基本の体力づくりに励む日々

――8月1日付で荒磯部屋を興して初めての本場所を終えました。いかがでしたか。

「場所前はいい稽古ができていました。特に10代の3人は、いまは体づくりをしっかりして、ケガをしないように専念しています。土台を作ってから技の習得をして、それから個性を伸ばそうと考えているからです。それぞれに課題を作らせて、一人ひとりに声をかけてから場所に臨ませました」

――親方になってからはもう2年以上経っていますが、現役引退後から、場所を迎える心境に変化はありますか。

「現役時代は、思い通りにやっていたので精神的にも楽でしたが、いまは思い通りにならないことも多々ありますから、親方として弟子の相撲を見るのはあまり心臓によくないですね。弟子が負けると、何が間違っていたんだろうと、その都度考えてしまうんです。でも、体づくりもまだまだ途中ですから、『目先の勝利ではなくもっと先の勝利を得るんだ』『そのために俺たちはいま頑張って苦しむんだ』『つまらないことをやり続けられる人間だけが強くなれるんだ』と、ひたすら言い聞かせています。でもね、体ができてくると、強くなってきた実感がわいて、つまらないことが面白くなってくるときがあるんですよ。弟子たちにも、そういう思いをしてほしい。だからこそ、筋力トレーニングは、キロ数などわかりやすい目標ができるという観点からも、非常にいいことだと思います」

――弟子には、最先端のスポーツ科学の知見なども重要だとお考えですか。

「いま、筋トレはいいと言いましたが、結局は、四股・鉄砲・すり足・腰割りが最先端の科学なんじゃないかなと、自分のなかでは思うようになりました。そのなかに、下半身の強化や体幹動作など、すべてが集約されているんです。形をしっかり作らないと、丹田に力が入り込まない。中心軸がしっかり立つ力士は、寄る力や押す力があり、精神的にも威圧感がある。“姿勢”って、姿の勢いと書くだけあって、強い人はしっかりとした軸をもって、その勢いをバチンとぶつけてきます。自分もいろんなトレーニングをしてきましたが、最後に自分が信じてやり続けたのは基本運動でした。弟子たちにも、朝から基本運動をみっちり1時間半くらいさせていて、その上での筋力トレーニングはあっていいと思っています」

――何事もそうですが、相撲もやはり最後は基礎に帰ってくるんですね。

「自分も、大ケガをして優勝決定戦があったときにね、髷を結い直して最後に何をしたかというと、腰割りをしっかりしたんです。本当の大勝負に挑む前に行うくらい信じていたのが、自分の腰割りでした。10代の3人はまだできませんが、軸が立って丹田にパワーが集まってくると、土台がしっかりしてくるので、基本にはこだわりをもってやっています」

写真:日刊スポーツ/アフロ
写真:日刊スポーツ/アフロ

日々模索する指導方法

――現役の頃から、指導や育成について考えていましたか。

「まったく考えていないですね。自分は、十両に上がるのは早かったんですが、遠回りして大関や横綱になったので、そういう経験をして何が合っているのか、何が大事なのかを勉強はさせてもらいました」

――出世や足踏み、大きなケガ、いろんな経験をしてきた親方だからこそ、弟子にも教えられることが多いのでは。

「そこが難しいところなんです。100%教え込むのがいいのか、20%くらい自分で考えさせたほうがいいのか、はたまた20%くらいしか教えないほうがいいのか。いろいろ模索しています。あんまり教育ママみたいな感じだと子どもがグレますし(笑)、かといって突き放してしまうのがいいのかもわからない。いつも考えながらやっています。いま出ている結論として、自分で考えさせることは大事ですが、何をどう考えていいかがわからないなかで考えていても意味がない。ですから、自分は問題集を作ってその答えを導くような教え方をしようとしています」

――今後、どんな弟子を育てていきたいですか。

「力士らしい力士を育てたいと思いますが、みんな個性がありますから。相手を尊重して、自分を押し殺す、そんな姿が自分は素晴らしいと思うんですね。ですから、相手を敬う気持ちをもてる力士に育てたい。相撲は、個人スポーツではありますが、相手がちゃんと力を出してくれないと自分の稽古にもならないし、一人で相撲は取れません。後援者の方や先輩後輩、いろんな人に助けてもらっています。常に人を敬う気持ちと感謝の気持ちを忘れないこと、そのなかで強さが出てくると思います。瞬間的な強さではなく、長く続く強さを培うために、常にそういう気持ちを忘れないで頑張ってもらいたいです」

――部屋全体の展望は。

「コロナ禍でスカウティングも難しいなか、どうなるかわかりませんが、弟子との出会いも運命です。親御さんから大事なお子さんを預かっているわけですから、預かったからには責任をもって、人としても力士としても成長させないといけません。それが少人数であろうがたくさんいようが、その気持ちは変わらずもっていたいと思います。自分の理念・理想を理解した上で、入っていただけるなら非常にうれしいです。入ってもらったからには、愛情込めて育てていきたいなと思っています」

プロフィール

荒磯 寛(あらいそ・ゆたか)

1986年7月3日生まれ、茨城県牛久市出身。第72代横綱・元稀勢の里。本名は萩原寛。中学卒業後の2002年に鳴戸部屋に入門し、3月場所に初土俵を踏む。入門からわずか2年で新十両昇進を果たすと、その3場所後には新入幕。大関昇進前は、合計9回の三賞を受賞。17年1月場所で念願の初優勝を果たし、その後横綱に昇進。2年後の19年1月場所で惜しまれながら引退し、年寄「荒磯」を襲名。今年8月1日付で田子ノ浦部屋から独立し、荒磯部屋を興した。