アメリカとEUの情報政策の違い(各論編その1:プライバシーと著作権)

By H.Varlan http://flic.kr/p/7vBD4T

さて前回の記事では、本コラムの主な対象とする「アメリカとEUの情報政策の違い」に関わる基本的な構造について書かせて頂きましたが、ここからは少しその「各論編」に移りたいと思います。初回の記事で「情報政策とは何かというと、ここではプライバシーや著作権、表現の自由、サイバーセキュリティ、あるいはイノベーションといった情報に関わる法律や政策全般」と書きましたので、ここではさしあたりその項目ごとについて簡単に記述します。

■プライバシー

まずそもそも、アメリカには日本でいう「個人情報保護法」のような、民間分野全体を対象とする包括的なプライバシー保護法制(厳密には個人情報保護法=プライバシー保護法とは違うのですが、これは改めて)が存在しておらず、民間の自主規制による解決が重視されています。その代わりに連邦法レベルでは「医療」や「金融」、「子供に関する情報」といったように分野ごとのプライバシー保護法制が存在していて、これら個別法と自主規制を総合して見る必要があります。面白いところでは、最高裁判事候補者のビデオレンタル履歴がマスコミにリークされたことを契機に作られた「ビデオプライバシー保護法」なんていうのも。その他に州ごとの法律も存在していて、たとえばカリフォルニア州では「オンラインプライバシー保護法(The California Online Privacy Protection Act of 2003、OPPA)」や、主に電子書籍の読書履歴を守るために作られた「読者プライバシー保護法(Reader Privacy Act of 2011)」などがネット関連では特に重要です。

一方でEUでは、日本の個人情報保護法のモデルにもなった、1995年の「データ保護指令(Data Protection Directive、95/46/EC)」がEU加盟国のプライバシー保護法制の共通水準を定めています。この指令を全体的に改正する、EU全体に直接の効力を持つ「データ保護規則」案が2012年に公開されて議論になっているのは広く日本でもニュースになっているところですね。さらにネット分野では、同指令のいわば特別法としての位置付けを有する「電子通信プライバシー指令(Privacy and Electronic Communications Directive、2002/58/EC)」が一番重要で、行動ターゲティング広告に用いられるクッキーや、通信の秘密などについて定めています(2009年に大幅改正)。いずれもそれら指令に基づいて、加盟国ごとに国内法を作って反映させるという形になります。

プライバシーに限らず、前回指摘したようにアメリカでは連邦法・州法、EUでは指令・国内法というレイヤーがあってなかなか比較はしづらいのですが、その違いを簡単に要約すると、「アメリカ=民間の自主規制重視、EU=法律による規制重視」、それに加えて「アメリカ=オプトアウト(個人情報等を使うとき、本人の事前承諾は必ずしも必要ないけど、後からちゃんとやめてもらえるようにすること)重視、EU=オプトイン(本人の事前承諾が基本的に必要)重視」というのが基本的な流れの違いとして存在しています。もちろんアメリカEUいずれもいわゆる「プライバシー権」はこうした個別の法律とは別に存在していますので要注意。この辺の全体的な比較は拙著『情報社会と共同規制』第5章および近刊拙稿「イノベーションと共同規制」をご参照くださいませ。

■著作権

次に著作権です。アメリカの著作権法は、合衆国憲法1条8節8項に「著作権や特許の保護は連邦政府の権限です」といったようなことが書いてあって完全に連邦イシューのため州法を気にする必要がなく、アメリカ法の中では比較的わかりやすい部類です。もちろん他の分野同様アメリカは「判例法・英米法」の国なので、その実運用を理解するには裁判所の判例がおそろしく重要な意味を持つので全体像が見えづらいことには変わりありません。アメリカ著作権法の主な特徴は、まず(1)いわゆる「人格権」を制定法では定めておらず基本的に「財産権」一本であること、(2)世界の著作権法のスタンダードであるベルヌ条約に加盟したのが1989年でそれ以前は基本的に著作権の発生と保護について「登録主義」を採っていたこと、そして(3)ネットの世界でも常に話題になる広範な「フェアユース」条項の存在が挙げられます。アメリカ著作権法の構造についての日本語の解説としては小泉直樹先生『アメリカ著作権制度-原理と政策』(弘文堂、1996年)が少し前の出版になりますがおそらく一番ですので、ご関心のある方はぜひご一読を。ネット関連ではいわゆる「著作権分野の」プロバイダ責任制限と著作権保護期間の延長を定めた1998年の「デジタルミレニアム著作権法=DMCA」という著作権法改正がきわめて重要です。

一方でEUについては、指令としてはよく「情報社会指令」と省略する「情報社会における著作権および関連権指令(Copyright and Related Rights in the Information Society、2001/29/EC)」が一番重要なのですが、その他にも無数に関連指令が存在していてきわめてわかりづらい領域です。ネット関係で比較的重要なものを強いて挙げるとすれば、知的財産全般の「執行」について定めた「知的財産エンフォースメント指令(Enforcement of Intellectual Property Rights Directive、2004/48/EC)」と、権利者不明で誰も使えなくなっている「孤児著作物」の救済を定めた「孤児著作物指令( Certain Permitted Uses of Orphan Works、2012/28/EU)」を挙げることができるでしょうか。とはいえEUの著作権法は基本的にベルヌ条約準拠なのと、日本の著作権法も元々こちらを参考に作られているので理解はしやすいです。あとはプロバイダ責任制限として「電子商取引指令(Electronic Commerce Directive、2000/31/EC)」がありますが、これは米国と異なり、日本のプロバイダ責任制限法同様、著作権を含む全ての分野の責任ルールを一括で定めています。

アメリカとEUおおよその比較をしようとすると、(プライバシー分野と違って)ベルヌ条約やWIPO条約などの国際条約のおかげにより基本的な構造は共通しているのと、いずれもネットの時代になってから著作権者団体等の主張により権利保護の強化が進められているのも共通しているので、全体的には実はさほどの違いはなかったりします。ただやはり「フェアユース」の存在はネット企業のビジネス展開にとっては大きいです。著作権の内容や救済手続きを「法律によって決める」というのはアメリカEUどちらも共通なんですが、「著作権があっても何をやっていいか」ということがEUや日本ではいわゆる「権利制限規定」として法律で事前に細かく決められている一方、アメリカでは「フェアユース」に基づいて、「よく分からない場合はとりあえずやってみて、どこまでがフェアかは後から裁判で決めよう」というのが基本的なやり方です。英米法・判例法というのは理解するのが難しいので、EU型のいわゆる「大陸法」形式とどちらが良いのかは難しいところですが、実際問題としてフェアユースのおかげでグーグルなどは次々と新しいサービスを展開して世界を席巻している部分があることは、やはり認めざるを得ないことだと思います。この辺りについては森・濱田松本法律事務所の増田雅史弁護士と一緒に書いた『デジタルコンテンツ法制:過去・現在・未来の課題』(朝日新聞出版、2012年)にかなり詳しいことを書いていますので、ぜひご一読を。

、、、と、本当はこの記事で残りの「表現の自由・サイバーセキュリティ・イノベーション」についても書いてしまいたかったのですが、ここまでで相当長くなってきてしまったのでやっぱり2つに分けます汗。この辺のお話が終わったら一気にアメリカとEUの最新の情報政策のお話に入っていきますので、今しばしお付き合いくださいませー。

#ちなみにすみません、極力「わかりやすさ」を重視して書いてるつもりではいるのですが、もし「これでもまだよくわからんぞ」あるいは「基本的な知識ばっかりでつまらんぞ、もっとマニアックなのplz」などのご意見ございましたら、ぜひコメントくださいませ。フィードバック頂きながら適宜改良して参りますー。