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コロナ禍で教育格差は拡大しているのか?「学びの不平等」の現実と今すべきこと

今井悠介公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン 代表理事
(c)Natsuki Yasuda / Dialogue for People

「コロナの影響で仕事がなくなった」「経済的理由で塾を辞めなくてはならない」――コロナ禍が始まって以来、私たちのNPOにはこんな声がいくつも届いている。

日本ではコロナ禍以前から「生まれ」に基づく「教育格差」の存在が指摘されていた(*)。私が今懸念しているのは、元からあったその教育格差がコロナ禍でさらに広がってしまっているのではないか?ということだ。

この記事では、最初に、小学生から高校生の保護者2,000人を対象にしたアンケート調査(三菱UFJリサーチ&コンサルティング、2020年8月)の結果を紹介したい。①勉強時間の減少、②勉強に対する集中力の低下、③家庭の経済状況の悪化。見えてきたのは、元から成績が低かった子ども、そして経済的に厳しい家庭の子どもほど、コロナ禍の影響をより強く受けるリスクが高いという現実だ。

(*)本稿では子どもが自ら選べない「生まれ」(出身家庭や地域など)によって生じる教育成果(学力や学歴など)の格差を「教育格差」とする(参考:松岡亮二『教育格差』ちくま新書、同「ICT、九月入学……教育格差を是正するには?」『中央公論』2020年7月)

1.勉強時間の減少

まず、昨年春の臨時休校以降、子どもの勉強時間(学校+学校外での合計)は大きく減っている。しかし、その減り方は一様ではない。元の成績(2019年度)によって減り方が違っており、成績が低かった子どもほど勉強時間が大きく減っている。成績が一番下(下のグラフの1)の子どもは18.0時間/週の減少であるのに対し、一番上(同5)の子どもは11.7時間/週の減少だ。元々成績が良い子どもの方が勉強時間が多かったが、コロナ禍でその差がさらに広がってしまっているようだ(11.3時間の差→17.6時間の差)。

出所:三菱UFJリサーチ&コンサルティング『新型コロナウイルス感染症によって拡大する教育格差 独自アンケートを用いた雇用・所得と臨時休校の影響分析』(2020年8月)
出所:三菱UFJリサーチ&コンサルティング『新型コロナウイルス感染症によって拡大する教育格差 独自アンケートを用いた雇用・所得と臨時休校の影響分析』(2020年8月)

成績と家庭の状況(年収・家族構成)との関連はどうだろうか。傾向としてわかるのは、年収が低い家庭ほど成績が低い割合が相対的に大きく、家族構成としてはひとり親の場合に成績が低い割合が大きいということだ。

出所:三菱UFJリサーチ&コンサルティング『新型コロナウイルス感染症によって拡大する教育格差 独自アンケートを用いた雇用・所得と臨時休校の影響分析』(2020年8月)
出所:三菱UFJリサーチ&コンサルティング『新型コロナウイルス感染症によって拡大する教育格差 独自アンケートを用いた雇用・所得と臨時休校の影響分析』(2020年8月)

コロナ禍での勉強時間の減少度合には元々の成績の上下で差が発生している。元の成績が低かった子どもほどより勉強時間を減らす傾向がありそうだ。そして、元から低所得やひとり親家庭の子どもほど成績が低いという傾向も見られる。勉強時間という観点で見ると、コロナ禍で元からあった教育格差がさらに広がりかねない兆候がありそうだ。

2.勉強に対する集中力の低下

次に勉強の「量」ではなく「質」の変化を見てみよう。臨時休校前後で勉強に対する集中力に影響を受けた子どもはかなり多いと言われるが、家庭の状況などによる違いはあるのだろうか。

出所:三菱UFJリサーチ&コンサルティング『新型コロナウイルス感染症によって拡大する教育格差 独自アンケートを用いた雇用・所得と臨時休校の影響分析』(2020年8月)
出所:三菱UFJリサーチ&コンサルティング『新型コロナウイルス感染症によって拡大する教育格差 独自アンケートを用いた雇用・所得と臨時休校の影響分析』(2020年8月)

調査の結果を見ると、やはり低所得やひとり親世帯の子どもで集中力が「かなり低くなっている」の割合が高いことがわかる。勉強の質という意味でも、コロナ禍で格差が拡大している可能性がある。

3.家庭の経済状況の悪化

最後に家庭の経済状況だが、元から世帯年収が低かった世帯の方が収入の減少に見舞われている割合が高い。

出所:三菱UFJリサーチ&コンサルティング『新型コロナウイルス感染症によって拡大する教育格差 独自アンケートを用いた雇用・所得と臨時休校の影響分析』(2020年8月)
出所:三菱UFJリサーチ&コンサルティング『新型コロナウイルス感染症によって拡大する教育格差 独自アンケートを用いた雇用・所得と臨時休校の影響分析』(2020年8月)

これは昨年1~5月にかけての収入変化だが、非正規雇用に偏って失業が増えているという最近の統計とも合致している。

さらに、就業のあり方の変化(労働時間の増減、離転職など)を見ると、ひとり親の世帯で他の形の世帯よりも影響が大きい(=「変化なし」が少ない)ことがわかる。考えられる要因としては、元々の雇用の不安定さに加えて、子どもの休校などコロナ禍での変化への対応がひとり親であることでより困難だったという可能性もある。

出所:三菱UFJリサーチ&コンサルティング『新型コロナウイルス感染症によって拡大する教育格差 独自アンケートを用いた雇用・所得と臨時休校の影響分析』(2020年8月)
出所:三菱UFJリサーチ&コンサルティング『新型コロナウイルス感染症によって拡大する教育格差 独自アンケートを用いた雇用・所得と臨時休校の影響分析』(2020年8月)

ここからわかる通り、家庭の経済状況の悪化も、元から経済的に厳しい家庭に偏って発生している。これはコロナ禍での子どもの教育格差にも間接的な影響を与えるだろう。

なお、先に「勉強時間の減少」について確認したが、その減少の詳細(内訳)を見ると「学校外での勉強時間(家庭での勉強+塾などでの勉強)」は増えているようだ。総時間は減っているものの学校外で埋め合わせている構図がわかる。

だが、低所得の家庭ほど収入が減っており、塾代などを支払うこともより難しいのだとすれば、学校外での勉強の比重が高まることで、家庭の収入格差が子どもの教育格差に直結する度合いも高まることになるだろう。

4.教育格差の拡大を止める。そのための公的な支援を

以上の調査結果を見てきた通り、勉強時間、勉強に向かう集中力、(塾などでの勉強を支える)家庭の経済力、そのいずれにおいても、コロナ禍は相対的に厳しい家庭の子どもたちにより大きな影響を与えている可能性がある。言うならば、元からあった学びの格差や不平等がさらに拡大している恐れがあるということだ。そして、その影響が長期的なものになり、子どもたちの将来に影響を及ぼすことを私は強く懸念している。

私は東日本大震災、熊本地震、西日本豪雨の後に子どもたちの支援を経験してきた。目の当たりにする光景はいつもよく似ている。災害後、学校が休校になって一時的に機能が停止する。その期間は子どもたちが自宅や避難所など学校の外で勉強をする時間が長くならざるを得ない。時には、そんな子どもたちを支えるために、自習室を無料で開放する地元の学習塾も出てくる。そういった光景だ。

(c)Natsuki Yasuda / Dialogue for People
(c)Natsuki Yasuda / Dialogue for People

災害後は保護者も頑張る、先生も頑張る、地域の大人も頑張る。だが、それでも家庭の経済的・時間的・精神的余裕、あるいは子どもの教育に対する保護者の考え方や価値観の違いによって、一人ひとりの子どもが享受できる学習環境には大きな差が発生してしまう。

保護者が収入を減らし、仕事を失い、大きなストレスを抱えている家庭であるほど、子どもが安心して勉強に取り組むことは困難になるだろう。保護者が勉強をゆっくり見る余裕もなく、塾に頼るお金もままならないだろうからだ。

そして、その影響は往々にして長引く。決して一過性ではない。東日本大震災の被災家庭で、数年経ってから心身のバランスや生活の基盤が崩れていった親子の姿も見てきた。コロナ禍でも同じことが起きているのではないか。既に私たちのもとには悲痛な声が数多く届いている。

先の調査は昨年のものだが、私たちの団体が最近行ったアンケート調査(2021年2月~

3月、中学生の子がいる低所得世帯の保護者213名を対象)では、コロナ禍が始まって1年が経った今でも、多くの家庭で「休校中の学習内容が身についていない」など休校の影響が残存していることがわかった。また、「勉強を見てくれる人がいない」「自宅に勉強できる環境がない」といった家庭の事情に関わる心配事を抱えている保護者も多い。

出所:公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン『コロナ禍における低所得世帯の中学生への実態調査(速報値)』(2021年3月)
出所:公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン『コロナ禍における低所得世帯の中学生への実態調査(速報値)』(2021年3月)

教育格差のさらなる拡大を止めるために何が必要だろうか。端的に言えば、①家庭間の経済格差を食い止めること、そして②子どもの間の学びの格差を食い止めること、この二つに尽きる。それぞれに公的な支援の拡充が欠かせない。

低所得やひとり親家庭の経済的な支援は待ったなしだ。それに加えて、子どもに直接届く現物給付(サービス給付)の拡充も必要である。これまで家庭間の経済格差や文化資本の格差を学校教育がある程度は平準化してきた(十分ではなかったものの)。しかし、コロナ禍では学校が格差を平準化する力自体が一時的に弱まっているのではないか。疲弊する学校(公教育)を下支えするとともに、生活困窮世帯の子ども向けの学習・生活支援、あるいは学校外教育費(塾代等)の公的な助成など、家庭間の格差を子どもに波及させないための支援の強化が必要だ。

繰り返しになるが、今起きていることと、様々な災害の後に起きてきたことには共通点がある。学びの不平等が世代を超えて再生産されてしまう構造。危機が起きると家庭の格差がそのまま学びの格差につながってしまう脆弱な社会のあり方。コロナ禍における緊急支援にとどまらず、私たちはあるべき社会の姿に近づいているのか、それとも遠ざかっているのか、見つめ直すべきときが来ている。

公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン 代表理事

1986年神戸市出身。小学生のときに阪神・淡路大震災を経験。大学在学中、学生ボランティアとして子どもの自然体験活動や不登校の子どもの支援に携わり、卒業後はKUMONにて子どもの学習支援に従事。その後東日本大震災を契機に、チャンス・フォー・チルドレン(CFC)を設立し代表理事に就任。東北被災3県を中心に、経済的困難を抱える子どもにスタディクーポンを提供する事業を開始し、これまで累計14都府県で展開。全国子どもの貧困教育支援団体協議会設立時幹事、子どもの貧困対策センター・公益財団法人あすのば アドバイザー。共著に「東日本大震災被災地・子ども教育白書」。