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大麻、いずれ五輪で「解禁」に? IOC委員が米紙に示唆 禁止の根拠薄く

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
シャカリ・リチャードソン選手(写真:ロイター/アフロ)

東京オリンピックの米国代表に選ばれた選手が、大麻検査で陽性となり競技に出られなくなった問題で、米国内では「国際オリンピック委員会」(IOC)や「世界反ドーピング機関」(WADA)が大麻を禁止薬物としていることの合理性に疑問を呈する声が相次いでいる。もともと禁止の根拠があいまいなため、近い将来、禁止リストから外れることを予想する専門家もいる。背景には、大麻合法化を望む米世論もありそうだ。

IOC委員が禁止薬物からの除外を予想

1カ月間の資格停止処分を受けたのは、陸上女子100メートル米国代表のシャカリ・リチャードソン選手。代表選考会の際に行われた薬物検査で、大麻の陽性反応が出た。同選手は大麻を使用したことを認め、処分を受け入れた。このため、東京オリンピックの陸上100メートルに参加できないことが確定した。

これに対し、アスリート仲間やファンの間からは、処分は不当だとして、処分を下した「米国反ドーピング機関」(USADA)への批判が高まっている。だが実は、今回の裁定には、薬物を取り締まる側のIOCの委員や薬物検査の専門家の間からも、同情や疑問の声が上がっている。

現役のIOC委員で、IOCが設立したWADAの初代会長も務めたディック・パウンド氏は、米ワシントン・ポスト紙の取材に、「近いうちに、私たちは、大麻を禁止薬物リストから除外するか、あるいは使用しても資格停止処分にならないよう、警告など軽い処分にとどめるべきではないか」と述べた。また、パウンド氏は、「率直に言って、私は、大麻に競技のパフォーマンスを高める効果や、他の薬物の使用をマスキングする効果があるとは思わない」とも語り、IOCが近い将来、大麻に関する規則を変更する可能性があることを示唆した。

長野冬季五輪がきっかけ

大麻はもともと、スポーツ界では禁止薬物の扱いではなかった。禁止薬物リストに加えられたのは、1998年、長野で開かれた冬季オリンピックで金メダルをとったカナダのスノーボードの選手から、大麻の陽性反応が出たのがきっかけだ。IOCはメダルはく奪の処分を下したが、その決定が同じくIOCが設立したスポーツ仲裁裁判所によって覆されるという「失態」を演じた。裁判所は、大麻は禁止薬物として規定されておらず、処分の根拠があいまいだと指摘した。

そこでIOCは同年、大麻を禁止薬物に指定したが、「大麻は競技パフォーマンスを向上させる効果があるとみなされていないにもかかわらず、禁止薬物に加えられた」と当時の米ニューヨーク・タイムズ紙は報じている。多くの国で薬物汚染が深刻な問題となっていた時期だったため、国際世論に影響された面もあると一部メディアは伝えている。

ニューヨーク・タイムズによれば、薬物は「競技パフォーマンスを上げる効果がある」「選手の健康にリスクとなる」「スポーツの精神に反する」という3項目のうち、少なくとも2つの項目に該当すると、WADAの規定により使用が禁止になる。だが、大麻には、パウンド氏が指摘するように、競技パフォーマンスを上げる効果はほとんどないとの見方が専門家の間では多い。

タバコや酒はよくて、大麻はだめ?

選手の健康を害するリスクに関しても、健康に有害だという理由で大麻が使用禁止になるなら、タバコやアルコール(酒)はなぜ認められているのかという議論が、必ずついて回る。禁止薬物の検査機関「BSCG」の共同創設者オリバー・カトリン氏は、ワシントン・ポストの取材に対し、「(大麻がだめで)なぜタバコはいいのか?」と述べ、大麻とタバコで扱いに差があることに首をひねる。

リチャードソン選手の資格停止処分についてコメントを求められたジョー・バイデン米大統領は、「ルールはルールだ」とUSADAの決定を支持したが、同時に「(大麻が禁止薬物のままでよいかどうかは)また別の問題だ」と微妙な言い回しをしている。

米プロスポーツ界はすでに容認

大麻によるオリンピック代表選手の出場停止処分問題で様々な議論が出てくる背景には、米国内で急速に進む大麻合法化の流れがある。

1日、コネチカット州で大麻の使用を合法化する州法が施行になり、21歳以上なら誰でも1.5オンス(約42グラム)まで合法的に大麻を所持でき、タバコと同じように吸えるようになった。米国では同州を含め、すでに19の州で娯楽として大麻を吸うことが認められている。今年だけでも同州を含め5つの州が解禁するなど、ここに来て合法化の流れが一段と加速している感すらある。

さらに、プロ野球の大リーグ(MLB)が2019年に大麻を禁止薬物リストから外したり、アメリカンフットボールのプロリーグ(NFL)が昨年から、大麻使用の罰則を出場停止処分から罰金に緩和したりするなど、プロスポーツの世界でも大麻に対する見方が大きく変化し始めている。

もちろん、IOCもWADAも米国の意向だけで動くわけではない。しかし、オリンピックの興行における米国の影響力は極めて大きいだけに、近い将来、オリンピックで大麻が「解禁」される可能性もないとは言えない。

(カテゴリー:米社会問題)

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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