こちらのコラム、だいぶ長くご無沙汰してしまいました。いつもここでは外国の情報政策について扱っているのですが、今日は珍しく日本の情報政策について少し書きたいと思います。

※190226追記:「2.著作権教育の萎縮」の最後に少し補足を致しました。

 いま様々なメディア等で、著作権法の改「正(?)」によるダウンロード違法化の拡大が非常に注目を集めているところですが、僕自身、この議論の元になる報告書を出した文化審議会著作権分科会法制・基本問題小委員会の委員をさせて頂いています。といっても2018年度から委嘱頂いたばかりの「一年生」なのですが、議論への微々たる貢献以上に、著作権法が実際にこうやって作られているんだ、ということを間近に見て、情報政策研究者として非常に貴重な勉強の機会を頂いています。

 普段僕自身、本件に限らず自分が直接審議等に関わっている事項については、ネットやメディア等で発言しないポリシーなのですが、もう報告書も出て審議会としての議論は終わってしまいましたし、報道によれば条文の最終案も固まってきているようですし、少し思うところを書かせて頂きます。そもそもどこからも箝口令がかかっているわけでもなくて、基本的に小心者なだけなのですが、ここまで議論になって何も言わないのも逆に難しいですしね。。

 なお、すでに2月19日に出された、中山信弘先生たちが呼びかけ人をされている「ダウンロード違法化の対象範囲の見直し」に関する緊急声明にも賛同者として名前を載せて頂いています。基本的な重要論点と著作権・情報法等分野の錚錚たる先生方の共通見解については、ぜひそちらをご一読頂ければと思います。

1.小委員会の中で申し上げた意見

 さて、そういう中で小委員会一年目から今回のダウンロード違法化という非常に重たいテーマが議題に入ってきて、新入りの若造(最年長の大先生の丁度半分位!)の立場に鑑み相当程度遠慮をしつつも、「ある意味では」一番専門に近い世界ですし、情報政策、つまり様々な制度・政策を組み合わせて、これからの情報社会をよりよくする方法を考える研究をしている立場から、色々と控えめな意見を言わせて頂いて参りました。その意見は小委員会の議事録、特に1月25日の本年度最終回の真ん中辺りの長めの発言などを見て頂けると、その時の雰囲気や僕の滑舌の悪さも含めてお分かり頂けると思いますが、僕自身の基本的な意見は大きく以下の3つでした。

  1. 民事規制においても海賊版サイト等に限定あるいは同等の限定を行うことが必要
  2. 刑事規制についてはそもそも導入自体を行うべきではない
  3. 手続面や期間を含めた総合的な状況に鑑みるとダウンロード違法化の対象範囲拡大という論点に今年度に結論を出すこと自体を見送るべき

 主な理由としては、こちらもほぼ議事録からの引き写しですが、おおよそ次の通りです。

  • 現代の日常生活と密接に関わるダウンロードという行為、そして表現の自由や文化の発展の前提となる情報の取得という行為に広く違法の網を掛けること、ましてや多数の国民を潜在的な犯罪者とするような法改正は前提として避けるべき
  • 海賊版対策の議論は知財本部の頃からフォローしており、その重要性もよくよく認識しているが、その当時から「緊急の対応」を行う必要は「緊急の対応が必要な悪質な海賊版サイト」が念頭に置かれていると認識している。その政策目的に照らして過度ではない、比例した手段を採る必要がある
  • 海賊版サイトへの限定を行うことで個人ブログやSNSが漏れてしまうという反論を頂いたが、海賊版対策は「総合的」に行うものであり、また本丸はアップローダーへの対応であり、ダウンロード違法化という手段で水も漏らさず対応する合理性が無い
  • これからSociety5.0、データ社会が進み現実空間全体までもがネットにも繋がっていく中、国民の日常生活で何が違法か合法かを画定する著作権法は情報社会のインフラそのものであり、このような短い期間(10月29日から3ヶ月足らず!)で刑事規制を含めた結論を出して良い事項だとは到底考えられない
  • 当事者中の当事者である漫画家さんや漫画研究者、メディア、クリエイターの方々からも意見が出始めている中、そうした方々の意見をちゃんと聴かずに出した報告書が正統性を持つとは思えない(これを申し上げた1月25日の後、竹宮先生や赤松先生はじめ漫画家の先生方、また出版社の方々のご意見が出されているのもご存知の通りです)

 など、分も弁えず申し上げたのですが、やはり短い小委員会の期間・時間(法制小委って委員25人位いらっしゃって、しかも物凄く偉い先生ばかりなので、2時間の会議で意見一つ言うのもなかなか度胸がいるのです!)で言えなかったこと、そして僕自身まだ考えが必ずしも固まっていなくて十分に言えなかったことは色々あり、今世の中で議論されている様々な論点とは少し異なる観点から、以下にいくつか情報政策研究者としての追加の考えを書かせて頂きたいと思います。

2.著作権教育の萎縮

 僕自身、大学では情報政策の授業の中で数コマ使って著作権法を教えているのですが、いま春休みで来季の授業の準備を進める中で改めて真剣に考え込んでしまったことがあります。ダウンロード違法化は、専門用語では主観要件と言いますが、ダウンロードした人がそれが「違法だと知っていた」場合に初めて違法になるとされています(おそらく今度の改正もそうだと思います)。さてそうすると。山田奨治先生が書かれている通り、「それならば、何も知らないままでいるほうが安全だ。著作権法など、なまじ知らないほうがよいことになる。」という驚くべき事態になってきます。えーとそうすると、これからは下手に授業で著作権法(特に違法ダウンロードの条文のこと)を教えるべきではない??いざというとき僕の授業を取っていたということが「知っていた」ことの証明になってしまう???著作権法の改正によって著作権教育自体を萎縮させようとしている???????

 海賊版撲滅のためにはもちろん、情報社会に不可欠のリテラシー育成として、著作権教育というのはこれから益々重要になってきます。政府でも著作権教育には数年来非常に力を入れてきているところで、著作権教育の推進は凄く重要な情報政策ですから、僕も実際にそのいくつかをお手伝いしています。著作権を知ること、教えること自体にまで萎縮が生じることが無いよう、本当に海賊版への対策に必要な、過度では無い形での改正になってくれることを願いたいです。実際に僕は相当萎縮しており、来季からの授業に向けて切実な問題です。

※190226追記:かなり前提を省いてしまいましたので念のため、今回の改正については、【立法趣旨に沿って条文上「事実の認識」と「違法性の認識」の双方について確定的な認識を要求することを明確化 することについて,適切に検討・対応を行う必要がある(報告書78-79p)】ということになっております。これ自体すごく珍しいですよね。

3.データ主導経済の発展、あるいは第四次産業革命への影響

 IT分野への影響については国内外のIT各社からなるアジアインターネット日本連盟さんが重要な意見を出してくださっていますが、僕自身広くITに関わる情報政策を研究する中でも、特に最近は「データ主導経済」や「第四次産業革命(ほぼ同義でSciety5.0とも呼ばれます)」といった新しい社会・経済システムのあり方に力を入れています。呼び方はどうあれ、それらをものすごく縮めて言えば、「現実空間を含めた全てのモノ・ヒト・コトがデータとして扱われるようになる」世界です。IoTであらゆるところから収集されるビッグデータを、発展著しいAIで解析して新たなサービスや便利な暮らしにつなげていく。「データ」がこれからの経済成長や日々の暮らしの最も重要な資源となる中、日本を含む各国政府や企業がその活用にあらゆる形で取り組んで、生き残りをかけた熾烈な競争しているところです。

 「データ」というと、著作権法では保護されない01234の数値データなどを思い浮かべる方もいるかもしれませんが、実際には全くそれらには限られず、ペタバイト・エクサバイトを超えるようなビッグデータの中には、合法か違法かは断言できない大量の著作物も当然に含まれてくる可能性があります。そういうデータを、5Gのような超高速ネットワークでスマホやらウェアラブル端末やらで大量に扱うことが当たり前になってくる中で、情報の扱いの中には当然に「私的なダウンロード」という行為も含まれてくるでしょう。

 もちろん今回のダウンロード違法化の細かな要件を一つ一つ綿密に読み解いていけば、また今年の1月から施行されたAIやデータ解析などに対応する「柔軟な権利制限規定」をはじめとする権利制限規定を精緻に理解・活用すれば、厳密には法律違反にはならない場合が多いのだとは思います。しかし、データ社会の中で生み出される様々なサービスや個々人のデータ収集・活用に対して、今般の改正が障害になる、あるいは萎縮を起こすようなことは本当に無いのでしょうか。僕がいま責任を持ってハッキリと言えることはただ一つ、「正確なことは何も申し上げられない」ということです。そういうところを本当に緻密に検討する必要があると思います。

4.デジタルアーカイブ、知の保存と継承への影響

 僕自身、情報政策の重要分野として、「デジタルアーカイブ」に関わる実践や法政策の研究に長く取り組んでいます。デジタルアーカイブとは、もともとは図書館・博物館・美術館・文書館のような文化施設が持っている様々な文化資源をデジタル化して、永く保存・継承していくと共に、インターネットを使った様々な活用を進める取り組みを指すものでしたが、ネットワークやストレージの発展、そして上で述べたデータ主導経済の進展の中で、僕たち個人個人が様々な情報をとにかく保存して、それを将来的に何かの役に立てるようなパーソナルアーカイブの取り組みも、今後さらに重要になってくるところです。ものすごくシンプルな例を挙げると、「2ちゃんねる(今は5ちゃんねる)」の日々流れては消える膨大なスレッドはどの文化施設も保存してくれていませんが、個人個人がそれをざっくりバルクで定期的にダウンロードして保存しておくことも、将来さまざまな歴史的・文化的・研究的価値を持つかもしれません。そこに著作権侵害のデータが含まれていないなどとは誰も考えないですよね。

 デジタルアーカイブとは、とにかくなんでも情報や知識をダウンロードなり何なりして大事に蓄積して、将来のために保存・継承していくことだと表現しても、大きな違和感は無いと思います。こうした問題意識を小委員会の中でちゃんと整理して申し上げられなかったのは、僕の知的な不足に他ならず、デジタルアーカイブ関係者の皆様にお詫びするしかありません。

5.おまけ、これでも専門家のはしくれとして

 最後に、私的な事柄になるかもしれませんが、重要なお役目を頂いている以上、新入りだの甘えが許されるべくもなく、こうした会には自分なりの責任感を持って参加させて頂いています。20名以上の委員会であろうとも、その発言一つで、社会に良い影響を与えることもあれば、多くの人々を犯罪者にしたり、関連する業界や働く人たちにとって大変な影響を与えてしまうこともあります。完璧はいつでも不可能ながらも、できうる限りの議論を尽くして、自分なりの専門的知見から太鼓判を押すことができる報告書という「紙」を、実際に筆を執られる政府・事務局の方々が作成して頂けるよう微力でもできる限りの努力をしています。某所でも小委員会外で一言だけ自分の考えを公に述べたことですが、少なくとも僕自身、今回に関しては、その責任を完全に果たせたとは、今でもどうしても確信を持って言うことができません。実際多くの先生方も同じお考えであったのかもしれず、1月25日の小委員会の最後にも、「異議なし」と仰った先生は2-3名でした。

 以上、問題提起とも反省とも何とも言いようのない考えをつらつらと述べさせて頂きましたが、今回の一件で改めて一番感じていることは、これからの情報社会の中での、著作権という法律の代え難い重要さです。他の委員の先生方や関係する方々のご努力により、文化審議会としての報告書は様々な選択肢を視野に入れた書き方になっております。少数精鋭で大変な業務に対応される文化庁著作権課の皆様(年明け以降ちゃんと寝る時間取れていますでしょうか?落ち着いたら教えてください)、そして実際に法律の審議を行われる議会の先生方が、この重要な社会基盤のあり方について、妥当な結論を導いて頂ける事を切に願っております。どうかどうかよろしくお願い致します。