Yahoo!ニュース

NZ、日本向け蜂蜜のグリホサート規制強化 他国産は安全性に新たな懸念も

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
(写真:daizu/イメージマート)

ニュージーランド政府が日本向け蜂蜜の残留農薬規制を大幅に強化したことがわかった。日本で人気が高い同国産の高級蜂蜜をめぐっては、昨年、発がん性が疑われる除草剤グリホサートの成分が検疫で見つかり、厚生労働省が水際対策を強化していた。一方、ニュージーランド以外からの蜂蜜の安全性に関し、新たな懸念も出ている。

国内向けの10倍も厳しく

ニュージーランドの第一次産業省は1月21日、日本向けの蜂蜜の安全性に関する新たな規制を導入した。輸出業者に対し、認可されたテスト機関での残留農薬のサンプルテストを義務付け、その結果、グリホサートの残留濃度が日本の基準である0.01ppm(1キログラム当たり0.01ミリグラム)以上となった場合、輸出を許可しないという内容だ。

これまでも業者によっては自主的にグリホサートの検査をしてから輸出していたが、1月21日以降は、すべての輸出業者に検査が義務付けられた。ニュージーランド国内で流通する蜂蜜のグリホサート残留基準は0.1ppmで、日本向けは国内向けの10倍も厳しくしたことになる。

グリホサートは世界で最も多く使用されている除草剤。しかし、2015年、世界保健機関(WHO)の下部組織である国際がん研究機関(IARC)が「ヒトに対しておそらく発がん性がある」との評価を公表して以来、使用や販売を禁止したり厳しく制限したりする国や地域が世界的に増えている。日本は、禁止はしていないが、食品ごとに残留基準を設けている。

ニュージーランド産蜂蜜は日本の蜂蜜輸入量全体の2%弱と少ないが、健康によいとして人気がある。最高級品のマヌカハニーは強い殺菌効果を持つことで知られ、新型コロナウイルスの感染が拡大した昨春以降、一時、売り上げが急増した。

しかし、第一次産業省がマヌカハニーを含む同国産蜂蜜を調べたところ、多くのサンプルから日本の残留基準を超えるグリホサートが検出されたことが昨夏、地元メディアによって報じられ、日本でも大きなニュースとなった。

輸入禁止の可能性もあった

ニュースを受けて厚労省は、それまでほぼノーマークだったニュージーランド産蜂蜜の検疫体制を強化。すると、10月下旬に到着したマヌカハニーから0.02ppmのグリホサートが検出され、輸入業者に全量廃棄または積み戻しを命じた。12月中旬に到着した蜂蜜からも0.08ppmのグリホサートが検出され、同様の措置がとられた。

短期間で2度も検出されたことを重視した厚労省は1月8日、食品衛生法に基づく「輸入食品に対する検査命令の実施」を発表し、輸入業者に対し、ニュージーランド産蜂蜜と加工品の全ロットを対象としたグリホサートの検査を義務付けた。

同時に、グリホサートの検出率が全ロットの5%以上になった場合は、ニュージーランド側に対応を求め、それでも状況が変わらない場合は輸入禁止を含めた措置を取る可能性があることをニュージーランド政府に伝えた。

貴重な外貨獲得源を失いかねない事態に危機感を抱いた第一次産業省は、即座に対応し、それが今回の規制強化につながった。新規制導入後に船積みされた蜂蜜は、今月あたりから日本に次々と輸入され始めているとみられている。

アルゼンチンが懸念

一方、ニュージーランド以外からの蜂蜜に安全性に関し、新たな懸念も出ている。

アルゼンチンの養蜂業界の業界誌エスパシオ・アピコラは、「日本に輸入されたニュージーランド産のマヌカハニーからグリホサートが検出され、日本の蜂蜜市場は深刻な問題に直面している」と報道。そして、0.01ppmという日本の残留基準がアルゼンチン産蜂蜜にも適用されたら、アルゼンチン産蜂蜜は「実質的に日本市場から締め出される」と業界の懸念を代弁した。アルゼンチン産蜂蜜は、ここ数年、輸入が急増しており、2019年の輸入量は中国に次いで2番目に多い。

残留基準はすべての国に等しく適用されるので、「適用されたら」というのは事実誤認の可能性がある。一方で、この記事が示唆するのは、アルゼンチン産蜂蜜の大半は、日本の残留基準を上回る濃度のグリホサートに汚染されている可能性があるという点だ。もう一つは、グリホサートに汚染されているにもかかわらず、日本の輸入検疫をすり抜けて、スーパーなどで普通に売られている可能性があるという点。検疫は、すべての積み荷を検査するわけではないので、すり抜けてきた可能性は十分にある。

さらにエスパシオ・アピコラの記事で注目すべきは、「日本の蜂蜜輸入・加工業者が、(グリホサートの)残留基準を緩和するよう日本の政府に働きかけている」と報じていること。かりに残留基準が大幅に緩和されれば、アルゼンチンの蜂蜜業界はニュージーランドのような対策を取らずに済むことになる。

この点について、厚労省の担当部署に取材すると、「正式な手続きが取られる前の段階では、要請などの有無については答えられない」との回答だった。

国産は実態不明

輸入全体の約3分の2を占める中国産や輸入量3位のカナダ産などに関しては、日本の残留基準を上回るグリホサートが残留しているかどうかは明らかでない。ただ、オーストラリアの研究者が作成した「グリホサート世界汚染地図」によれば、中国やカナダも広範な地域がグリホサートに汚染されており、両国からの輸入蜂蜜にグリホサートが残留している可能性は否定できない。

実際、カナダでは、アルバータ州政府の研究者が蜂蜜200サンプルを調べたところ197サンプルから最大0.0498ppmのグリホサートが検出されたことが、2019年に報告されている。ただし、サンプルがすべてカナダ産かどうかは不明だ。

国産の蜂蜜に関しても、実態はよくわかっていない。農民連食品分析センターが昨年7月に、外部からの依頼で国産の蜂蜜1検体のグリホサート残留量を調べたところ、濃度は0.01ppm未満だったものの、残留が確認された。同センターは報告書の中で、「日本でも、グリホサートは広く使用されていますが、日本産のハチミツにどの程度、グリホサートが残留しているかについて厚生労働省や農林水産省が調査、報告したものや学会などの論文は、今のところ、見つけられていません。実態の調査が求められます」と述べている。

農薬の残留基準値は国や地域によって異なり、例えば欧州連合(EU)では、蜂蜜のグリホサート残留基準は0.05ppmと、日本の5倍も緩い。このため、0.01ppmを超えたからといって、ただちに健康被害を心配する必要はないとの意見も多い。ただ、グリホサートの安全性が世界的に問題となったのは比較的最近のことで、そのため、その毒性に対する研究はまだ途上の段階だ。最近の研究では、腸内細菌叢への悪影響など発がん性以外の問題も次々と報告されており、一部の消費者の間で不安が高まっている。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

猪瀬聖の最近の記事