アメリカとEUの情報政策の違い(各論編その2:表現の自由・サイバーセキュリティ・イノベーション)

By S.Robinson http://flic.kr/p/34Unc

さて第4講です。前回の各論編その1:プライバシーと著作権に引き続き、「アメリカとEUの情報政策の違い」シリーズ完結編として「表現の自由・サイバーセキュリティ・イノベーション」に入っていきます。とはいえ書き始めるとキリがないのでごくさわりだけ。詳しいことはそのうち『日米欧の情報政策』という教科書でも書きましょう。たぶん。

■表現の自由

日本国憲法21条にあたる表現の自由は、合衆国憲法の堂々たる「修正1条」に置かれている、アメリカにとって最も重要な憲法上の価値とでも言うべきものです。なおアメリカ憲法の「修正条項」というのは「権利章典(Bill of Rights)」と呼ばれる国民の権利を定めた規定のセットでして、前回出た「修正」と付かない方は主に連邦政府の権限や統治機構について定めています。修正1条には「連邦議会は国民の表現の自由を制限するようないかなる法律も作ってはいけない」というようなことが書かれており、インターネットというのは基本的に全部「情報=表現」の集合体に近い部分があるので、世界的に見ても稀なアメリカの「インターネットの自由」の強力さは、根本的にはここに由来すると言っても過言ではありません。その他各州ごとにもそれぞれ憲法があって、それらの中にも表現の自由は強力に規程されています。

一方でEUには、まだ「EU共通の憲法」というのは存在していないので(何度か作ろうとはしてるのですけど失敗続きです)、1950年の欧州人権条約や2000年のEU基本権憲章なんかの該当条文を見ながら考えることになります。もちろんEUでも表現の自由は強力に尊重されているわけですが、一般的にはアメリカ修正1条ほど強力ではない=他の権利や価値と比べてさほど特権的ではないと言われています。欧州人権条約の10条「Freedom of expression」辺りが象徴的で、1項で「全ての人は表現の自由の権利を有する…」と書いた後、2項で「…その権利の行使は、民主主義に必要な諸々の制約に服する」といったことが書かれています。もちろんアメリカにも表現の自由に一切の制約が無いわけではないんですが、やはりその根本的な精神のありようというのはこうした条文の表現に顕れてきます。そしてもちろん各国ごとに憲法があるわけですが(ちなみに英国には「成文の」憲法はありません)、おおよそで同じような雰囲気の規程を持っています。

というわけでざっくり比較すると、「アメリカ=表現の自由が滅茶苦茶強い」、「EU=まあ常識的に強い」といった図式は頭の中に持っている必要があります。こういう違いはインターネットの規制=情報政策全般に顕われていて、ネット規制を強めようとする度に大規模な反対運動が起こって法案が潰れたり、たとえば有名なところではインターネット上の「下品な」表現を規制しようとした1996年の「通信品位法」なんかのように、違憲訴訟を起こされて実際に裁判所が無効にしたりします。欧州でもしばしば大規模なバトルは起こりますが、アメリカと比べるとその違いは明確です。もちろん表現の自由を徹底的に守ることが必ずしも「僕たち国民」にとっていい事ばかりというわけではなく、例えばアメリカの著作権以外のプロバイダ責任は連邦通信法230条(先の通信品位法の一部なんですがこの規程は生き残りました)に「完全な免責」が規程されていて、EUや日本なんかと違って名誉毀損やプライバシー侵害なんかを消してもらうにも一苦労です。

■サイバーセキュリティ

次にサイバーセキュリティ。実は世界的に見ても「サイバーセキュリティ」という法律分野が明確に存在しているわけでもなく、どこまでをその射程に含むかは難しく、我が国の情報法の第一人者岡村久道弁護士が『情報セキュリティの法律』(商事法務、改訂版2011年)という体系書を出されているのが邦語ではほとんど唯一の包括的な教科書です。厳密には「情報セキュリティ」と「サイバーセキュリティ」は微妙に射程が異なるのですが、情報セキュリティの構成要素である「CIA」、つまり情報システムの「Confidentiality=機密性」「Integrity=完全性」「Availability=可用性」を実現するための法制度全般と理解しておけばおおよそは大丈夫です。わけても最近では、インターネットの普及に伴って政府システムやエネルギー、交通システムなんかの重要インフラまでネットにつながるようになってきてしまったので、そういうのを標的にした「サイバー攻撃」さらには国家間の「サイバー戦争」への対応が非常に重要な焦点になってきています。

この分野はまだまだ世界的に見ても新しく、各国とも法整備を急いでいるという段階なので、アメリカとEUの間でも違いという程の違いはありません。ただはっきり言えるのは、強固なサイバーセキュリティを実現するためには、これまで解説してきたような「プライバシー」や「表現の自由」を、ある程度法律その他の手段によって制約する必要があるということです。サイバー攻撃を検知するためには通信の秘密を乗り越えてでも通信(履歴・内容)を解析する必要がありますし、そういう通信を遮断したり、あるいはセキュリティ的に問題のあるコンテンツを削除したりすることは表現の自由の侵害にもなり得ます(決して「各論編」5項目適当に並べてる訳ではないんですよ!)。ですから端的に言えば、アメリカは表現の自由が「滅茶苦茶強い」からこそサイバーセキュリティ関連の法整備に苦戦している部分があって(しかし911以降ナショナルセキュリティに関する国民意識が大きく変わっているので、パトリオット法を含めて大胆な法律もどんどん通します)、一方でEUは「相対的には」そういうことをやり易いという違いがあります。いまEUで準備されている「サイバーセキュリティ指令」なんかが実現すると、もっと全体像は見え易くなってくると思います。

■イノベーション

さて最後にイノベーション。僕の一番大好きな言葉です。「イノベーション」の定義についてはジョセフ・シュンペーターの「生産要素の新結合」やクレイトン・クリステンセン教授の「破壊的新技術」など色々ありますが、ここではざっくりと、しかし射程を絞って「インターネットによる社会や経済の進化」とでも捉えておきましょう。これをどうやって政策によって促進させていくかということが、情報政策にとっての最大の課題となるわけです。もちろん「インターネット」そのものは、色々な意味でのイノベーションです。しかしハーバード大学のジョナサン・ジットレイン教授が『インターネットが死ぬ日』において正しくも指摘する通り、インターネットの最大の価値はその「Generativity=生成力」、つまりその上で、予測不可能な新しい技術やサービスが際限なく次々と生み出されて行くところにあります。情報政策としてのイノベーション政策は、新しい技術や企業に税金でお金を出してあげることなんかよりも、その生成力の障壁をいかに取り去ってあげるか、あるいは新しく障壁を作らないようにするかというところに最大の焦点があるというのが情報政策研究者の間での国際的なコンセンサスです。

しかし一方で、こうした「予測不可能な」イノベーションは、ここで挙げてきた全ての要素の実現に対して矛盾する場合がある=トレードオフの関係の下にあるわけです。インターネットは明らかに著作権の保護やプライバシー、あるいは社会のセキュリティを危うくしている部分があります(繰り返しますが順番は適当ではありません!)。表現の自由にインターネットは確かにプラスに働いていますが、前掲ジットレインやコロンビア大学のティム・ウーが『マスター・スイッチ』なんかで指摘するように、イノベーションによってネット社会をコントロールできるようになってきた大企業は、自分たちの強敵が出てこないように(あるいは単に国家からの要請によって)そういう「予測不可能な」新技術や表現なんかを自主的に潰してしまったりすることもあり(得)ます。そういった全ての社会の価値とのバランスを取りながら、それでもインターネットのイノベーションをなんとか進めていくことが、情報政策としてのイノベーションを考える僕たち研究者、そしてそれ以上に霞が関で毎晩遅くまで頑張っておられる方々のお仕事そのものなわけです。 

前置きが長くなってしまったので少しだけ「アメリカとEUの違い」を書いておきますと、一言で言えば「アメリカ=イノベーションが圧倒的に重要」で、「EU=イノベーションとその他の価値のバランス重視」です。この違いも、これから書いていく「アメリカとEUの情報政策」の個別の論点や最新のニュースに対して常に根底に流れる対立として出てきます。これもどちらが良いかを決めるのは難しいんですが、穏健なみなさまならきっとEU的な「バランス」に惹かれますよね。でも今直視しなければならない事実は、イノベーションを圧倒的に重視してきたアメリカのIT企業が世界を席巻していること、そしてここで論じてきた著作権やプライバシー、表現の自由、サイバーセキュリティなんかの政策課題を実現するにあたっては、そうしたIT企業群を自国に擁するアメリカが、結果的に圧倒的に影響力を持つようになってきてしまっているということなんです。誤解を恐れず僕自身のポジションを書くとすれば、「バランスが大事なのはよく分かるけど、それでイノベーションを軽視すると結局全部アメリカに社会的価値の決定権も与えることになっちゃいますよ!」ということです。プライバシーひとつ守ってもらうにも、アメリカ政府にお願いしてフェイスブックなんかに指導してもらわなきゃならないディストピアは、、もうほとんど訪れちゃってますよね。さあどうしましょう。これを考えることこそが、本コラムの本来の目的そのものです。

さて、3ポストに渡ってお話ししてきました「アメリカとEUの情報政策の違い」シリーズもとりあえず以上で終了です。でもここまで書くと、「じゃあ日本はどこにいるの?」ということが気になりますよね。これもここでは一言だけで済ませておくと、「だいたい両者の中間あたりを行ったり来たりしてます」という表現が適切になると思います。アメリカから学びEUから学び両者の情報政策のイイトコ取りをして、しかし「グローバルスタンダード」への準拠と、それ自体の創造を目指す。簡単なことじゃありませんが、このままビジネスでも法制度でもやられっ放しの状況をどうにかするために、がんばってまいりましょうー。

#というわけで前提知識シリーズはここで一段落しますが、やはり僕が専門の「共同規制(co-regulation)」や「文化芸術デジタルアーカイブ」、あるいは「オープンデータ」なんかの概念についての簡単な解説もあった方がよいんじゃない?というご指摘を多く頂いております。ここではそういうキーワード解説を溜めていって、後々の記事なんかを書くときの便宜にも使えればと考えておりますんで、最新のニュースと合わせてそういう解説も適宜進めて参ります。なので「このキーワードの解説も」というようなリクエストあったらいつでもくださいねー。