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米国はなぜ大麻解禁に突き進むのか

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
今年5月、ニューヨーク市内で大麻関連商品の大規模な展示会が開かれた(写真:ロイター/アフロ)

 5月31日、シカゴ市を抱える米イリノイ州の議会下院が、大麻(マリファナ)を合法化する法案を66対47の賛成多数で可決した。法案の成立には知事の署名が必要となるが、J.B.プリツカー知事はかねて法案に賛成する意向を示しており、署名は時間の問題だ。この結果、イリノイ州では、2020年1月1日から、成人なら誰でも、酒やタバコと同じように大麻を嗜むことができるようになる。

11州が解禁

 米国では、2014年にコロラド州が全米で初めて、大麻を嗜好品として使用することを認めて以来、カリフォルニア州やマサチューセッツ州など各州が続々と大麻を解禁。イリノイ州を含めれば、わずか数年間で、全50州中、11州で大麻が合法化されたことになる。

 ニューヨーク州とニュージャージー州も現在、州議会が合法化を検討。オハイオ州では今秋、合法化を問う州民投票が実施される可能性が高い。大麻は国レベルでは依然、非合法だが、連邦政府は今のところ各州の動きを黙認している。世論調査会社のピュー・リサーチ・センターが昨年実施した調査によれば、米国人の6割が大麻の合法化に賛成しており、反対の3割を大きく上回っている。世論は無視できないようだ。

 筆者はこれまでも、米国で大麻が合法化される理由や背景を書いてきたが、改めて詳しく、筆者の個人的経験も踏まえて述べることにする。

ベビーブーマーの過半が経験

 背景としてまず挙げられるのは、現状追認だ。合法化の流れが出てくる前から、大麻は米社会に深く浸透していた。ニューヨーク大学の調査によると、50歳から64歳のいわゆるベビーブーマー世代を中心とする年齢層では、55%がこれまでに少なくとも1度は大麻を吸った経験がある。過去1年(2014-15年)の間に吸ったことがある人も9%に上った。

 また、米疾病対策センター(CDC)が2013年に調査したところ、12歳以上の米国民の7.5%、数にして1980万人が、過去1カ月の間に大麻を吸ったと答えている。

 ベビーブーマー世代は、ヒッピー・ムーブメントなどの影響で大麻の使用が広がった1960年代から70年代に学生時代を過ごしており、大麻を吸った経験のある人は多い。その中には社会人になってからも断続的に吸い続けたり、最近になって再び吸い始めたりする人が少なからずいるとみられる。

 中高年だけではない。3年前、オバマ大統領の在職中に、当時18歳でハーバード大学への入学が決まっていた長女が、ロックコンサートで大麻らしきものを吸っている瞬間をとらえた動画がインターネット上に流出し、ニュースになった。しかし、ネット上では長女を擁護する意見が圧倒的に多く、たいした騒ぎにはならなかった。ちなみにオバマ氏自身も、若いころに大麻を吸ったことがあると在職中に告白したが、保守系メディアも含めてほとんど問題にしなかった。

酒に近い感覚

 日本では、有名人の大麻事件が相次いでいることから、大麻事件の拡大を防ぐためにも大麻の危険性が繰り返しメディアなどで強調されているが、米国人は大麻がそれほど危険だとは思っていない。これが大麻合法化の2番目の理由だ。

 もちろん、米国人も大麻は健康によくないと思っている。だから、合法化した州でも、タバコや酒と同様、未成年の使用は禁止されている。だが同時に、やはりタバコや酒と同様、大人が自分をコントロールしながら嗜む限りは、特に問題はないと大半の米国人が考えているのも事実だ。自らの経験でそう結論づけているのだろう。

 大麻はタバコのようにして吸うイメージから、日本ではタバコとどちらが悪いかという議論によくなる。しかし、大学時代に米国に留学中、何度か大麻を吸った経験がある筆者の印象から言うと、心身への影響や依存症との関係ではむしろ酒に近い。

 例えば、大麻を吸うと、ちょうど酒を飲んで酔った時のような状態になる。合法化した州でも大麻の影響が残った状態で車を運転することを禁止しているのは、そのためだ。タバコは車の運転には影響しない。

 筆者は当時、喫煙者でもあったが、大麻は相当量を毎日のように吸い続けない限り、依存症に陥る可能性もタバコよりは低いという印象を受けた。個人差もあるだろうが、筆者の場合は何度か経験した後も、大麻を積極的に吸いたいという気持ちになったことは一度もない。友達に誘われ、半ば付き合いで吸っていたので、その友達との交流が途絶えた時、大麻との縁も切れた。

 大麻はよく、覚せい剤など、より危険な薬物への「ゲートウェイドラッグ」とも言われる。確かに、米国でもその傾向は見て取れるが、大麻の段階でとどまる人が大半だ。

 ただ、大麻の危険性に関しては今後、米国民の認識が変わる可能性もないとは言えない。専門家によると、大麻の品種改良が進んだ結果、最近は、神経に影響する「テトラヒドロカンナビノール(THC)」と呼ぶ成分の含有量が、昔に比べて大幅に増えているという。

 また、大麻を合法化した州の中には、大麻成分を混ぜたチョコレートやクッキーなどの販売まで合法化した州もあるが、いち早く合法化したコロラド州では、大麻食品を食べた人が急性中毒の症状を訴え、病院の緊急外来に駆け込む例が急増している。大麻が原因の交通事故が増えているというデータもある。

社会の不平等を是正

 米社会が大麻合法化に突き進む3番目の理由は、社会的不平等の是正だ。黒人社会には、白人は大麻を吸っても逮捕されないのに、黒人が吸うとすぐに逮捕されるという不満が根強い。

 ニューヨーク・タイムズ紙も、「大麻を禁止する法律により、過去何十年の間に、何百万人という市民が逮捕され、何万人もの市民が刑に服した。だが、大麻で逮捕され投獄された人たちの圧倒的大多数は、一度も凶悪犯罪に手を染めたことのない人たちだ。大麻に関する政府の政策は、とりわけ国内のマイノリティー社会に壊滅的な影響を及ぼしている」と指摘し、大麻合法化への支持を表明してきた。

 イリノイ州の大麻合法化法案は、大麻の合法化だけでなく、大麻の少量所持で有罪となった前科者から、該当する犯罪歴を消去する措置も盛り込まれている。報道によれば、この措置で、77万人が恩恵を受けるという。地元テレビのインタビューに答えた黒人男性は、「これで多くの黒人が、職に就きやすくなる」と喜んだ。

日本は事情が異なる

 こうしてみると、米国内の大麻解禁の流れは、米国の現代史や根深い人種問題、それがもたらす格差問題が背景にあることがわかる。そのことをよく理解すれば、米社会が大麻を合法化したからといって、日本も即、追従すべきだという結論にならないことは明白だ。筆者も、日本で大麻を解禁することは、何のメリットもないどころか、交通事故を増やすなど社会に様々な悪影響を与えるため、反対だ。

 ところが日本の主要メディアは、「大麻に理解を示している」と誤解を受けるのを恐れてか、こうした米社会の大麻解禁の動きは、これまでのところほとんど報じていない。これでは、大麻への無用の好奇心を膨らませ、誤った理解を広げるばかりだ。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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