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「中国政府は脅迫や誘拐をし、犯罪組織に懸賞金のオファーも」FBI長官 中国の人権侵害が米国でも脅威に

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
中国が米国に与えている脅威について訴えたFBI長官レイ氏。写真:fbi.gov

 北京冬季五輪の開会式では、人権侵害やジェノサイド(民族大量虐殺)が起きているとされる新疆ウイグル自治区出身の女子選手が聖火の最終ランナーとして登場したことが波紋を呼んだ。中国政府は、あえて、その女子選手を起用することで、世界に民族融和の姿勢を示し、人権侵害に対する世界からの批判を交わそうとしたとみられる。

 これに対し、米ホワイトハウスのサキ報道官は2月7日、「中国の一部で見られる人権侵害やジェノサイド(民族大量虐殺)から注意をそらしてはならない」と述べ、中国による人権侵害という問題をあらためて提起した。

「フォックス・ハント(狐狩り)」で中国に送還

 人権侵害については、前回の投稿「中国は史上空前規模で米国経済を盗んでいる」FBI長官 その手口とは? 最新技術結集の北京五輪の陰で」で紹介した、FBI長官クリストファー・レイ氏がレーガン図書館&博物館の展示会開催の際に行った基調講演「米国内で、中国政府によって引き起こされている脅威に対する対策」の中でも指摘されていた。

「中国政府は、個人的また政治的な報復のために、米国内にいる人々をどんどんターゲットにしており、アメリカの憲法と法律が約束している自由を損なっているのです」

とレイ氏は訴えた。

 例えば、習近平氏が2014年、汚職撲滅を目的につくった「フォックス・ハント(狐狩り)」と呼ばれるプログラムがある。レイ氏によると、このプログラムでは、中国政府は実際のところ、中国が政治的経済的脅威とみなす海外在住の元中国市民を捕まえて中国に送還しており、過去8年の間に、世界中の9000人以上の人々を送還して投獄したり、コントロールしたりしたという。

 なぜそんなに多くの人々を送還できたかというと、中国政府が、ターゲットにした人々の身柄を引き渡してもらうために、国際刑事警察機構(インターポール)に「レッド・ノーティス」(同機構の加盟国が、指名手配犯を引き渡してもらう目的で国際刑事警察機構に申請し、発行してもらう通知)を発行してもらっているからだそうだが、政治目的で「レッド・ノーティス」を発行してもらうことは乱用に当たるとレイ氏は批判する。

 現在、中国政府が公式に「フォックス・ハント」のリストに載せている人々は米国内で数百人、リストに載っていない人も多数おり、その多くはグリーンカード(米国永住権)保持者やアメリカに帰化した人々だということだ。つまり、アメリカの憲法でその基本的人権が保障されている人々がターゲットにされているということになる。

犯罪組織に懸賞金もオファー

 ターゲットにした人々に対する中国政府の圧力のかけ方は凄まじい。レイ氏はそれについてこう説明した。

「中国政府は脅迫や暴力の脅威、ストーカー行為、誘拐という手段に訴えています。実際、彼らはアメリカの犯罪組織を雇い、ターゲットにした人々をうまく中国に連れ戻すために、彼らに懸賞金をオファーしているのです」

 また、ターゲットにされている人々の中には、自分がターゲットにされていることを知らない人もおり、彼らは中国を訪ねた際に捕らえられ、アメリカに戻るのを妨げられることもあるという。自分がターゲットにされていることがわかっている人の場合は、中国政府が中国にいるその人の家族を逮捕、監禁し、その人が中国に戻るまで、家族を人質にとることもあるそうだ。

「いいね」も監視

 中国政府は些細な批判に対しても、厳しい措置で報復している。

 例えば、2018年、米国在住のある大手ホテルチェーンの従業員が、チベット分離主義者団体がソーシャルメディアにした投稿に「いいね」をしたケースでは、中国政府は、そのホテルチェーンのすべての中国語のウェブサイトやアプリを丸1週間停止にしたという。

 また、2019年に、あるNBAチームの役員が香港の民主化デモを支持するツイートをした時は、中国政府は中国でのNBA放送を丸1年放送禁止にしている。

 昨年11月には、中国政府は、米国企業が中国でビジネスをする場合、中国の議会で中国政府関連の法案と闘う必要があると警告する書簡も出したという。

諜報員による脅迫

 しかし、レイ氏の懸念は、何より、米国市民の「言論の自由」を脅かす行為が行われていることにある。その例として、同氏はアメリカ中西部のある大学で起きた事件について説明した。ある中国系アメリカ人の学生が、1989年の天安門事件で殺された学生を称賛するオンライン投稿をしたところ、すぐに、中国に住む両親から電話が来て、彼のした投稿のために中国の諜報員がやってきて脅迫されたと言ってきたという。

 その同じ学生が、ある抗議イベントのオンラインリハーサルに参加して話したことも中国政府は把握しており、その時も、彼の両親は取り乱した様子で電話をかけてきたという。結局、その学生はイベントに参加するのを辞め、最近になって事の次第を公表したのだそうだ。

 レイ氏はまた、中国政府が個人だけではなく、将来、影響力を持ちそうな人々もターゲットにして、忍耐強く長期的なゲームをしていると指摘した。現在は、小さな役割しか担っていない政治家でも、将来は影響力を持つ政治家になる可能性があると考えているからだ。そのため、州レベルや地方レベルで、影響力が大きくなった時に中国政府の指示に従うような、まだキャリアが浅い政治家をリクルートしようとしているという。

シリコンバレーの技術で監視する東ドイツのよう

 市民の人権を侵害し、監視の目を向け続けている中国政府。そんな中国政府について、レイ氏はこれまで米国が対峙してきた専制国家と異なる点を指摘した。それは中国政府が独裁的野心だけではなく、最先端技術も有している初めての政府だという点だ。同氏はそんな中国を危険視し、こう表現した。

「シリコンバレーの技術を備えた東ドイツによる監視という悪夢を見ているようなものだ」

 FBIの中国政府による脅威との闘いは続く。

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在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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