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「日本は変われる」ゲイ公表のキャンベル氏

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
自宅でインタビューに応じるロバート キャンベル氏(筆者撮影)

 LGBT(性的マイノリティー)は「生産性がない」「趣味みたいなもの」との国会議員の発言に対し、ゲイであることを公表して反論したブログが大きな反響を呼んでいる日本文学研究者のロバート キャンベル東京大学名誉教授。そのキャンベル氏に、声を上げた真意などを聞いた。

予想以上の反響

――自民党の杉田水脈衆院議員が月刊誌に「彼ら彼女ら(LGBT)は子供を作らない、つまり『生産性』がないのです」などと寄稿。直後には、自民党の谷川とむ衆院議員がインターネット番組で「(同性愛は)趣味みたいなもの」と発言しました。これに対するキャンベルさんのブログでの発言が大きな反響を呼んでいます。どう受け止めていますか。

 「正直、反響の大きさに驚いています。反響は、私のブログやフェイスブック、ツイッターを通じて寄せられていますが、中身を見ると、私自身に対する『よかったね』という言葉と、私が書いた文章の趣旨に賛同するという意見と、ゲイであることを公表(カミングアウト)したことに好感を持ったという声が、大半です。否定的な反応もありますが、好意的な反応が圧倒的です」

 「非常に興味深い発見もありました。共感を寄せてくださった人たちに共通しているのは、LGBT当事者であれば自身の体験、その他の方々は身近に見たこと感じたことを、一人称で書いていることです。その上で、私のブログに対する意見や感想を述べています」

 「これに対し、否定的な意見の人たちの書き込みは、『キャンベルは寄稿の全文を読んでいない』と勝手に決めつけたり、根拠を示さずに『家族が崩れる』と主張したりするだけで、自分の体験や直接見聞きしたことはどこにも書かれていません。何かをきっちり守ろうとする、非常に教条主義的な印象を受けます。LGBTという言葉を、そのまま彼らが反対する別のテーマに置き換えても使える、テンプレートのような文章が多いという印象です」

――メディアにも取り上げられました。

 「最初はとても戸惑いました。メディアの取り上げ方が、私がブログを書いた意図とずれていたからです。新聞やネット記事の見出しは、『キャンベルが同性愛公表』とか『ゲイ公言』といったものがほとんどで、中には『ゲイ告白』といったすごい見出しもありました。そしてその後に判で押したように『議員批判』と来る。私が言いたかったのは、そのどちらでもありません」

 「私の意図は、発言した議員に対し、あなたたちの認識はここが違いますよと、指摘することでした。影響力の大きい国会議員の誤った理解や狭い経験に基づいた発言によって、多くのLGBT、特に若い人たちが生きる力や希望を失ってしまうのは非常に悲しいことです。それを防ぐには、正しい現状や認識を多くの人に伝える必要がある。そして、そのためには自分がゲイであることを公にし、自分の経験も書くのが、一番説得力があり共感もしてもらえると判断したわけです」

 「でも、報道の直後から、意図せぬたくさんのメッセージが、ブログやSNSに届き始めました。先ほども述べたように、議員への批判ではなく、私がゲイを公表したことによって自分も勇気づけられたとか、当事者ではないが勇気を御裾分けしてもらったといったものが多く、中には『あなたの文章はLGBTをそっくり障害者と言い換えても通じる。とても大事なことを言ってくれた』という障害を持つ方からのメッセージもありました」

 「地方在住の会社経営者の男性からもメールをもらいました。その方は、カミングアウトを考えていたようですが、月刊誌に載った議員の寄稿を読んで一度は躊躇したようです。でも、私のブログを読んで、また気持ちが前向きになったとつづっていました」

 「たくさんのメッセージを読んで、私も考えを改めました。私のような少しは知名度のある人間が自らの立場を明らかにして発言することで、これだけ多くの人たちを勇気づけることができ、世の中の流れが少しでも変わるなら、私のセクシュアリティー(性的特質)に焦点を当てた報道も、それはそれでよいのかなと今は思っています」

同性愛は趣味ではない

――ブログを書く発端となった議員の発言に関し、改めて考えを聞かせて下さい。

 「そもそも杉田議員の言う生産性が何を指すのか、文章があいまいでよくわかりませんが、生産性という言葉は本来、労働生産性のことを言います。労働生産性は、労働市場で自分の価値を高めることにつながり、個人の人生の充足感にも深くかかわることですから、場合によっては、労働生産性を上げることはLGBTにとっても非常に重要です」

 「しかし、労働生産性を上げたくてもできないLGBTの人たちが大勢います。日本のような同調圧力の強い社会では、LGBTは職場でも地域コミュニティーでも、絶えず周囲の視線を気にしながら生活せざるを得ません。自分の性的指向や性自認を知られたら、仲間外れにされるのではないか、出世に響くのではないかと怯えている人もいます。そんな心理状態で働いていたら本来の能力を発揮できるはずはありませんし、組織への帰属意識も希薄になります。本人にとっても会社にとっても、けっしてベストとは言えません」

 「仮に議員の言う生産性が労働生産性を指すなら、生産性が低い原因はLGBTの側にあるのではなく、多くの場合、組織の側にあるのではないでしょうか。それに気付いて、LGBT社員が安心感や充足感を持って本来の力を発揮できるよう、職場環境や福利厚生制度などを整備する企業が増えています。そうした取り組みこそが、今まさに政府が進めようとしている『働き方改革』の1丁目だと私は考えています」

 「もし議員の言う生産性が、本来の意味ではなく、子どもをつくることを意味するなら、子どもは生産物ということになります。子どもを物として見ることは、それはそれで間違った考え方だと思います」

――「同性愛は趣味みたいなもの」という発言には、どう反論しますか。

 「これに関しては、同性愛は趣味ではありません、飽きたら外したり取り替えたりすれば済むアクセサリーのようなものだと考えているとしたら、それはまったく違います、とハッキリ言い続けます。私にとって、セクシュアリティーは大切なアイデンティティーの一部であり、自分というものを形作る芯であり、資質です。外したり替えたりすることはできません。資質は趣味と正反対にある類(たぐい)の概念です」

 「また、杉田議員は、親の理解さえあればLGBTの悩みはクリアできるというような趣旨のことを言っていますが、これは残酷な物言いです。なぜなら、今の社会では、本人がセクシュアリティーを明かした時に一番戸惑うのは、実の親だからです。本人もそのことをわかっているから、親にはなかなか言い出せないのです」

 「もし同性愛であることを母親に明かしたら、その母親は、自分の子どもを、周りの子どもと同じように結婚して子どもを産める体に産んでやれなかったことを悔い、強い自責の念を抱くかもしれません。でもそれは母親のせいではなく、母親にそう思い込ませる社会のせいなのです。母親は、社会の規範と子を思う親心との間に板挟みになり、もがき苦しみます。親子にとってこれほど残酷なことはありません。杉田議員の発言は、法律や行政が担保する社会の責任を、親子の責任にすり替えているというふうに感じます」

静かな封印

――日本では、東京都渋谷区や世田谷区、兵庫県宝塚市など、法的な婚姻関係に準じた同性パートナーシップ制度を導入する自治体が相次いでいます。また、先ほどキャンベルさんがおっしゃったように、LGBT社員のために職場環境や福利厚生制度を整備する企業も増えています。半面、国レベルでは、欧米諸国やオーストラリア、台湾など、同性婚を認める国や地域が増える中、日本は同性婚を認めていません。日本社会の現状をどう見ますか。

 「私が生まれ育ったアメリカと比べると、日本では、同性愛者という理由で生命を脅かされる心配はまずありません。言葉で攻撃されることもめったにない。しかし、それは必ずしもLGBTにとって生きやすい社会を意味するわけではありません。日本は、LGBTに対し、アメリカのような露骨な攻撃や排除はしませんが、かといってLGBTの存在を喜んで認めるわけでもない。露骨な排除ではなく静かな封印。それが日本社会の現状です」

 「例えば、就職面接でセクシュアリティーを聞かれることはまずありませんが、面接官に自分の活動を説明する中でセクシュアリティーや性自認のことについて触れたら、会社にもよりますが、相当不利になるという覚悟をしなければなりません」

――そんな日本は、LGBTにとって生きやすい社会になるのでしょうか。

 「悲観はしていません。日本は変われると思うし、実際に変わろうとしています。ただ、一足飛びには行かない。最近、同性婚を合法化したアイルランドは、国民投票という手段をとりました。日本でも、国民投票を実施したら明日にでも同性婚が認められるかもしれません。世論調査を見ると、同性婚に賛成する意見も多いからです」

 「しかし、そうしたやり方は構成員のコンセンサスを重視する日本社会に合うとは思わないし、問題の解決方法として現実的ではありません。ある程度時間をかけてコンセンサスを作り上げ、社会をより良くしていくのが日本人の叡智ですし、LGBT問題の解決にも一番現実的な選択肢だと考えます」

保守も革新もない

――でも、そんな悠長には構えていられないという当事者の声も多く聞こえてきます。日本社会の急速な高齢化を映し、LGBTの間でも高齢化に伴う問題が年々大きくなっている。どうすれば変化のスピードが速まるのでしょうか。

 「同性婚が認められるためには法改正が必要です。LGBTの問題は、障害者の問題と同じように保守も革新もない、政治に携わる者すべてが共有できる問題だと考えています。しかし、急ぎ過ぎると政争の具と化し、そこで建設的な議論が止まってしまう」

 「そうした袋小路に陥るくらいなら、やや遠回りかもしれませんが、渋谷区や宝塚市のような自治体が全国にどんどん増えるよう、草の根で働きかけていくことが効果的だと思います。民間企業も、現在は売り手市場ですから、優秀な人材を確保するためにはLGBTの学生にも来てもらえるよう環境整備を進めないといけない。そういう企業をわたしたち消費者が応援していけば、企業の変化のスピードも速まります。自治体や民間企業が変われば、永田町も動かざるを得なくなるのではないでしょうか。今はそのタイミングだと思います」

――社会が変わるためには、国民一人ひとりがLGBTに関する正しい理解や認識を持つことが不可欠ですが、そのためには何が必要ですか。

 「まず、誰もが信じることのできる客観的なファクト(事実)やエビデンス(証拠)をみんなで共有することです。LGBTに関する実態調査や意識調査はいろいろなメディアや研究機関がやっていますし、それなりにデータは積み上げられています。問題は、それが国民の間で共有されていないことです。LGBT問題に無関心な人、あるいは不正確な情報に基づいて誤った知識や認識、偏見を抱いている人たちに、正しい情報を伝えることが非常に重要です」

 「頭だけでなく、肌感覚で理解することも大切です。身近にいるLGBTの人たちと直接話をしたり、一緒に働いたり、遊んだりすれば、LGBTも自分たちと同じなんだということが、心の底から理解できます。差別や偏見、ステレオタイプというのは、そうやってほどけていくものです」

メディアの役割も重要

――正しい情報を広めるとなると、やはりメディアの役割が重要なのでしょうか。

 「そうですね。今回はいろいろなメディアに私の発言を報道してもらいましたが、報道だけがメディアではありません。ドラマもメディアですし、バラエティーもそう。アニメやエッセイ、小説もメディアです」

 「日本のテレビドラマを見ていると、LGBTの取り上げ方や描写に関し、ごく一部の例外を除いて、あまりにも現実から乖離しているという気がします。ドラマの中にLGBTがほとんど出てこない。たまに出てきても、非常にステレオタイプな描かれ方です。アメリカだと、テーマがLGBTでなくても、主人公がゲイやレズビアンという設定の映画やドラマが普通にあります。LGBTがより身近な存在なのです」

 「メディアでの存在感が小さいと、普通の人はLGBTのことを普通に周りにいる存在として考えることが、なかなかできません。当事者も、自分たちは社会から疎外された存在だというネガティブな気持ちになります。メディアでLGBTの本当の姿がもっと普通に描かれるようになれば、社会の認識は確実に変わっていくと思います」

――カミングアウトしたことで、これからLGBTの問題について、より積極的に発言していく考えですか。

 「現在、私は、国文学研究資料館という、日本の人文科学を深化し広げて行くための重要な研究機関で働き、そこの長もやらせてもらっています。私自身も研究者として日本文学の研究を続けています。同時に、言論にかかわる様々な活動もしている。それらを続けて行くことが、まずは私のやるべきことであり、その意味では、これからも活動の軸を変えるつもりはありません」

 「一方で、今回の件で私にもう1つの新しい立場ができたとすれば、そして私が何かすることで多くの人たちの力になることができるのだとすれば、折に触れて、私の経験や知識に基づき、積極的に発言していきたいとも考えています」

 「振り返れば、日本人はこの何十年かで、外国人との接し方も大きく変わりました。以前は、私がラーメン店でラーメンを食べていると、隣に座った人から『箸の使い方がお上手ですね』とよく声を掛けられました。逆に、道を聞かれたことは一度もありません」

 「しかし、今はまったく逆で、箸の使い方を褒められることはありませんし、日本人から道を聞かれることが結構あります。それだけ、外国人は日本人にとって身近で普通の存在になったということであり、外国人にとって日本はより生きやすい社会に変わってきているのです。LGBTにも、そんな日本社会が1日でも早く訪れることを願っています」

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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