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LGBTQメダリスト過去最多でも日本の当事者たちが喜べない理由とは

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
メダルを獲得した英国のトーマス・デーリー選手(写真:ロイター/アフロ)

8日閉幕した東京オリンピックには、過去最多となる性的マイノリティー(LGBTQ)の選手が参加し、メダルラッシュに沸いた。LGBTQ選手たちが発した様々なメッセージもメディアに大きく取り上げられるなど、性的マイノリティーに対する人権の改善が多くの国で進んでいることを象徴する大会となった。だが、日本のLGBTQ当事者は、本来、喜ばしいはずのこの東京大会の“レガシー”に、複雑な気持ちを抱いている人も多いようだ。

32種目でメダル獲得

LGBTQのスポーツ選手に関する情報を発信しているオンラインメディア「アウトスポーツ」の調べによると、LGBTQであることを表明(カミングアウト)して東京大会に出場したアスリートは、少なくとも182人に達した。大会前は142人と報じていたが、その後、集計を続けた結果、40人増えた。

182人というのは、2012年のロンドン大会の23人、2016年のリオデジャネイロ大会の56人を大幅に上回る「大会新記録」だ。英高級紙ガーディアンは、「東京オリンピックは、『レインボー・オリンピック』として賞賛されている」と大会期間中に報じた。レインボー(虹)はLGBTQの象徴だ。

また、団体競技を含め56人の選手が32種目でメダルを獲得。これも過去の記録を大幅に塗り替えた。メダルの内訳は、金が、5人のLGBTQ選手のいる女子バスケットボールの米国チーム、やはり5人のLGBTQ選手がメンバーに名を連ねた女子サッカーのカナダチーム、陸上女子三段跳びの決勝で世界新記録を出したベネズエラのジュリマール・ロハス選手など、チーム・個人合わせて11個。銀メダルは12個、銅メダルは9個だった。

女子サッカー・カナダのクイン選手は、心と体の性が一致しない「トランスジェンダー」、また、自らを男性・女性のどちらでもないと認識する「ノンバイナリー」として、初のメダリストとなった。

編み物をするゲイの選手が話題に

メダルの多さだけでなく、積極的な言動も注目を集めた。

水泳の男子シンクロ高飛び込みで金メダル、男子高飛び込みで銅メダルに輝いた英国のトーマス・デーリー選手は、試合の合間にスタンドやベンチで熱心に編み物をする姿がテレビで流れ、日本でも人気者となった。同選手は2013年にゲイであることを公表し、2017年、米国人男性と結婚。代理母出産による息子がいる。

デーリー選手は試合後、「ゲイであり、そしてオリンピック・チャンピオンであることを非常に誇りに思う」と記者団に述べた。また、「今回のオリンピックに参加している国の中には、LGBTというだけで死刑になる国が10カ国もある。(性的マイノリティーの人権改善が)ここまで来る道のりは長かったが、先はまだ長い」と語り、LGBTQ差別の解消を訴えた。

ボートの女子クオドルプルスカルで銀メダルを獲ったポーランドのカタジナ・ジルマン選手は、試合後、ポーランドのメディアとのインタビューで、カナダ人のガールフレンドに喜びを伝えたことを明かし、ガールフレンドとのやりとりを詳細に語った。ポーランドではLGBTQに対する弾圧が強まっており、欧州連合(EU)が制裁措置を取る構えを見せている。ジルマン選手は「こうすることで他の人たちを助けたい」と述べ、母国で抑圧されているLGBTQの人たちを励ますため、オリンピック・メダリストとしての知名度を積極的に活用し声を上げていく姿勢を見せた。

閉会式の曲に批判

閉会式のエンディングで流れた曲「Chosen Family」(選ばれた家族)も、ちょっとした話題になった。同曲は、英国育ちの日本人歌手リナ・サワヤマさんが英国の人気歌手エルトン・ジョンさんと共同制作したもので、LGBTQの人たちに捧げる歌とされている。同曲が選ばれた経緯は明らかにされていないが、共同通信は「多様性を打ち出す狙いがあった可能性がある」と報じている。

確かに、東京オリンピック・パラリンピックは「多様性と調和」を大会ビジョンに掲げている。聖火リレーの最終走者に、ハイチ人を父に持ち欧米メディアの間で人気の高い女子テニスの大坂なおみ選手を、本人の試合のスケジュールを急きょ変更してまで据えたのも、日本が多様性を尊重していることを世界にアピールする狙いがあったとみられる。実際、大坂選手の起用を好意的に報じる海外メディアが多かった。

しかし、閉会式の選曲については、欧米先進国に比べ多様性の推進で大きく遅れをとっている日本の実態を隠すために同曲が使われたのではないかといった、その意図をいぶかる声も目立つ。SNSでは、「同性婚を認めずLGBTへの差別を法律で禁止もしていない国が、Chosen Familyを流すとは驚き」「LGBTは生産性がないと平気で言う国会議員のいる国に、Chosen Familyは使って欲しくない」「皮肉が効いている」といった批判的なコメントが目立つ。

LGBTQの人権向上に取り組むNPO法人「虹色ダイバーシティ」の村木真紀代表は、「曲は素晴らしかったです、が、LGBTQに関する法整備を急いでもらわないと、『多様性と調和』と言われても悲しくなるばかりです。『Chosen Family』が同性同士なら日本では法的に家族にはなれません」とフェイスブックに投稿した。

ポーズでないことを祈る当事者

同性婚やそれに準ずるパートナーシップ制度が国レベルで整備されていないのは、主要7カ国(G7)の中では日本だけだ。経済協力開発機構(OECD)が昨年公表した、加盟各国のLGBTQに関する法制度の整備状況に関する報告書でも、日本は35カ国中、トルコに次ぐワースト2位の34位となっている。大会直前に閉会した通常国会では、LGBTQに対する差別の解消を趣旨とした法案の提出が、与党自民党内の反対で見送られた。

日本のLGBTQの当事者や支援者にとっては、開会式や閉会式での多様性の演出が単なる海外向けのポーズでなかったことを祈るばかりだろう。

(カテゴリー:マイノリティー)

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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