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仕事に満足している優秀な若手ほど実は転職志向が強い 転職市場の新潮流

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
(写真:アフロ)

 休みが少ない、給料が低い、職場の人間関係が悪い――転職市場で「常識」とされている「離職の三大理由」だ。ところが最近は、仕事や会社に満足している優秀な若手・中堅社員ほど転職に積極的であることが、リクルートマネジメントソリューションズ組織行動研究所の調べでわかった。日本でも転職が当たり前となりつつあるなか、転職の新たな潮流と言え、企業はもっと踏み込んだ引き留め策が必要となりそうだ。

優秀な若手の流出に悩む一流企業

 調査は、従業員300人以上の会社に新卒入社し、正社員として少なくとも3年間働いた経験のある25~32歳が対象。今年10月、インターネットで実施した。有効回答数は515人で、うち転職に踏み切った人が412人、踏みとどまった人が103人。また、性別では男性が約4割、女性が約6割だった。女性のほうが多いのは、この年代では女性のほうが、転職志向が強いためだ。

 「最近、超一流企業で、優秀な若手が離職しているという話を聞く機会が増えており、実態がどうなっているのか探った」。古野庸一所長は調査の理由をこう説明する。

 調査では、回答者を、仕事をバリバリこなし会社や与えられた業務にも満足している「高適応群」グループと、会社や仕事に不満を抱く「低適応群」グループとに分け、それぞれどんな傾向があるのか分析した。515人のうち、高適応群は239人、低適応群は276人だった。

 その結果、高適応群と低適応群の間で明確な違いが出た。

 転職を考えた理由について、高適応群では、「仕事の領域を広げたかった」を挙げた人が最も多く、全体の42.1%。他には、「会社の将来に不安を感じた」(31.4%)、「会社の経営方針や方向性に疑問を感じた」(25.5%)、「賃金に満足できなかった」(25.1%)、「これまで以上に専門能力・知識を発揮したかった」(24.3%)などが多かった。

「自分を成長させたい」

 自由回答で理由を聞くと、「現在の仕事で専門的な知識を身につける機会があり、それを別の世界で生かしてみたかったから」、「日常業務に慣れてきて、次のステップを他業界で踏みたいと思い始めた」など、自分をさらに成長させるために転職を考えている人が目立った。

 逆に、転職を考える理由として少なかったのは、「人間関係、職場の雰囲気が合わなかった」(13.4%)、「担当している業務に意義を感じられなかった」(14.6%)「労働時間が長かった」(20.1%)などで、いわゆる離職の三大理由はあまり当てはまらなった。

 一方、低適応群では、転職を考えた理由として多かったのは、「会社の将来に不安を感じた」(41.3%)、「会社の経営方針や方向性に疑問を感じた」(39.5%)、「担当している業務に意義を感じられなかった」(35.5%)、「賃金に満足できなかった」(33.3%)、「労働時間が長かった」(33.0%)、「人間関係、職場の雰囲気が合わなかった」(27.9%)など。

 高適応群では多かった「これまで以上に専門能力・知識を発揮したかった」や「仕事の領域を広げたかった」はそれぞれ13.0%、26.1%と、少なかった。

 古野所長は「会社や仕事に不満を抱く低適応群は、賃金、労働時間、人間関係の不満が転職につながる一方、会社にも仕事にも満足している高適応群は、自分を成長させたい、自分の能力を発揮したいという思いが転職の背景にある」と指摘する。

 もう一つ、高適応群と低適応群の間で、転職を考えた理由として違いが顕著だったのは、「生活の変化に応じて働き方を見直したかった」。低適応群が20.7%だったのに対し、高適応群は35.6%だった。さらに高適応群を性別で見ると、男性が23.7%だったのに対し、女性が43.7%と大きな開きがあった。バリバリ仕事をこなし会社にも仕事にも満足している女性は、出産などキャリアの転機に差し掛かった際に、ワークライフバランスを実現しやすい会社を選ぶ傾向にあるようだ。

新たな引き留め策求められる企業

 こうした若手・中堅の転職の新たな潮流について古野所長は、「今が売り手市場であることや、SNSを通じた情報交換などで、転職に対する精神的ハードルが低くなっているのが一つの理由ではないか」と推測する。また、人生100年時代と言われる中、一つの会社で働き続けることは現実的でなくなり、そのため、どの会社でも通用する「汎用的な能力を身につけることが、自らの雇用の安定につながると考えているのでは」とも話す。

 労働力不足が顕著になる中、人材流出は競争力の低下につながりかねないと危機感を抱く企業は、優秀な人材の引き留め策(リテンション)に必死だ。しかし、今回の調査結果からは、単なる給与の引き上げや労働条件の改善では、本当に優秀な人材は引き留めが困難なこともわかった。

 古野所長は、企業に対し、「引き留めておきたい社員には、社内で学びや成長の機会を与えたり、本人を信頼してより自由で自律性の高い働き方を認めたりすることが大切だろう」とアドバイスする。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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