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東京五輪目前 これでいいのか、「甘い」日本の水際対策 米国からの帰国者体験談

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
入国者は空港内の検疫場にあるブースで、抗原検査用の唾液を容器に入れる。(写真:REX/アフロ)

 東京五輪開催まで、残すところあと11日。水際対策は今どんな状況なのか? 

 筆者の周りでは、ワクチン接種を完了した海外在住の日本人の一時帰国が目立ち始めている。6月下旬に、ニューヨークから日本に帰国したAさんに体験談を聞いた。

帰国前に無料でPCR検査

 海外在住者が無事日本に入国するまでには事前にしなければならないことがたくさんある。

 まず、飛行機搭乗の72時間以内に、日本政府が認めている検査法によるPCR検査を受けなければならない。Aさんの場合は、住まいの近くにあるアージェント・ケア(応急治療所)が提携しているラボで検査を受けた。

「日系のクリニックでもPCR検査を提供し、日本政府発行の陰性証明書を用意してくれるところがあるのですが、250ドルと高額だったので、保険が適用されるアージェント・ケアが提携しているラボでPCR検査を受けました。検査結果はラボからアージェント・ケアのドクターと私のところにメールで送られて来ました。私は陰性証明書の日本語のフォームを持ってアージェント・ケアに行き、ドクターに検査結果、署名、クリニックのシールなどを入れてもらいました。無料ですみました」

アプリの登録

 また、航空券を購入した旅行社から、事前に、3つのアプリをインストールして登録するようアドバイスされたという。それは、入国者健康確認センターからの問い合わせやビデオ通話に対応するアプリ(MySOS)、帰国者の位置情報を確認するアプリ(OEL)、接触確認アプリ(COCOA)だ。

 また、日本政府に提出しなければならない宣誓書(14日間の自主隔離や位置情報アプリや接触確認アプリをインストールしたスマホの携行を誓う内容)に署名し、日本での滞在情報や健康状態などを問う質問票WEBに回答を記入した上でその質問票のQRコードのスクリーンショットを取って保存しておく必要もあったという。そのQRコードは入国時に検疫官が読み取るためのものだ。

 ところで、取得した陰性証明書は、その後、何度も確認されたそうだ。

「空港のチェックインカウンターではもちろん、羽田空港で降機してから空港内の検疫場に行くまで、何度も、陰性証明書を確認されました。陰性証明書をクリアファイルに入れて、常に手に握りしめているという状態でした」

帰国者専用バスで自主隔離所へ

 Aさんは、空港の検疫場で抗原検査を受けて陰性が確認された後は、政府が用意している3日間強制隔離するためのホテルに移動(注:現在は、ニューヨークからの3日間の強制隔離は解除されている)。隔離用の客室にあがるエレベーターには、感染防止のため1機につき1人しか乗せられていなかった。

 ホテルで隔離生活を送った後、再び、検査を受けて陰性が確認されると羽田空港へ。羽田空港からは、JRの主要駅や主要ホテルにストップする帰国者向けのバスに乗り、12泊13日間自主隔離するアパートがあるJRの駅で下車し、その駅からアパートまでは徒歩で向かったという。

「帰国者は自主隔離場所に行くのに専用のハイヤーを予約している人もいますが高額です。私が当初予約していたハイヤーも羽田空港から隔離場所まで行くのに1万5000円という価格設定でした。しかし、羽田空港から帰国者専用のバスが出ていることを知り、それを利用しました」

空港から隔離場所まで行くために利用する専用のハイヤーの料金は高額だ。(スクリーンショットの画像:Aさん提供。以下同様)
空港から隔離場所まで行くために利用する専用のハイヤーの料金は高額だ。(スクリーンショットの画像:Aさん提供。以下同様)

AIによる30秒間の録画も

 帰国者向けの宿泊ユニットがあるアパートで自主隔離生活を送っていたAさんのところには、毎日、登録したアプリを通じて3つの確認が入った。

 1つはMySOSアプリの通話による確認。その際には、ビデオ通話に切り替えるよう指示されることもあったという。

「ビデオ通話では、“背景を見せてもらっていいですか?”と指示され、きちんと自主隔離しているか確認されることもありました」

 また、2度、30秒間の録画を行うというメッセージも来たという。

「MySOSアプリを通じて、ビデオで30秒間録画させてもらいますというメッセージが来ました。周囲の背景を入れ、顔をスクリーン中央に置くように指示されて録画されました」

 この録画はAIが行っている。Aさんのスマホには、6月18日からMySOSアプリにAIによる自動ビデオ通話機能が加えられることを伝えるメッセージが来ていた。

30秒間の録画も、2度、行われた。(ホワイト部分には動画を撮影されているAさんが映し出されていますが、個人情報を配慮して削除しています)
30秒間の録画も、2度、行われた。(ホワイト部分には動画を撮影されているAさんが映し出されていますが、個人情報を配慮して削除しています)

 毎日の体調確認も行われた。

「1日に1回、熱がないかどうかなど体調を確認するメッセージが入りました。正確な体温までは要求されませんが、不明な時は検温するよう求めるメッセージでした」

発熱しているかどうかを確認する問い合わせ。
発熱しているかどうかを確認する問い合わせ。

症状がないかを確認する問い合わせ。
症状がないかを確認する問い合わせ。

 さらに、現在どこにいるかを確認するための連絡も1日1回入ったという。

「事前に登録した位置情報アプリを通じて現在地を確認するメッセージが来たのですが、そのメッセージが来ると、“今ここ!”という現在地を知らせるボタンを押しました。すると、現在地が入国者健康確認センターの方に伝えられ、“X月X日X時の場所が確認されました”と表示されました」

 3つの連絡が来る時間は午前中のこともあれば午後のこともあり、バラバラだった。

毎日1回、現在の位置情報の報告するよう指示される。(ホワイト部分は日時が入っていますが、個人情報を配慮して削除しています)
毎日1回、現在の位置情報の報告するよう指示される。(ホワイト部分は日時が入っていますが、個人情報を配慮して削除しています)

今ここ!ボタンを押して、現在の位置情報を送る。(ホワイト部分は日時が入っていますが、個人情報を配慮して削除しています)
今ここ!ボタンを押して、現在の位置情報を送る。(ホワイト部分は日時が入っていますが、個人情報を配慮して削除しています)

取れる時だけ取ればいい?

 連日状況確認が行われた中、Aさんが問題だと感じたことがある。それは、wi-fi環境がないところでは入って来る確認の連絡に対応できないということ。

「自主隔離しているアパートのwi-fiの電波状況が悪かったのか、1度、入って来た確認の電話に対応できなかったことがありました。翌日、連絡が来た時にそのことを伝え、『対応できなかった時にコール・バックできる番号がないのですか?』と聞いたのですが、ないとのことでした。そして、係の方は『取れる時だけ取れば大丈夫です』と悠長に構えているのです。こんなことでいいのかな、甘いなと思いました」

 筆者が昨年帰国時に自主隔離した時も食料品の買い出しや短時間の散歩は許されていたが、現在もそうすることは許されており、Aさんも最寄りのスーパーに買い出しに行ったり、散歩に出かけたりしていた。帰国者たちはアパートに完全に閉じこもりきりの生活を送っているわけではないのだ。

「wi-fi環境がないところでは連絡に対応できませんから、スマホをアパートに置いて外出する帰国者もいるようです。また、帰国した友人の中には、自主隔離期間中、レストランやカフェの中ではありませんが、駅ビル内を歩きながら日本の友人とおしゃべりした人もいると聞いています」 

 位置情報を報告しなかった入国者も数多くいる。5月19日に、厚労省が自民党外交部会で公表したデータによると、5月9日からの1週間の間、全対象者約2万3000人中、位置情報を報告しなかった人が約6600人いたという。健康状態の確認に応じなかった人も5000人を超えていた。この中には、意図的かどうかはいざ知らず、スマホを置いて外出していたために応じなかった人もいることだろう。

厳格化したが結局外出は可能

 昨冬、筆者が帰国した時は陰性証明書等は不要で、空港の抗原検査で陰性が確認された後、自主隔離に入った筆者のところには保健所から体調確認の電話が1回来ただけだった。その時、自主隔離生活が終わる頃にまた連絡する旨を伝えられたが、結局、その連絡は来なかった。この時の水際対策の甘さを考えると、昨年末、日本で感染者数が増加したのは当然の結果だったと言えるだろう。

 その時と比べれば、確かに日本の水際対策は強化された。入国時に検疫はおろか、陰性証明書の提示を求めず、入国後も自主隔離状況や健康状態を確認するための連絡を行わない、入国者が野放し状態のアメリカよりはるかに厳格だ。

 しかし、問題は、自主隔離中の入国者は自主隔離場所に14日間の間、完全に留まっているわけではないということにある。オーストラリアやシンガポールなどが行っているような強制隔離政策ではない以上、1日1時間〜2時間、あるいはそれ以上の時間かもしれないが、入国者は自主隔離場所から出ることもあるのだ。

 東京五輪開催が迫る中、海外から来日している五輪関係者たちが、五輪期間中、“バブル”の中に留まっていられるのか、ということも気になる。米有力紙ロサンゼルス・タイムズのスポーツコラムニストのディラン・ヘルナンデス氏はこんな懸念を示した。

「記者は基本的にホテルと五輪会場にしか行けません。万一、夜中にホテルを抜け出して捕まったら完全にアウト、アメリカに送還されるでしょう。しかし、ホテルの部屋は狭いし、東京滞在を楽しみにしていた記者たちが果たして“バブル”の中で持ち堪えることができるのか疑問に思います」

 水際対策を厳格化させたものの、そこには根本的に“大きな穴”があることを日本政府は認識しているのだろうか?

(水際対策についての拙記事)

これでいいのか、成田空港検疫 検査結果待たずの帰宅に強制力なしの14日間待機 米国からの帰国体験ルポ

在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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