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「日本は中絶に厳しい国」米紙が報じる

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
人工中絶問題は長年、米社会を分断してきた問題だ(筆者撮影)

米連邦最高裁判所が24日、人工妊娠中絶を「憲法上の権利」と認めた判例を約半世紀ぶりに覆す判断を下したニュースは日本でも大きく報じられ、ネット上でも、驚きの声や女性差別的だなどの感想が、識者や一般の人たちから数多く寄せられている。ところが、その日本の中絶事情に関し、米有力紙は「日本は女性の中絶の権利が先進国の中で最も蔑(ないがし)ろにされている国」と断じた。

「夫の同意が必要」

「日本では人工中絶は合法だが、ほとんどの場合、女性たちは夫の同意が必要だ」——。こんな見出しで始まる記事を配信したのは、米有力紙のワシントン・ポスト。執筆したのは同紙の東京支局長で、記事の日付は6月14日となっている。

米国では、テキサス州のグレッグ・アボット知事が昨年、妊娠6週以降の人工中絶を禁止する法案に署名するなど各州で中絶を禁止する動きが拡大。予定されていた最高裁の判断を控えて中絶問題に対する世論の関心が非常に高まっていた時期だけに、ワシントン・ポスト紙の記事も、「このタイミングで書けば、日本にあまり関心のない米国の読者も興味を持って読むだろう」との判断が働いたとみられる。

記事は主見出しに続く袖見出し(小さな見出し)で、「男性社会の日本は、他の多くの先進国では当たり前となっているリプロダクティブ・ライツ(産むかどうかを女性が自分で決める権利)をなかなか認めようとしない」と述べ、日本における中絶問題の根幹にジェンダー問題があることを強く示唆する内容となっている。

赤ちゃんポストに言及

記事は冒頭で、親が育てられない赤ん坊を匿名のまま受け入れる、いわゆる「赤ちゃんポスト」の活動を続けている熊本市の慈恵病院の話を紹介。そして、妊婦や識者などへの取材をもとに、赤ちゃんポストを利用する親が後を絶たないのは、日本では中絶手術を受けにくいのが一因との見方を示している。

例えば、記事を書いた記者は、望まない妊娠をし中絶の相談をしに行った医者から「手術するには赤ちゃんの父親の同意が必要だと言われた」という未婚の妊婦を取材。この女性は悩んだ挙句、産むことを決意したが、そのために大学院への進学を諦めなければならなかったと書いている。

また、少子化が急速に進む中、少子化をさらに進めることになりかねない人工中絶に否定的な考えを持つ政治家もいるとし、女性の人権や母体の健康よりも、経済的観点から中絶問題が論じられている一面も報じている。

先進国で日本だけ

記事によれば、中絶手術を受けるのに配偶者の同意を義務付けているのは、先進7カ国の中では日本だけ。世界全体に広げても11カ国・地域しかない。日本以外は、シリア、イエメン、サウジアラビア、クウェート、赤道ギニア、アラブ首長国連邦、台湾、インドネシア、トルコ、モロッコといった面々だ。韓国も以前は配偶者の同意を義務づけていたが、2020年に廃止されたとしている。国連の女子差別撤廃委員会が、日本に対し中絶の同意要件を削除するよう求めている事実も指摘した。

今回の米連邦最高裁の判断で、主要国の中では米国が最も中絶に厳しい国になったとも言えるが、これが日本国内の中絶をめぐる議論にどう影響するか注目される。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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