11月18日はフランス産新酒ボージョレ・ヌーボーの解禁日。今年も様々な銘柄のボージョレ・ヌーボーが一斉に売り出される。ところが、昨年あたりから、敢えて解禁日に間に合わせずに発売するボージョレ・ヌーボーが登場し始めている。背景を探ると、地球温暖化問題をめぐるワイン業界のジレンマの一端が見えてきた。

温暖化ガス排出量を96%削減

「“解禁日に間に合わない!?”ヌーヴォー」「12月~2022年1月ごろお届け!(待たせてごめんなさい~!)」

ワインの大手輸入業者「徳岡」(大阪市)が運営する通販サイト「ワインネット」のボージョレ・ヌーボーのページを開くと、こんな“お詫び”の文言がいきなり目に飛び込んでくる。

解禁日に間に合わない理由は、時間のかかる陸路で輸入するためだ。日本に輸入されるワインは通常、船便を使う。しかし、ボージョレ・ヌーボーは、11月第3木曜日の解禁日に間に合わせるため、フランスから飛行機で運ぶ。毎年、羽田空港などに到着した様子がニュースになるので、ピンとくる人も多いだろう。

これに対し徳岡は、同社が輸入するボージョレ・ヌーボーの一部を主に陸上輸送に切り替えた。まず、産地のフランス・ボージョレ地区からトラックで隣のドイツまで運び、ドイツから列車でユーラシア大陸を横断し、中国まで輸送。中国で再びトラックに積み替えて港に運び、そこから船で日本に輸入する。日本に到着するまでに1カ月以上かかるため、解禁日には到底間に合わない。

なぜこんなことをするのか。徳岡会長の徳岡園子さんに話を聞くと、「環境問題への貢献」を口にした。徳岡によれば、ワインを列車で運んだ場合、二酸化炭素の排出量を飛行機で運んだときの3.7%の水準に抑えることができる。船だとさらに低く2.9%だ。逆に言えば、飛行機で運ばれてくるボージョレ・ヌーボーは、他のワインとは比較にならないほど大量の地球温暖化ガスをまき散らしていることになる。徳岡が陸路での輸送を始めたのは昨年からだが、園子さんは「今後も続けていきたい」と語る。

「出来立てよりおいしい」

京都市のワイン輸入業者ディオニーも、同社が輸入するボージョレ・ヌーボーの一部を昨年から船便での輸入に切り替えた。今年産についても、「発売日などは今のところ未定」(ディオニー)だが、昨年同様、一部を船便で輸入する計画だ。

ディオニーがボージョレ・ヌーボーを船便で輸入し始めたのは、必ずしも環境問題が理由ではなかった。バイヤーの玉城寛樹さんは、「ボージョレ・ヌーボーの値段はここ10年くらいで非常に高くなり、消費者にとって必ずしもコストパフォーマンスのよいワインでなくなったと感じていた。そこで、航空便より安い船便を使えば、リーズナブルな値段でおいしいボージョレ・ヌーボーをお客様に提供できると考えた」と説明する。

玉城さんはさらにこう付け加えた。「よい生産者のボージョレ・ヌーボーは、出来立てほやほやの状態のものを飲むより、少しボトルの中で熟成させたほうがよりおいしく飲めるんです」

実際、試験的に船便で入れた昨年産のボージョレ・ヌーボーは、航空便を使った同じ商品より約16%安い2860円(税込み、参考小売価格)で発売したが、消費者から「コスパがよい」「おいしい」といった感想が数多く寄せられたという。環境問題が理由ではないと言うものの、結果的に、地球環境にも財布にも優しいボージョレ・ヌーボーとなっているのは間違いない。

温暖化の影響深刻なワイン産地

今、世界のワイン業界は本腰を入れて地球温暖化の問題に取り組み始めている。それは、社会貢献をアピールし、ブランドのイメージアップを狙うといった、不純な動機ばかりでは必ずしもない。温暖化を止めないと、温暖化やそれがもたらす異常気象の影響で、これまで通りのワイン造りができなくなるとの懸念が強まっているためだ。

例えば、アメリカのカリフォルニアやオーストラリアなどのワイン産地では近年、干ばつの害が目立っており、山火事の被害も深刻だ。山火事はブドウ畑やワイナリーの施設を焼き尽くすだけではなく、ブドウの実に煙のにおい(スモーク・テイント)を付け、ワインの異臭の元となる。今年7月にドイツ西部で発生した歴史的な大洪水は、多くのワイナリーに甚大な被害をもたらした。今年のフランスワインの生産量は、異常気象の影響で約半世紀ぶりの低水準に落ち込む見通しだ。

具体的な取り組みもすでに動きだしている。例えば、シャンパンの産地、フランス・シャンパーニュ地方の生産者は2010年、温暖化ガスの排出量を減らすため、スタンダードタイプのシャンパンボトルを従来のものより65グラム(約7%)軽い835グラムのものに切り替えた。ワインのボトルは必要以上に重いものが多い上、積み重ねて運ぶには無駄なスペースを生む形状をしていることから、温暖化の“元凶”としてワイン業界関係者からもしばしばやり玉に挙がっている。

農薬や化学肥料を使わない有機農法によるブドウ栽培も急速に増えている。例えば、イタリアの高級スパークリングワイン産地フランチャコルタは、全ブドウ畑の3分の2が有機栽培に転換済みで、比率はさらに高まる見通しだ。農薬や化学肥料は製造や輸送に大量の石油資源を使うため、温暖化ガスの排出増をもたらす。有機農法はそれ以外にも、水質・土壌の保全や生物多様性、さらにはワインの質の向上にも貢献するなどメリットが多く、注目の温暖化対策だ。

日本人の環境意識が試される

ボージョレ・ヌーボーを陸路や海路で輸入する日本の試みも、俯瞰すれば、こうした世界のワイン業界が取り組む温暖化対策の一環と見ることができる。

ボージョレ側もヌーボーの海上輸送や陸上輸送には関心があるようだ。例えば、2008年、ボージョレ・ヌーボー最大の生産者ジョルジュ・デュブッフが、アメリカ市場向けに船便での輸出量を大幅に増やしたことがニュースになった。このとき同社の広報はメディアの取材に、「これにより二酸化炭素の排出量を大幅に減らすことができ、小売価格も抑えることができる」とコメントしている。

では今後、日本で、船や列車を使った地球にやさしいボージョレ・ヌーボーが急速に増えていくのだろうか。答えはおそらくノーだ。そこには日本ならではの事情もある。

かつての日本は、解禁日前になると「先進国の中で一番早くボージョレ・ヌーボーが飲める国」との宣伝文句が飛び交い、ホテルやレストランで真夜中に派手な解禁パーティーが開かれるなど、お祭りムードに包まれた時期もあった。だが、今の日本にそうした熱気はもはやない。その意味では、解禁日にこだわる必要性は薄れている。

それでも、船や列車よりコストもかかり温暖化ガスの排出増にもつながる飛行機をわざわざ使ってまで解禁日の発売にこだわり続けるのは、「初物好き」の国民性が影響しているとの指摘がある。ワイン業界にとっても、人口減少などで市場全体が飽和状態を迎えつつあるなか、需要の盛り上がりがわずかでも見込めるボージョレ・ヌーボーの解禁日は、無視しがたい。実際、徳岡にしてもディオニーにしても、全量を船や列車で輸入するわけではない。

日本のボージョレ・ヌーボーの輸入量はピーク時の2004年の3割程度に減ったとはいえ、昨年の輸入実績は世界全体の46%と半分近くを占め、2位アメリカの18%を大きく引き離している。ボージョレ・ヌーボーに限って言えば、日本ほど市場に大きな影響力を持つ国は他にない。

その影響力をどう生かすか。日本人の温暖化問題への意識が試されるところだ。