきたいと思う。

(なお、この記事を読んでも、特に各政策に対する積極的な評価の情報はない。)

いままで国はコンテンツ政策をまったくやってこなかったのか?

 まず、ネット上で散見される誤解から解いておくと、「国はコンテンツをいままで全く支援してこなかった」という書き込みがたまに見られるが、これははっきりと誤解であると言える。

 国は、コンテンツに対する規制政策だけではなく、産業支援、文化支援政策を多数打ち出してきており、補助金もさまざまな形で出されている。

 比較的知名度の高いところから言えば、たとえば、東京ゲームショウ、CEDECといったゲーム業界の大きなイベントには経産省からの後援が入っている。マンガ、アニメ、ゲーム、メディアアートの賞として知名度が高いメディア芸術祭も、正式名称は「文化庁メディア芸術祭」であり、文化庁が主催するイベントである。こういった業界全体を振興するイベントには、しばしば国や地方自治体の支援が何らかの形で入っていることは多く、イベントによってはこういった公的な支援があることを見越して開催されているものも数多くある。

 一方で、政策評価が難しく、評者によって賛否が分かれる政策もある。 官民の共同ファンドであるクールジャパン機構による出資などは、コンテンツ関連政策の予算のなかでも特に予算額が大きいものだが、しばしば批判的な形で、投資の成功・失敗についての論説が掲載されていることが多い。

 つまり、「コンテンツ政策をまったくやってこなかった」というのはただの誤解であるが、コンテンツ関連の政策がわかりやすく成功しているかどうかは評者によって意見がわかれる。「コンテンツ政策がきちんとしていない」という批判は、政策のそれぞれの局面を捉えれば、当てはまるところもあり、当てはまらないところもあり、という現状だろう。

何のためのコンテンツ政策なのか?

 そもそも、「コンテンツ政策」と言っても、いろいろな政策があり、政策の分類自体もいろいろなのだが、大きく分けるとすると政策目的は、次の3つぐらいに分けて把握できるだろう。

(1)産業としてお金を生み出すための政策(産業振興政策)

 産業全体の土台となるような公共的性格の強い事業に対する支援や、投資、税制措置などが、産業の維持・発展のために打ち出されている。特に経産省や総務省などが行っており、「クールジャパン」という話が出てくるのもこの文脈が多い。

(2)文化そのものの価値に関わる政策(文化振興・保護政策)

 必ずしも商業的に売上が高いわけではないが、文化芸術として優れた作品を表彰したり、保護したり、文化状況全体を保存するための文化事業政策も数多くおこなわれている。文部科学省・文化庁などにまたがり、「メディア芸術」という言葉が出てくると、だいたいこちらの文脈になる。なお「メディア芸術」という言葉は、この文脈で独自の使われ方をしている用語であり、様々な非伝統的な表現媒体を用いる「メディアアート」という意味ではなく、「マンガ、アニメ、ゲーム及びメディアアート」を指す用語である。

(3)コンテンツと社会の関係調整のための政策(主に規制政策)

 コンプガチャの規制や、ゲーム障害などに関連する規制政策である。このタイプの政策はだいたいコンテンツに対するネガティブな政策になるので、とくに報道で取り上げられやすい。消費者庁、警察庁、厚生労働省などが関わっているが、主体的にマンガ・アニメ・ゲームなどに政策的関心をもっているという感じではないだろう。

 また、コンテンツの規制に関わる過激とも思われる政策は、県や市などの自治体単位での条例などで実施されることも多い。たとえば、香川県のゲーム規制条例は、国の政策ではないが、この文脈では近年もっとも注目されているトピックの一つだろう。なお、ゲーム障害をめぐっては本記事ではあまり扱わないが、興味のある方は、井出草平氏の記事などを読んでもらいたい。

 他にも、コンテンツを外交的なソフト・パワーとして発信していく外務省の立ち位置などは上記にはやや分類しにくいところがあったり、プロパガンダ的な政策は通常こういった議論では含まない。

コンテンツ関連のどのような法整備がすすんでいるのか?

 もう少し込み入ったところで「コンテンツ関連の法整備がまったくすすんでいないのではないか」という指摘があるが、コンテンツ関連の法律自体は、ここ数十年の間に少しずつ成立はしてきている。

 2004年5月に成立したコンテンツ促進法(正式名称:コンテンツの創造、保護及び活用の促進に関する法律)をはじめ、文化芸術振興基本法の三章九条にも「映画,漫画,アニメーション及びコンピュータその他の電子機器等を利用した芸術」が振興の対象となると明記されるように改正されている。

 こうした法整備を通じてコンテンツ関連施策が実施される根拠となっており、コンテンツ関連施策を実施するためにその根拠となる法がその都度整備されるというプロセスがある。たとえば、「メディア芸術ナショナルセンターの整備及び運営に関する法律案」は、現段階ではまだ可決されていないものだが、「メディア芸術ナショナルセンター」という施策を成立させるために立法が検討されているといった文脈がある。

 その他にもコンテンツに係る法としては、高度情報通信ネットワーク社会形成基本法、消費者基本法、風営法、景品表示法などさまざまなものがあるが、特に注目度が高く、論点が多岐に渡るものとしては、知的財産関連とりわけ、著作権をめぐる議論だろう。

 著作権関連の話は、とくに著作物の保護期間が著者の死後50年から80年に延長されてしまったことや、ダウンロード違法化といった点について、厳しい評価がなされることが多いと言える。

 知財関連の政策でニュースにとりあげられるものは多くの場合、知的財産戦略本部などからリンクが貼られており、委員会での議事が公開されている。

それぞれの取り組みをどう連携させているか?

 また、コンテンツ政策関連でよく言われてきたこととして、関連省庁が非常に多いため、方向性がバラバラで、施策が効果的に行われていないのではないか、という指摘がある。

 これも何をもって成功しているかの評価が難しい話なのだが、各施策をつなぐ枠組み自体は存在している。

(1)イベントの連携

 話自体としてわかりやすいものの一つはJAPANコンテンツフェスティバル(通称:コ・フェスタ)だろう。冒頭にも書いたように、各省庁が主催・共催・協賛・後援といった形で関わっている公的な性格をもったコンテンツ関連イベントは数多くある。東京ゲームショウ、Japan Content Showcase、東京国際ミュージックマーケット、東京国際アニメ祭、東京国際映画祭、AnimeJapanなどなど、こういったイベントを一体的に発信していくための連携枠組みとして、2007年から実施されている。実施時期をなるべく近い時期にすることで、海外からの観光客が効率的にイベントを見て回れるようにするといった試みが行われている。

(2)省庁横断的な施策

 また、各省庁を横断する知財関連施策や、クールジャパンといったトピックでは、各省庁の施策を取りまとめた形での発表がなされている。例えば、知的財産戦略本部よる知的財産推進計画2021や、内閣府がまとめているクールジャパン関連予算のページを見ると、各省庁の取り組みがまとめられているのがわかるだろう。

(3)国会議員の連携

 2014年にMANGA議連(マンガ・アニメ・ゲームに関する議員連盟)が超党派の議員連盟として立ち上がっている。政策目標としては複数のものが挙げられているが、民主党政権時にいちど立ち消えになった国立メディア芸術総合センターの構想を再び稼働させることや、クリエイター支援、海賊版対策などが謳われている。なお、「MANGA」という名称がわかりにくいが、「Manga ANime GAme」の頭文字をそれぞれ採ったという体裁となっており、漫画のみを対象としているわけではない。

 これらの他にも、産学館(官)の連携なども含めた事業として、文化庁のメディア芸術連携基盤等整備推進事業などもあり、取り組み自体はさまざまなものがある。

コンテンツ政策に関する予算規模は?

 予算について比較的よくまとまっているページとしては、内閣府がまとめている「クールジャパン関連予算」のページがある。

 令和2年度では、合計で552億円がクールジャパン関連予算として計上されており、各省庁が多様な事業に取り組んでいるのがわかる。ただし、「クールジャパン」という枠組みは、かなりの部分がコンテンツ関連政策ではあるのだが、実は農林水産省の予算や、伝統文化に係る予算も計上されており、厳密にはマンガ・アニメ・ゲームといったまとまりでの政策全体について現状がわかるような資料は見つけづらい。

表1:内閣府,令和2年度クールジャパン関連予算をもとに筆者作成
表1:内閣府,令和2年度クールジャパン関連予算をもとに筆者作成

 また、産業振興という枠ではなく、文化政策という枠になるとどうかというと、これもまとまった資料は見つけづらいのだが、伝統文化などを含む文化政策全体の予算ということであれば、文化庁の報告書で、予算の国際比較をしたものが提出されている。

表2:令和2年度文化庁委託事業『諸外国の政策等に関する比較調査研究』報告書をもとに筆者作成
表2:令和2年度文化庁委託事業『諸外国の政策等に関する比較調査研究』報告書をもとに筆者作成

 マンガ・アニメ・ゲームなどに限った予算ではないが、これを見てもらうと分かるとおり、日本の文化政策の予算は、諸外国と比べて潤沢とは言えないということがわかるだろう。

 以上、かなり簡単な概観なので、いろいろと抜けているとは思うが、なるべく短めに淡々と記述してみた。

 大きな抜けとしては、規制系の政策については報道が多いのであまり書いていない。地方自治体の政策についても概観するのが難しいので、本記事ではとりあげていない。

 また、プロパガンダ的な話については、記事を分けて次回にすることとしたい。

ゲーム研究者

1980年生。ゲーム研究者。立命館大学講師。現在、ゲームという経験が何なのかについて論じる『中心をもたない、現象としてのゲームについて』を連載中。著書に『ゲーミフィケーション』(NHK出版,2012)。ゲームの開発も行い、震災時にリリースした節電ゲーム『#denkimeter』でCEDEC AWARD ゲームデザイン部門優秀賞受賞。ほか『ビジュアルノベル版 Wikipedia 地方病(日本住血吸虫症)』など。

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