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「IOCの名ばかりの懲罰はバカげている」米五輪専門家に聞く ワリエワ選手のドーピング問題の本質とは?

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
(写真:エンリコ/アフロスポーツ)

 ドーピング・スキャンダル発覚後も、北京冬季五輪に継続的に出場することが認められた、フィギュアスケート女子シングルのカミラ・ワリエワ選手。

 米有力紙ニューヨーク・タイムズは五輪で禁止されているトリメタジジンに加えて、ハイポキセンとL-カルニチンという違法ではない2種類の薬物も検出されていたことを報じ、波紋はさらなる広がりを見せている。

 15日に行われたショート・プログラムでは、ワリエワ選手がパフォーマンスを終えた後、アメリカで五輪放映権を持っているNBCテレビのコメンテイターが「彼女は(ドーピング)検査で陽性だった。私たちは彼女のパフォーマンスを見るべきではなかった」とコメントするほどの立腹ぶりも見せた。「彼女は競技に出るべきではない」という声もあがっていた。

 そんな中、ワリエワ選手がフリー・プログラムで見せた、あまりにも“らしからぬパフォーマンス”に世界は呆然とし、ドーピング・スキャンダルという、非常に大きな重圧の中でも滑り切った同選手を心配する声が多々あがっている。

 問題の本質はいったいどこにあるのか? 

 元五輪選手で、著書に『オリンピック秘史 120年の覇権と利権』(早川書房)、『オリンピック 反対する側の倫理』(作品社)がある、米パシフィック大学教授のジュールズ・ボイコフ氏に話をきいた。

ーードーピング違反発覚後、ワリエワ選手の五輪出場が継続されたことについてどう思われますか?

 オリンピックのドーピング・システムは昔からめちゃくちゃでした。アンチ・ドーピングの世界には“利害の対立”という障壁があり、全体的に再考される必要があるのです。IOC(国際オリンピック委員会)はしばしばルールはルールだと言いますが、ワリエワ選手のケースにおいては、オリンピックを進めながらルールを考え出しているような状況があり、そのため、大会中はメダル授与式が行われないという話が出ていたのです。このスキャンダルは、IOCが道徳規範と行動において偏向を示しており、道徳的指標と繋がっていないことにスポットライトを当てたと思います。

ーーなぜ、CAS(スポーツ仲介裁判所)はワリエワ選手の出場を継続させる判断をしたのだと思いますか?

 彼女のような未成年を競技から外せば、特に後になって、彼女が禁止物質摂取で潔白であるという証拠が出てきた場合、非常に劇的なことが起きる可能性があると判断したからでしょう。彼女のドーピング問題は、オリンピックが開始されるずっと前に対処されるべきことだったのです。

ーー今後どんな調査が行われると思いますか?

 ワリエワ選手は若く、体内から検出された心臓病のカクテル薬服用に対するインフォームド・コンセントを与えられていなかったのではないかと思われます。そのため、(何者かにより)ドーピングが行われた状況が調べられることになるかもしれません。

ーー今回のようなドーピング問題はどう解決されるべきでしょうか?

 オリンピック・ムーブメントは、危機に瀕しています。ドーピング問題はオリンピックを悩ませているたくさんの問題の一つに過ぎません。オリンピックは、慢性的な浪費問題、偽善的な環境保護への取り組み、地元住民を移動させること、強まる警備、オリンピック終了後はスタジアムが無用の長物になることなどたくさんの問題を抱えています。昨夏の東京五輪の状況を見れば、これらの問題があることは痛いほどはっきりしています。

 IOCは、まず第1に、様々なスポーツの国際競技連盟が設定している、五輪参加のための最低年齢を考慮することから始めるべきです。

 第2に、機能を果たすための適切な予算が慢性的に不足しているWADA(世界アンチドーピング機構)に十分な予算を与える必要があると思います。

 第3に、ロシアの組織的ドーピング問題が最初に表面化した時にロシアに対して下された名ばかりの懲罰を見直す必要があります。IOCの名ばかりの懲罰はバカげています。今、私たちが目にしているものは、IOCによる非常に弱腰なアプローチの結果なのです。

 また、WADAの元事務局次長のロブ・コーラー氏も米オレンジ・レジスター紙で、IOCなどの機関がこれまでロシアに対して厳しいスタンスをとってこなかったことを批判している。

「WADA、IOC、CASが、選手の利益よりも政治的かけひきやロシアの利益を是認し、彼らを競技から排除するという処罰をあえてしない状況は、大きなチェンジがない限り、また、人々が組織的ドーピングの代償を払い始めない限り、これからも続くでしょう」

 選手の利益とは何なのか?

 ドーピング問題発覚後、ワリエワ選手については出場継続は許可されるべきではないという声もあがり、出場を認めたCASの裁定の甘さが指摘されていた。しかし、その裁定の背景には、ボイコフ氏が指摘したように、ワリエワ選手を競技から外すと、後で彼女の身の潔白が証明された時に起きる問題に対する懸念があったという。

 何が、ワリエワ選手にとっての利益だったのか? 悲しいことだが、結局、ワリエワ選手がロシアの組織的ドーピング問題の代償を払わされる結果となったのではないか。

在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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