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照ノ富士の復活劇に国技館が揺れた。胸が躍る優勝争いに大相撲の魅力発揮

飯塚さきスポーツライター
写真:日刊スポーツ/アフロ

新旧大関対決は照ノ富士に軍配

脳裏に浮かんだのは「復活」の二文字だった。おそらく全相撲ファンが注目していたであろう、十三日目の実質結びの一番。大きく力をつけ、いままで以上の強さを見せている新大関の朝乃山と、大関の地位からケガで序二段にまで転落し、地の底から這い上がってきた幕尻の照ノ富士。1敗でトップに並ぶ二人の直接対決は、勝ったほうが優勝に近づく大きな一戦だった。

立ち合い。当たった瞬間、両者得意の右四つの形に組み合うが、照ノ富士が左の脇をがっちりと締めながら朝乃山の上手を切る。腕(かいな)を返し、一瞬投げの打ち合いのような形になるも、上手を引いた照ノ富士がそのまま寄り切り。割れんばかりの拍手で揺れる国技館。完全に照ノ富士の相撲だった。一度我々の前から姿を消した元大関は、消えてなどいなかった。むしろ、あのときよりもさらに大きく強くなって戻ってきてくれたとさえ感じられた。

これで、優勝に大きく前進した照ノ富士。しかし、まだまだ油断はできない。次の相手は、すでに二桁勝利を決めている関脇の正代だ。今場所も落ち着いた相撲で着々と白星を重ねている。照ノ富士との対戦成績は、不戦を除いて3勝4敗。乗りに乗っている照ノ富士ではあるが、過去の成績から考えれば、正代に勝利の女神がほほ笑む可能性も大いにあり得る。ここで照ノ富士が勝てば復活優勝が見えてくるが、負ければまた朝乃山と星が並ぶかもしれない。幕内最高優勝の行方は、残りわずか2日間となったいまもわからない、胸が躍る展開となっている。

もう一つの復活劇

照ノ富士の勝利に国技館が躍る数時間前。そこにはもう一つの復活劇があった。

6戦全勝同士で対戦した、幕下59枚目の栃清龍と12枚目の千代の国。両者互いに一歩も引かず、攻め続ける展開だったが、最後は千代の国の気迫が上回り、栃清龍を土俵外に押し出した。この相撲で千代の国は幕下全勝優勝を果たし、関取への復帰を確実なものにした。

最高位は前頭筆頭。6年前、一度ケガで転落と復帰を経験している彼に、昨年二度目の悲劇が襲った。ケガにより、再度幕下へ陥落。そこから約1年間、関取復帰のチャンスが巡ってくる場面もあったものの、苦しい日々が続いた。

そんな千代の国は今場所、ついに二度目の復活を手にしたのだ。この日7月31日は、先代の師匠である前・九重親方(元横綱・千代の富士)の命日。取組後の優勝インタビューで「(先代に)必ず勝ってきます、と約束してきました」と語った。そんな、男と男の約束をきっちりと果たした千代の国。彼もまた、持ち前の元気いっぱいの相撲で私たちの前に帰ってきてくれた。先代も、きっと天国から労いの言葉を送ってくれていることだろう。

生きる活力を生む大相撲

2つの大きな復活劇が見られた七月場所十三日目。未知のウイルスへの恐怖や自粛生活が続くストレスなどで、どうしても気が滅入ることの多い昨今だが、この日の彼らの活躍は、多くの人の心をつかみ、大いに元気づけてくれたのではないだろうか。

千秋楽まであと2日。優勝争いの行方が気になる一方で、大相撲が、見る人の心を満たし、生きる活力を生むという本来の魅力を発揮し始めていることに感動を覚え、いまもこうしてその余韻に浸りながら、静かに興奮している。

スポーツライター

1989(平成元)年生まれ、さいたま市出身。早稲田大学国際教養学部卒業。ベースボール・マガジン社に勤務後、2018年に独立。フリーのスポーツライターとして『相撲』(同社)、『大相撲ジャーナル』(アプリスタイル)などで執筆中。2019年ラグビーワールドカップでは、アメリカ代表チーム通訳として1カ月間帯同した。著書『日本で力士になるということ 外国出身力士の魂』、構成・インタビューを担当した横綱・照ノ富士の著書『奈落の底から見上げた明日』が発売中。

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