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賛否両論の初場所開催。協会が信じる大相撲のもつ力と「密の競技」に抱く力士の恐怖心

飯塚さきスポーツライター
(写真は昨年7月撮影)

協会が信じる「大相撲のもつ力」

2021年。新年の始まりと共に、大相撲初場所も幕を開けた。ただし、例年の華やかさとは程遠い。新型コロナウイルスの猛威が、初場所の開催を不穏な空気で包んでいるのだ。

場所前から、立浪部屋と荒汐部屋でのクラスター発生に加え、あの大横綱である白鵬もウイルスの力に倒れるなど、角界に暗い影を落とした。それだけではない。直前に行われたPCR検査の結果、新たに千代翔馬ら5人の力士の感染が明らかになり、彼らの濃厚接触者とみなされる同部屋力士たちがそろって休場を余儀なくされたのだ。その結果、コロナ関連での休場者は65人にのぼった。

こんな異常事態のなかでも初場所が開催されるのは、協会の財政の問題ももちろんあるのだろうが、それ以上に、大相撲がもつ「力」を、協会が信じているからなのだろうと思う。場所が始まれば、館内が沸く好取組も、優勝をかけた大一番もある。まさに「こんなときだからこそ」、大相撲で日本を元気づけたい。そんな思いで開催に踏み切ったのだろう。出場する力士たちも、出るからには全力を尽くして、いつも通り一番一番必死にぶつかっていくだけと、気力を高めているに違いない。

二度と悲劇を起こさないで

しかし、と、ここからは筆者の意見になるが、私は、やはり力士たちのことを考えてしまう。たしかに、彼らの雄姿は、見る人を元気づけ、明日を生きる活力を届けてくれる。その力がどれだけ大きいか。大相撲をはじめ、さまざまなスポーツを見てきたなかで、筆者は痛いほど感じている。しかし、実際に土俵に上がって相撲を取る力士たちのほうはどうか。密を避けろと叫ばれ続けているなかで、密になる競技に臨むこと。それに対して、まったく恐怖心がないと言える力士が、はたしてどれだけいるのだろうか。

思い出してみてほしい。彼らは、すでに仲間を一人亡くしているのである。昨年5月、まだ28歳だった、高田川部屋の勝武士さん。彼が亡くなったときの衝撃と悲しみは、そんなにも簡単に癒えるものだろうか。むしろ、身近でつらい経験をしたからこそ、力士たちが抱く恐怖は人より大きいだろうと慮る必要があるのではないだろうか。

コロナへの恐怖で休場を申し出たところ、それが受け入れられず、自ら引退した序二段の力士の話は、各メディアで取り上げられ、世間にまで衝撃が走った。実際に筆者がやり取りするなかでも、場所に臨む不安や恐怖を漏らす力士はいる。そんななかで始まった初場所。正直なところ、筆者としては、いまだに今場所の開催を手放しで喜ぶことはできないのである。

場所を見守る心境

とはいえ、どんな状況下でも、始まったものは心を込めて見守るまでだ。勝負の行方よりも、力士や親方をはじめ、協会員の皆さんの安全と健康を祈ることが先になってはしまうが、大相撲を愛するひとりの人間として、今場所が無事に終わるまで、陰ながら精いっぱい応援したい。

両横綱不在のなか注目されるのは、大関・貴景勝の綱取りと優勝争いの行方だ。しかし、その貴景勝は、得意の突き押しが相手の御嶽海に通じず、初日から黒星を喫する展開となってしまった。カド番の大関・朝乃山も、大栄翔の鋭い突き押しにあっけなく土俵を割り、いきなり波乱の幕開けとなった。

一方で、足首のケガが心配されているカド番の大関・正代は、そんな懸念を吹き飛ばすほどの会心の相撲で白星スタート。大ケガを乗り越え、大関への返り咲きを目指す関脇・照ノ富士も、若き琴勝峰を相手に、圧巻の強さを見せつけ白星を挙げた。

この逆境をはねのけようと土俵上で奮闘する力士たちの姿は、あらためて相撲の良さを認識させてくれる。本場所を開催するからには、無事に千秋楽を迎え、そのときに「やってよかった」と誰もが思えるような状況であってほしい。そう願いながら、今回の初場所も見守っていきたいと思う。

スポーツライター

1989(平成元)年生まれ、さいたま市出身。早稲田大学国際教養学部卒業。ベースボール・マガジン社に勤務後、2018年に独立。フリーのスポーツライターとして『相撲』(同社)、『大相撲ジャーナル』(アプリスタイル)などで執筆中。2019年ラグビーワールドカップでは、アメリカ代表チーム通訳として1カ月間帯同した。著書『日本で力士になるということ 外国出身力士の魂』、構成・インタビューを担当した横綱・照ノ富士の著書『奈落の底から見上げた明日』が発売中。

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