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米乱射事件「対岸の火事ではない」

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
乱射事件の現場に捧げられた花束(写真:ロイター/アフロ)

米南部フロリダ州オーランドの同性愛者が集まるナイトクラブで12日未明(日本時間同日午後)に起きた銃乱射事件。49人の犠牲者を出す米史上最悪の銃乱射事件となったが、「日本にとって、これはけっして対岸の火事ではない」と日本のLGBT当事者は指摘する。

現場に駆け付けた警察官に射殺された容疑者の男は、犯行の直前、過激派組織「イスラム国」(IS)に忠誠を誓っていたとされているが、現地の報道によると、同容疑者はまた、同性愛者に対し強い嫌悪感を示していたという。米メディアの取材に応じた容疑者の父親は、同容疑者が公の場で男性同士がキスをしているのを目撃し怒りだしたことがあると語っており、今回の犯行の動機の一つが、性的マイノリティーを狙ったものであることは間違いなさそうだ。

今回の銃乱射事件は、米国でも、ISによる対米テロ、あるいは銃規制の問題として大きく報じられているが、現地のLGBTコミュニティーは、自分たちが標的にされたとして大きなショックを受けている。

オーランドの事件と関連性はないとみられているが、同じ12日の早朝、米西海岸のカリフォルニア州サンタモニカでも、多数の武器や弾薬を乗っていた車の中に所持していたとして、男が逮捕された。当日は、近接するロサンゼルスで大規模な同性愛者のパレードが開かれる予定で、警察は男がパレードを襲撃する計画だったかどうか調べている。

ロサンゼルスのパレードは、筆者も昔、取材したことがあるが、その時も、すぐそばで同性愛反対者が、警官に監視されながら抗議デモをしていたことを思い出す。

米国では、昨年6月、連邦最高裁が同性婚を認める判決を言い渡すなど、性的マイノリティーの権利向上にかつてない追い風が吹く一方、今回のような凄惨な事件が起きたり、今年、性的マイノリティーの権利を制限するような州法がノースカロライナ州で成立したりするなど、逆風も吹き始めている。

こうした米国の状況を、「日本にとっても、けっして対岸の火事ではない」と指摘するのは、LGBTなど性的マイノリティーの権利向上に取り組むNPO法人・虹色ダイバーシティ代表の村木真紀さんだ。

日本でも、自治体が条例を改正して事実上、同性婚を認めたり、職場でのLGBT差別禁止に取り組む企業が増えたりするなど、性的マイノリティーへの追い風が急速に吹き始めている。しかし、村木さんは、「追い風が強まれば強まるほど、必ず向かい風も吹く」と、米国の状況を踏まえて警戒する。

一例が、LGBTに関する問題への取り組みを進めようとする企業への匿名の抗議だ。虹色ダイバーシティは、LGBTへの差別的待遇の禁止やLGBTの権利向上に取り組む企業へのサポート事業をしているが、クライアントの企業がLGBTに関する施策を発表すると、その企業に抗議の電話がかかってくることがあると明かす。匿名なので、相手が誰なのかわからない不気味さもあるようだ。

もちろん、銃規制の厳しい日本では、米国のような銃乱射事件が起きる可能性は極めて低い。しかし、向かい風が強まるという意味では、「日本も人ごとではない状況に入っている」と村木さんは強調する。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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