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ゼレンスキー大統領は同性婚を認めるか?

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

ロシアによるウクライナ侵攻の長期化が、両国のLGBTQ(性的マイノリティ)にも大きな影響を及ぼし始めている。ウクライナでは軍の関係者などから同性婚の合法化を求める声が高まり、ゼレンスキー大統領が同性婚を認めるか注目が集まっている。一方、情報統制を強化しているロシアでは、同性愛を支持するような内容の報道や宣伝活動を禁止する法案が議会下院に提出された。

合法化求めるオンライン署名

ウクライナでは、同性婚の合法化を求めるためのオンライン請願書が大統領の公式サイト上に6月3日に公開され、これまでに2万8000以上の署名が集まった。署名が2万5000を超えると、大統領に請願の内容を検討する義務が生じる。

請願書は「今の私たちには、毎日が人生最後の日となるかもしれません。どうか、同性カップルにも正式な家族の証明を与えてください。同性カップルも伝統的なカップルと同じ権利が必要なのです」と訴えている。同国が戦争状態にあることを反映した内容だ。

今のところ、ゼレンスキー大統領からの回答は示されていない。

最愛の人の遺体を引き取れない

ウクライナでは、パートナーのいるLGBTQの人たちも戦闘に参加している。しかし、戦死しても、法的な婚姻関係がないため、パートナーが最愛の人の遺体を引き取れないなどの問題が生じているという。英BBC放送のインタビューに答えたウクライナのLGBTQ団体の幹部は、「LGBTQの人たちも、戦闘で負傷したパートナーを見舞ったり、パートナーの遺体を引き取ったり、あるいは政府から補償金を受け取ったりできるようになることが必要だ」と述べた。

LGBTQへの差別や偏見はウクライナでも依然強いが、キーウ国際社会学研究所が今年5月に実施した調査によると、LGBTQに否定的なイメージを持つ国民は約38%と、その割合はこの数年間で急速に低下している。キーウでは2013年からLGBTQの権利や認知度の向上を目指すプライド・パレードが毎年開かれており、年々、参加者が増加しているという。

同性婚の合法化を支持するグループのサイトには、ロシアとの戦争に勝利するために欧米からの継続的な支援を頼りにしている以上、ゼレンスキー大統領は欧米諸国が重視するLGBTQの人権問題を無視できないのではないかと、同大統領の決断に期待する意見も見られる。

LGBTQへの締め付け強化

一方、ロシアでは7月18日、同性愛を容認したり同性愛者の権利向上を訴えたりするような内容の報道や宣伝活動を禁止する法案が下院に提出された。現在も未成年者向けの宣伝活動は禁止されているが、今回の法案は禁止の対象を成人にまで広げることを目的としている。上下両院で可決されプーチン大統領が署名すれば、成立する。

ロシアでも若い世代を中心にLGBTQに対する受容度は徐々に高まっている。下院に法案が提出された日と同じ18日、女子テニス世界ランク12位でロシア人最高位のダリア・カサキナ選手がYouTubeの番組に出演し、レズビアンであることを自らの意思で告白(カミングアウト)した。同選手の決断にはロシア国内からも賞賛の声が相次いでいる。

保守層の間で根強い嫌悪感

ただ、年齢層の比較的高い人たちや保守層の間では、LGBTQに対する嫌悪感は依然として強い。そのため、LGBTQに対する締め付けを強化する動きは、軍事侵攻が予想以上に長引いて軍の犠牲者が増えたり国民生活が影響を受けたりする中、軍事侵攻に対する世論の支持をつなぎ留めるための、プーチン大統領の戦略の一環ではないかとの見方も出ている。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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