Yahoo!ニュース

反トランプの急先鋒「サバーバン・マム」とは?

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
(写真:ロイター/アフロ)

11月に迫った米大統領選は、現職のトランプ大統領の劣勢が鮮明になっているが、その大きな原因が「サバーバン・マム」のトランプ離れだ。

郊外に住む大卒白人女性

サバーバン・マム(suburban moms)は、直訳すれば「郊外に住むママたち」。より具体的には、環境のよい都市郊外の庭付き一戸建てに家族と暮らす女性たちを指す。彼女たちの最大の関心事は、子どもの教育や家族の幸せ。多くは大学卒の白人で、専業主婦の場合もあれば仕事を持っている場合もあるが、自分たちにかかわる政治や社会問題にも関心を寄せ、選挙の時は必ず投票所に足を運ぶ。これが典型的なサバーバン・マムだ。

サバーバン・マムは急に現れたわけではない。1990年代には、子どもたちを車でサッカーグラウンドに送り迎えする「サッカー・マム」が話題となり、クリントン大統領が1996年の大統領選で再選を果たす原動力になった。2000年代初めには、同時多発テロや対イラク戦争で社会不安が高まる中、身の回りの安全により強い関心を抱く「セキュリティー・マム」が、選挙で存在感を示した。いずれも都市郊外に住むママたちだ。

セキュリティー・マムから十数年たった今、サバーバン・マムが注目を浴びている理由は、彼女たちが反トランプの急先鋒となり、その結果、トランプ氏の支持率が急低下し、再選に赤信号が灯っているからだ。

トランプ大統領の生みの親

郊外に住む白人女性層は、大接戦となった前回2016年の大統領選では、トランプ氏の勝利に大きく貢献した。エジソンリサーチの出口調査によると、居住地域別で最も有権者数が多い「郊外」に住む有権者の50%がトランプ氏に投票し、45%のクリントン氏を5ポイント上回った。この郊外での勝利が、ミシガンやウィスコンシン、ペンシルベニアなど重要な接戦州をトランプ氏が制することができた一因とされている。

この時トランプ氏は、娘のイヴァンカ氏ら女性の側近を主要な郊外の選挙区に送り込み、白人女性や働く女性の票を掘り起こしたと、ワシントン・ポスト紙は伝えている。

ところが、トランプ大統領を生んだこのサバーバン・マムたちが今、反トランプの急先鋒となっているのだ。ロイター通信が5月に実施した大統領選の支持率調査によると、サバーバン・マムに代表される大卒白人女性の間では、民主党のバイデン候補がトランプ氏に23ポイントと大差をつけてリード。1カ月前の19ポイント差からさらにリードを広げた。

サバーバン・マムのトランプ離れを引き起こしているのは、トランプ大統領自身の女性スキャンダルや数々の女性蔑視発言、さらには米社会の分断を助長するかのような政策や言動だ。実は、サバーバン・マムの離反は2017年の大統領就任直後から起きており、2018年の中間選挙で、与党共和党が8年ぶりに議会下院の多数派の座から転落する原因となった。

人種差別抗議デモが拍車

彼女たちのトランプ離れに拍車を掛けているのが、新型コロナウイルスをめぐるトランプ政権の対応や、白人警官による黒人男性の暴行死事件をきっかけに全米に広がった人種差別抗議デモに対し、トランプ大統領がSNSなどで発している白人至上主義に与(くみ)するような発言だ。

ロイター通信の調査によると、サバーバン・マムの約7割が人種差別抗議デモに共感を示し、約6割がトランプ大統領のデモ対応を批判。ツイッター上では、大統領の姿勢に抗議してハッシュタグ「#IAmASuburbanMom」(私はサバーバン・マム)を付けたツイートが盛り上がりを見せている。

当てが外れた?

トランプ大統領は抗議デモが広がり始めて以降、さかんに「法と秩序」を強調し、デモに対し高圧的な姿勢を取り続けているが、この法と秩序という言葉はサバーバン・マム向けのメッセージだったふしがある。

公民権運動以降の米国史を振り返ると、平和的な抗議デモは世論の共感を呼び民主党の支持率向上につながる一方、それが都市暴動に発展すると共和党の支持率が上がる傾向があると、プリンストン大学のワーソー准教授(政治学)が最近発表した論文で指摘している。家族の身や自分の住む地域の安全を最優先するサバーバン・マムは、都市暴動に対する恐怖心が強い。トランプ大統領が、法と秩序を連呼することでサバーバン・マムの恐怖心を呼び起こし、自身の支持率回復につなげるシナリオを描いていた可能性もある。

しかし、今回の抗議デモは、大半が多くのサバーバン・マムも参加した平和的なものだった。暴動に発展する事態もほとんどなかったため、トランプ大統領は当てが外れた格好だ。

新型コロナに関しては、国民の命より自身の再選を念頭に経済活動や学校の再開を急ぐトランプ氏の姿勢に、子どもの感染リスクを心配するサバーバン・マムが反感を強めている。

バイデン候補に大きく水をあけられているトランプ氏が、劣勢を挽回し再選を果たすためには、失ったサバーバン・マムの支持をいかに回復できるかが鍵を握っている。だが、その道筋はなかなか見えない。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

猪瀬聖の最近の記事