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世界的投資家ジム・ロジャーズの“国家論”(1) なぜ日本はリッチな国ではなくなったのか?

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
経済と哲学や歴史との関係性を熱く語るロジャーズ氏。写真:TAKAO HARA

 世界的投資家ジム・ロジャーズ氏。

 ジョージ・ソロス氏、ウォーレン・バフェット氏と並んで「世界三大投資家」の1人として知られる「投資の神様」だ。ソロス氏とはクォンタム・ファンドを共同設立、10年で4200%という驚異的なリターンを叩き出したレジェンドでもある。

 前回の「世界的投資家ジム・ロジャーズ氏とは何者なのか? シンガポールで見た素顔」に続き、取材翻訳させていただいた『ジム・ロジャーズ 世界的投資家の思考法』(講談社より6月17日発売)では紹介しきれなかったことをお届けしたい。

ヘーゲルの哲学を日本に適用すると...

 ロジャーズ氏は、イェール大学とオックスフォード大学で歴史学と哲学を学んだ。歴史学も哲学も、世界経済を理解する上で重要だという。そして、哲学と経済の繋がりについて、哲学者ヘーゲルの考え方を例にあげて説明した。

「ヘーゲルは、シーサス(thesis=命題)、つまり、あるアイデアを思いついたら、それに対してアンチシーサス(antithesis=アンチテーゼ)が生まれると考えました。例えば、シーサスに対して“ノー”といって否定する人が出てきたり、そのシーサスと競争したりする人が出てくるというのです。シーサスが生まれたら、アンチシーサスが生まれますが、そこから、シンセシス(synthesis=統合命題、ジンテーゼ)を発展させることができるとヘーゲルは話しています。シンセシスとは、経済においては、新しいアイデアや新しいやり方、新しい行動ということができます。その意味で、ヘーゲルは“間接的なエコノミスト”だと私は思います」

 ヘーゲルの考え方を、日本に適用したらどうなるのか? ロジャーズ氏が説明する。

「日本の過去50年間を振り返ってみましょう。日本は50年前は貧しい国でした。ビジネスを始めるにはお金がかからない国でした。そして、高品質の製品を作っていました。日本は、安い給料で働く、教育を受けた労働者がいたので、成長し、成功しました。それがシーサスになります。

 しかし、アンチシーサスが生まれました。日本は成功してリッチな国になりましたが、その一方で、ビジネスを始めるのにお金がかかるようになりました。また、勤勉に働かない人々も出現したのです。これはよく起きる現象です。祖父母が成功者でも、孫たちはあまり成功しないということはよく起きます。

 このアンチシーサスにより、日本人はお金を貯めずに、お金を借りるようになりました。物価は上がり、給料も高くなりました。その結果、日本から効率性が失われ、日本は前のようにリッチな国ではなくなったのです。日本は素晴らしい国ですが、昔とは違うのです」

トップに君臨していた国に起きたこと

 ロジャーズ氏は、世界経済の動きを理解する上で、歴史も重視する。

「歴史を振り返ると、日本と同じことは、かつて世界のトップに君臨していたどの国でも起きています。誰が国の指導者であったとしても、国は負債を抱え始め、子供たちや孫たちは怠け始め、他国との競争が始まりました。

 イギリスはかつて成功しているリッチな国でしたが、そこにアメリカが現れて、例えば、イギリスより安価で品質のいい靴を作り始めました。そのため、靴製造業はイギリスからアメリカに移行したのです。アメリカが安価に、効率的に、靴を生み出すことができたからです。

 フランスもスペインもかつてはパワフルな国家でした。中国も何千年も前は力がありました。インドもパワフルだった時代がありました。しかし、リッチになると、国民は怠け始め、勤勉に働かなくなり、お金も貯めなくなり、安易な道を探すようになりました。その結果、パワフルな国は衰退していったのです。このプロセスは、歴史の中で常に起きています」

 同じことが今、アメリカにも起きているとロジャーズ氏はいう。

「今もまた、同じことが起きています。リッチでパワフルな国になったアメリカは世界史上最大の負債国になってしまいました。100年前、アメリカはお金を今のように使わず、国民は一生懸命働き、借金もしていませんでした。

 一方、同じ時、イギリスは負債を抱え始め、国民は一生懸命に働かなくなっていました。その結果、アメリカがイギリスにとってかわって、最も成功している国になったのです。

 つまり、今起きていることは今という時点ではそうとは言えても、将来はそうとは言えないということです。

 歴史上のどの年を取っても同じことが言えます。例えば、1900年にそうだったことは、1915年にはそうではなくなったし、1920年にそうだったことは1935年にはそうではなくなりました。世界が常に移り変わっていることは、歴史が証明しています。だから、我々は、世界で新しく起きている変化に適応しなくてはならないのです」

 確かに、1980年代の日本でそうであったことは、2020年の今では、もはや、そうであるとはいえない。

 4年前、ある取材でオックスフォード大学を訪ねた際、あるセミナーを見学した時のことを思い出した。そのセミナーでは、学生たちがアジアの国々の現状について議論しあったのだが、彼らは日本についてこんな認識を示していた。

「日本はもう頂点を過ぎた終わった国」

 しかし、今、どれほどの日本人が日本が衰退国だという認識を持っているだろう? 日本が繁栄していた1980年代から精神的に脱けきれない、立ち止まったままの日本人が少なくないのではないか?

何が国を衰退させるのか

 時とともに、衰退の道を辿って行ったかつての繁栄国たち。何が国を衰退させるのか? ロジャーズ氏は国民の姿勢の変化に問題を見出す。

「人々がたやすく物事を得ようとしている姿勢が、国が衰退する1つの理由です。みな、安易に何かを見つけようとしています。祖父母世代はそうではありませんでした。みな一生懸命働き、その結果、リッチになって成功する者が現れました。しかし、孫世代は物事をたやすく得ようとしています。だから、国家は衰退していくのです」

 では、今、どの国の人々が一生懸命働いているのだろう。

「今、一生懸命働いている国民がいる国はベトナムです。国境が開かれれば、北朝鮮の国民もよく働くようになるでしょう。

 しかし、今、多くの国で、国民が働かなくなっています。そのため、“ニュー・ジャパン”、“ニュー・チャイナ”のような国を見つけるのは難しいのです。

 それでも、中国人はまだよく働いています。米中国交正常化から、まだ41年しか経っていないですからね。しかし、100年、140年も経てば、日本やイギリスなど、どの国でも起きてきた同じ状況が中国でも起きるでしょう。

 中国の問題は、非常に成功したために、これまでのように国民の全員が全員、一生懸命働くという状況がなくなり、お金も以前ほど貯めなくなっていることです。まるで、1980年代の日本を見ているようです。当時、日本は成功していましたが、同時に、勤勉さも失われ始めていました。今の中国には同じ状況が見られます。成功してはいますが、子供の中には一生懸命働かなくなっている者が出てきているのです」

 一生懸命に働くことの大切さを強調したロジャーズ氏。話をききながら、親に諭されているような感覚に陥った。「何事も努力よ」と子供時代に母によく言われていた言葉も脳裏を過ぎった。

 筆者の親世代にとって、一生懸命働くのはごく普通のことだった。

 そんな普通のことが普通ではなくなっている、衰退国の日本では、勤勉に働く国民が国の発展にとって何よりのリソースなのだということが、あらためて見直される必要があるのかもしれない。

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在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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