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米国、太りすぎで軍に入隊できない若者が増加 国防に不安も

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
街中を歩いていても肥満の若者の姿が目立つ米国(筆者撮影)

新型コロナウイルスの感染者数、死者数ともに世界最悪の米国。原因の1つと指摘されているのが世界ワースト1、2位を争う国民の肥満率だ。だが、肥満の影響は新型コロナとの戦いだけにとどまらない。実は、米国では太りすぎで軍に入隊できない若者が増え続けている。軍関係者は、このままでは兵士が集まらず、国の安全保障を脅かしかねないと不安を募らせている。

議会調査局の報告書

連邦議会の立法活動を補佐する議会調査局は昨年12月22日、「米国における肥満と、新兵の募集活動への影響」と題する短い報告書を発表した。ざっと次のような内容だ。

・軍への入隊を希望しても肥満を理由に拒否される若者が1970年代から増え続けている。

・国防総省も肥満は希望者が入隊できない最大の原因の1つと認めている。

・軍は新兵の採用に関し、体重に関する規定を男子は1887年、女子に関しては1942年に設けた。

・体重規定はもともと栄養不足のためにガリガリで兵役に耐えられない若者を門前払いする目的で導入されたが、最近はもっぱら太りすぎて兵役に耐えられない若者をふるいに掛けるために利用されている。

・肥満にもかかわらず何らかの理由で入隊を許可される若者もいるが、そうした若者は最初の兵役期間の終了を待たずに除隊する割合が80%と非常に高く、訓練費の無駄遣いになっている。

・太った兵士は基礎訓練中に怪我することが多く病気にもなりやすいため、軍の医療予算を圧迫している。

・肥満の問題は連邦議会が率先して取り組むべき課題だ。

・若者の食事の改善や体力強化のための施策を実行すれば、希望通り入隊できる若者が増える可能性がある。

米国はベトナム戦争から撤退した1973年に徴兵制から志願兵制に移行したが、志願兵は貧しい家庭の若者が圧倒的だ。入隊すれば給料をもらえる上、大学進学の際には奨学金も用意される。さらに、移民の場合は入隊と引き換えに市民権を手に入れることができるなど、軍は貧困層にとって非常に魅力的な「職場」だ。

そんな若者の入隊を阻む最大の壁が、米国の国民病とも言える肥満だ。米国では貧しい家庭や地域ほど肥満率が高い。このため、入隊を希望する若者は必然的に肥満が多く、身体検査で不合格となる志願者が続出している。

退役将校の危機感

議会調査局がリポートを公表した5日前の12月17日には、800人近い退役将校が名を連ねるボランティアグループ「ミッション・レディネス」が、ミラー国防長官代行宛てに書簡を送り、新兵募集に関する問題を解決するため、国防総省は直ちに農務省や教育省、保健・福祉省などと協力して諮問機関を立ち上げるべきだと提言した。

書簡は「今や17歳から24歳の米国人の71%は軍の入隊条件に不適格となっている」と指摘し、原因として「肥満」「低い教育レベル」「犯罪歴」「薬物乱用歴」の4つを列挙。そして「この問題は米国の将来や安全保障にとって非常に重要だ」と述べ、優秀な兵士を集めることが難しくなれば、世界一の軍事力を維持できなくなると警鐘を鳴らした。

同グループによる少し前の調査では、1995年から2008年の間に延べ14万人の志願者が太りすぎのために身体検査で不合格となっている。一見して肥満と分かる志願者は身体検査の前の段階ではじかれるため、太りすぎで入隊できない志願者の数は、実際には14万人よりはるかに多いと推測している。

現役の兵士も

軍にとって肥満が問題となっているのは入隊志願者だけではない。実は、現役の兵士も肥満化が急速に進んでいる。

国防総省の「医学調査月報2019年8月号」は、2011年と2018年を比較した肥満率を掲載した。それによると、2018年に肥満率が一番高かったのは海軍で22.0%、次が空軍の18.1%、その次が陸軍の17.4%で、一番低かったのは海兵隊の8.3%だった。2011年と比べた増加率は、海軍が6倍、空軍が2倍、陸軍2.7倍、海兵隊3.6倍となり、兵士の肥満化が急速に進んでいることが明らかになった。ちなみに、肥満は、身長と体重から計算したBMI値が30以上と定義されている。

兵士は常に体を動かしているはずだが、それでも太るのは食事が原因だ。子どものころからの食習慣をなかなか変えられず、カフェテリア方式の軍の食堂で食事する際に高カロリーのメニューばかり選んだり、高カロリーの菓子類を間食したりして太るケースが多いという。

国防総省も兵士の肥満化に危機感を抱き、様々な対策を取り始めている。ニューヨーク・タイムズ紙によると、食堂のメニューはすべて色分けされ、野菜や果物、全粒粉の食べ物には緑色のラベル、高カロリーの食べ物には注意を促す赤色のラベルが張られるようになった。サラダバーは取りやすい場所に置かれ、フライドポテトやハンバーガーの棚は隅のほうに追いやられた。施設内のコンビニは、昔はレジの横にキャンディーやポテトチップスを置いていたが、今は果物や栄養補助食品を置いているという。

バイデン大統領で事態は変わるか

軍の肥満問題は米社会の縮図だ。政府の疾病対策センター(CDC)によると、1999-2000年に30.5%だった成人の肥満率は、2017-2018年には42.5%まで上昇した。つまり、今や成人の5人に2人が肥満ということになる。一方、12歳から19歳の肥満率は2015-2016年時点で20.6%だった。ハーバード公衆衛生大学院が2019年に出した予測では、2030年までに米国の成人の2人に1人が肥満となる見通しだ。

米国の肥満問題の根底にあるのは国民の間の経済格差だ。貧富の差が大きい米国では、貧困層や低所得層は、好むと好まざるとにかかわらず、日々の食事を、安くてお腹がいっぱいになる高カロリーのファストフードや加工食品に依存せざるを得ない。また、貧困層が多い地域は健康によい生鮮食品を売っている食料品店がほとんどない。こうした地域はフード・デザート(食の砂漠)と呼ばれ、大都市に多い。

肥満率が黒人やヒスパニック(中南米)系の間で特に高いのも、貧富の差と密接な関係がある。CDCの2017-2018年のデータによると、黒人とヒスパニック系の肥満率はそれぞれ49.6%、44.8%で、白人の42.2%を上回っている。

肥満問題解決のため、これまでも連邦や自治体レベルで様々な試みがなされてきた。しかし、根本原因である貧富の差の問題に深く踏み込めないため解決にはほど遠いのが現状だ。それどころか、肥満化に歯止めがかかる気配すら感じられない。バイデン新大統領は経済面を含めた人種間の格差の問題に取り組むことを約束しているが、果たして超大国米国のアキレス腱である肥満問題の解決に有効な手を打つことはできるだろうか。

参考『アメリカ人はなぜ肥るのか』(猪瀬聖著、日経プレミアシリーズ)

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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