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「アジア人殺害が専門」米・続くヘイトクライム(筆者も体験) アジア系はコロナより人種差別がストレスに

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
アジア系の人々にとっては、新型コロナより人種差別の方がストレスになっている。(写真:ロイター/アフロ)

 先日、自宅近くの通りを散歩していた時のこと、向かいから歩いてきた見ず知らずの若い男に、すれ違い様、こう言われた。

「明日、おまえが死ぬといいな」

 一瞬、耳を疑った。その男は、どんな理由からであるかは不明だが、筆者の死を望んでいたのだ。何でそんなこと言われなきゃいけないの? 憤りを感じながら、人種差別という4文字がすぐに脳裏に浮かんだ。筆者が住む地域は白人の居住者が中心で、アジア系は少ないからだ。

 もしかして、マスクのせい? そんな疑問も生じた。ロサンゼルスでは、ワクチン接種完了者は、屋外でマスクを身につける必要がない。現在、ロサンゼルスではワクチン接種完了者の割合が53%(5月28日時点)。筆者が住むサンタモニカでは、屋外ではマスクを身につけていない人々の方が圧倒的に多い。翻せば、マスクを身につけていること=ワクチン接種未完了者を意味する。

 そんな中、2回目のワクチン接種からまだ2週間が経過していないワクチン接種未完了者であるため、今もマスクを身につけている筆者は、肩身が狭い思いに襲われていた。筆者に暴言を放った男は、実は、暴言の中に「まだワクチン接種が完了していないんだな。明日、死ぬといいな」という嫌味を込めていたのだろうか。

 男の暴言は人種差別だったかもしれないし、ワクチン接種未完了者に対する差別だったかもしれないし、あるいは、その両方であったかもしれない。もちろん、何かに腹立ち紛れに出た暴言の可能性もある。その暴言が何を意味するかは不明だが、アジア系の筆者にとっては、男の暴言は“差別”以外の何ものにも聞こえなかった。

 アジア系の人権団体STOP AAPI HATEの調査によると、2020年3月半ばから2021年3月半ばまで起きたアジア系に対する憎悪事件は6603件、うち、2410件が今年の最初の3ヶ月の間に報告されたものだ。憎悪事件の中でも最多なのが言葉によるハラスメントで64.2%。憎悪事件の被害者の64.8%が女性で、発生地域は40%がカリフォルニア州、発生場所は37.8%が公道である。筆者の体験は、憎悪事件のプロファイルにピタリと当てはまった。

アジア人殺害が専門

 6月1日時点で、少なくとも1回ワクチンを接種した人の割合が50%を超え(CDCのデータによる)、感染が収束へと向かっているアメリカ。しかし、パンデミックが残したアジア系差別という爪痕は深い。

 テレビをつけると、またかと思うほど、ヘイトクライムが報じられている。

 5月28日には、サンフランシスコのチャイナタウンで、精神問題を抱えた逮捕歴のあるホームレスの大男が人々を威嚇しているという一報を受けて現場にかけつけたアジア系の女性の警官が、その男に押し倒されて頭と顔面を殴打される事件が起きた(下の動画)。この男は、襲撃の前日「アジア人殺害が専門だ。中国人はここに属していない」と叫んでいたという。

 5月31日には、ニューヨークのチャイナタウンで、55歳のアジア系の女性が、向かいから歩いてきた48歳の男に顔面パンチを受けて地面に倒れ、病院に搬送された。男は逮捕され、精神鑑定のために病院に搬送された。

アジア人憎悪から受けるストレス

 前述のSTOP AAPI HATEは、5月27日に発表した「メンタルヘルスレポート」で、パンデミック下、アジア人差別が被害者のメンタルに与える影響について報告している。それによると、人種差別を受けたアジア系の人々の多くが、新型コロナというパンデミックよりも、アジア人憎悪により精神的ストレスを受けていることがわかった。ストレスの最大の原因はアジア系差別であると回答したのは71.7%である一方、新型コロナが健康に与える影響と回答した人々は52.9%だった。

 また、「メンタルヘルスレポート」は人種差別を受けたアジア系の5人に1人がトラウマに襲われているが、人種差別されたことを報告後はトラウマが軽減したこと、人種差別を受けたアジア系はうつ、不安、ストレス、肉体的問題などの症状を示していること、パンデミック下での人種差別とPTSDは強い関連性があることなども報告している。

 重要なのは、人種差別された後トラウマに襲われたことを報告した人の約28%が報告後はトラウマに襲われなくなったことだ。「自身の人種差別体験を話すことが、人種差別により生じた心の重荷を下ろすことに繋がる」と「メンタルヘルスレポート」は報告し、話すことによってトラウマを癒すことの重要性を訴えている。

ヘイトクライム撲滅に取り組むバイデン大統領

 バイデン政権もアジア系に対するヘイトクライム撲滅に力を入れ始めた。

 バイデン氏は、5月20日、「新型コロナヘイトクライム対策法」に署名。この法律により、バイデン政権は、司法省でヘイトクライムに対処する高官を指名して州や群など地方政府のヘイトクライムの捜査を支援し、ヘイトクライムの追跡と通報システムの改善を行う。また、ヘイトクライムに対する意識を高める啓発活動にも力を入れる方針だ。

 5月28日には、バイデン氏は、連邦レベルでも、アジア系やハワイ先住民、南太平洋の島嶼(とうしょ)出身者に対するヘイトクライムや人種差別を撲滅するための大統領令に署名、ホワイトハウス主導で、アジア系に対する平等や正義、機会を推進しようとしている。

 ボトムアップとトップダウンの両方により、アジア系に対するヘイトクライム撲滅に取り組むアメリカ。その効果が現れるのにはまだまだ時間を要するかもしれないが、1つ1つの小さな取り組みが大きな一歩になることを祈りたい。

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在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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