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JTが社員のLGBT教育に真剣なわけ

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
(写真:ロイター/アフロ)

 LGBTなど性的マイノリティー(少数派)が働きやすい職場作りに取り組む企業・団体を表彰するイベント「work with Pride 2018」が先日、オープン間もない大型商業施設「東京ミッドタウン日比谷」で開かれた。3回目となる今年は、国会議員による「LGBTは生産性がない」との雑誌での発言が波紋を広げ、掲載した月刊誌が休刊に追い込まれるという事件があっただけに、例年にも増して盛り上がりを見せた。

五輪憲章も差別禁止を明記

 開会のあいさつでは、2年後に東京五輪・パラリンピックの開催を控えた東京都の小池百合子知事のメッセージが読み上げられた。都がLGBTのイベントにかかわるのは、五輪憲章に「性的指向による差別の禁止」が明記され、開催都市は順守が求められているためだ。具体的にはLGBTに対する差別を放置・容認する企業との商取引禁止などがあり、都としてもLGBTの権利向上に取り組む企業が増えることは願ってもないことだ。

 続いて、「LGBTは生産性がない」との発言に対し、ゲイであることを公表して反論した日本文学研究者でテレビ・コメンテーターのロバート キャンベル東京大学名誉教授が、ビデオメッセージで登場。LGBTが働きやすい職場を作ることは「優秀な人材の確保につながり、企業にとってプラス」などと企業にエールを送った。

 さらに、レズビアンであることを最近公表した経済評論家の勝間和代さんが登壇。「全ての属性でマジョリティー(多数派)である人は一人もいない。自分がマジョリティーであることを偽装しなくてもいい社会を皆さんと一緒に作りあげていきたい」と述べると、会場を埋めた企業関係者らから大きな拍手が沸き起こった。

3年連続で最優秀賞

 この後、企業の役員やLGBT当事者らによるパネル討論を挟み、LGBTに対する偏見や差別をなくすための優れた取り組みをこの1年間実施してきた企業・団体の発表・表彰が行われた。

 今年は大企業を中心に昨年の1.4倍にあたる153の企業・団体からの応募があり、最優秀の「ゴールド」を受賞した企業・団体数も130と昨年の1.5倍に増えた。

 ゴールド受賞企業の中でもひときわ目を引いたのが、日本たばこ産業(JT)だ。第1回から3年連続でゴールド企業に輝き、その中でも特にユニークで社会的に影響のある取り組みをした企業・団体に与えられる「ベストプラクティス」賞も2年連続で受賞。昨年と今年の2年連続で同賞を受賞したのは、JTの他には日本アイ・ビー・エム、富士通、楽天の3社しかない。

 一般に日本企業は欧米企業に比べてLGBTへの偏見や差別が根強く、LGBT社員に対する待遇改善の取り組みも遅れていると言われている。実際、ゴールド企業の一覧を見ても、比較的目立つのは外資系だ。そうした中、ごく普通の日本企業に見えるJTは、なぜLGBT問題への取り組みで日本を代表する先進企業になれたのだろうか。

 その最大の要因は、事業の急速な国際化と、それに伴う経営層や管理職の意識変革にある。

 主力商品であるたばこの国内販売がじり貧となる中、JTは1999年、米食品大手RJRナビスコの海外たばこ事業を約9400億円で買収。日本企業による過去最大の大型買収(当時)という事実もさることながら、ドメスティック企業と見られていたJTが突然、グローバル企業に変身したと話題になった。2007年には、英たばこ大手のギャラハーを、やはり当時としては過去最高の2兆2500億円で買収。その後も外国企業の買収を繰り返した結果、今や主力のたばこ事業は海外市場が売上高の6割を占める。

重要性を肌で理解

 事業のグローバル化は、図らずも、経営層や管理職の意識をも変えた。外国企業の買収に伴い社員の海外出張や駐在が増えたが、日本とはあまりにも違う経営の現場を目の当たりにしてカルチャーショックを受ける幹部も多かったという。その中には、2012年に社長に就任した小泉光臣氏もいた。

 海外の子会社で開かれる会議にたびたび参加していた小泉氏は、「海外の会議には、性別も国籍も性的指向も多様な人たちがいて、日本でダークスーツを着た男性ばかりの会議に出ると違和感を抱く、とよく話していた」(和中悠子・多様化推進室長)という。

 小泉氏は、企業のダイバーシティー(多様性)経営を支援するNPO法人J-Winの内永ゆか子理事長との対談でも、自らの海外でのダイバーシティー体験について次のように語っている。

 「会議一つとっても私には大変新鮮で、ワクワクするものでした。一つのテーマに対して、今まで経験したことのない、様々なアプローチ方法やアイディアが飛び交うのですから。多様な視点が議論を活性化し、最後には最適解を導き出す。『素晴らしい、これが多様性だ!』と実感しました」

意識改革が不可欠

 ダイバーシティーの重要性を理屈ではなく肌で理解した小泉氏は、社長就任挨拶で、「ダイバーシティーへの取り組みは1丁目1番地でやる」と宣言し、翌2013年には、さっそく多様化推進室を設立。当初は女性施策が中心だったが、2016年からはLGBT施策も強化し、役員向けセミナーの開催や一般社員を対象としたeラーニングの実施など、LGBTへの理解を深めるための様々なプログラムを立ち上げた。

 日本の大企業の約3割は、相談窓口の設置や差別禁止の明文化など何らかのLGBT施策をすでに講じているとされる。だが、専門家や支援団体は、LGBTが本当に働きやすいと感じる職場にするためには、単なる制度の変更や支援体制の整備だけでは不十分で、JTのような継続的な啓発活動を通じた社員一人ひとりの意識改革が欠かせないと指摘する。JTの取り組みが高い評価を得ているのはこのためだ。

 小泉氏の後任として今年1月に就任した寺畠正道社長も「海外経験が豊富で、ダイバーシティー推進の必要性を肌で感じている」(和中氏)という。JT社内には、海外経験を通じてダイバーシティーの効果を実感している幹部が多いといい、このことが同社の先進的なLGBT施策となってあらわれているようだ。

野村と類似

 JTと似たパターンでLGBTの先進企業になったのが野村ホールディングスだ。野村の場合は、2008年、経営破たんした米リーマン・ブラザーズの欧州・アジア部門を買収したことがきっかけだった。世界各国のリーマンで働いていた1000人を超える外国人、女性、LGBT社員らを一度に取り込んだことで、野村は逆に人事制度や企業文化を世界標準に合わせざるを得なくなり、LGBT施策も一気に進んだ。

 work with Pride 2018のパネル討論に参加した池田肇・野村ホールディングス執行役員は当時の様子を「かなりのカルチャーショックだった」と振り返ったが、同時に「多様性は力であることを実感した」とも語る。

 ダイバーシティーの推進を強調する日本企業は増えているが、現実には、単なるお題目にとどまり、企業文化や職場の雰囲気は旧態依然という企業も多い。JTや野村の例は、ダイバーシティー施策が効果を上げるには、企業のトップや管理職がその必要性を肌で理解することが大切だということを示している。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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