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「中国と北朝鮮以外のすべての国が負ける形勢の戦い」「最大の敗者は韓国」日韓軍事協定破棄に米紙

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
「結局は、日本統治時代に日韓に生じた憎悪が問題」とニューヨーク・タイムズは指摘。(写真:Lee Jae-Won/アフロ)

 文政権が日韓軍事情報協定(GSOMIA)を破棄し、アメリカでも波紋が広がっている。

 アメリカには、戦後、北東アジアにおける安全保障体制を構築してきたのはアメリカであるという自負があるからだ。北東アジアの安全保障体制においては、アメリカが親なら、日本と韓国はその子供、兄弟のようなものである。親としては、築き上げて来た家族の結束を、感情的な兄弟喧嘩により壊されたくないのだ。

日韓それぞれが正しい状態に

 自国のことしか考えておらず、“兄弟喧嘩”の介入には積極的でないトランプ大統領だが、8月初め、日韓の対立を憂慮し、軍事協定の更新を支持する発言をしていた。

「両国が仲良くないことを懸念しているよ。彼らの仲が良くなかったら、我々は何をしているんだってことになる。彼らは仲良くしなくてはならない。仲良くすることは重要だ」

 今回の軍事協定破棄を受け、米国防総省は日韓に迅速な対処を求めた。

「米国防総省は強い懸念と失望を表明します。相互防衛と安全保障の結びつきは、日韓が他の分野で摩擦があったとしても維持しなければならないと強く信じています」

 ポンペオ国務長官は「韓国の決定には失望している」と韓国に対して強く苦言を放ったが、以下のような希望を述べたことも注目すべきだ。

「2国それぞれが、関係を、正しい状態に戻し始めることを望んでいます」

 2国それぞれがということは、つまり、日本も、ということだ。正しい状態とは何なのか? 米国は日本による韓国の「ホワイト国」除外を懸念していたが、ポンペオ氏としては韓国が軍事協定破棄を取り消すだけではなく、日本も韓国の「ホワイト国」除外を取り消してほしいと考えているのかもしれない。

最大の敗者は韓国、最大の勝者は北朝鮮

 アメリカの主要メディアも韓国の軍事協定破棄を批判しているが、トランプ氏にも非難の矛先を向けている。トランプ氏はこれまで積極的に日韓の争いに介入する姿勢を見せなかったからだ。そのため、今は、アメリカのリーダーシップが重要になる時だと指摘する声もある。

ワシントン・ポスト

「トランプ政権は、大喧嘩を収めるために、もっと早く、もっと強気に、対処すべきだった」と批判し「最大の敗者は韓国で、最大の勝者は北朝鮮だ」と報じている。

 同紙は、数々の識者の発言も紹介している。

ハリー・カジアニス氏(センター・フォー・ナショナル・インタレスト、シニア・ディレクター)

「韓国が日本との情報協定を破棄したことにショックを受けてはいない。今はトランプ政権が争いの調停に介入する時だ。事態は悪化するだけだろう。両国を結束できるのはアメリカのリーダーシップだけなのだ」

ロバート・ケリー氏(釜山国立大学政治学教授)

「これ(情報協定破棄)は間違った考えだ。しかし、多くの欧米のアナリストたちは、“韓国の左派が情報協定の前提、つまり、日本がパートナーであり北朝鮮が敵であるという前提を共有していないこと”を認識していないと思う。韓国の左派にとって、それは逆なのだ(つまり、日本が敵であり、北朝鮮はパートナー)。世界は今、韓国が、日本と北朝鮮をめぐって、大きく2極化していることを学んでいるのだ」

ミンタロウ・オバ氏(元米国務省コリアデスク高官)

「情報協定を更新しなかったことは、驚くほどバカげた決断だ。韓国は他のどの国よりも自国を傷つけることになる。韓国政府は更新しなかったために、ワシントンで、非常に大きな対価を払うことになるだろう。更新しなかったことは、米韓同盟の建設的アプローチに反している」

中国と北朝鮮以外のすべての国が負ける形勢

ニューヨーク・タイムズ

 日韓の決裂は、日本が韓国を統治していた時代に両国間に生じた憎悪に起因していると指摘。また、日韓の争いに介入しなかったトランプ氏は頼りにならないが、日韓はアメリカの介入なくとも、憎悪が両国にダメージを与え、本当の敵たちを利するという愚かさを理解するとみている。

「日韓の決裂は安全保障や重要な(半導体)素材や貿易管理ミスなどとは全然関係がない。結局、昔からある憎悪が問題なのだ」

「これは、中国と北朝鮮以外のすべての国が負ける形勢となる戦いだ。トランプ政権は、近い関係にあるアジアの同盟国(日韓のこと)が正気に戻ることを期待しているはずだ」

 

「憎悪のルーツは、日本が韓国を植民地にしていた1910年〜1945年に遡る。具体的に言うと、それは性奴隷として韓国人を残虐に搾取したことや第2次大戦中の強制労働だ。アメリカ政府は、ずっと前に介入し、争いを止めさせるべきだったが、トランプ政権はそれに全く無関心だった」

「世界の重要地域にある重要な2つの同盟国の争いは2つの同盟国やアメリカにとって悪しきことであり、また、争いを止めなくてはならないということを理解するために、トランプ氏を頼りにすることはできない。

 しかし、日韓は、両国間にある憎悪が経済や安全保障にダメージを与え、両国の本当の敵たちを手助けすることになるのは愚かなことだと理解するのに、アメリカの助けはいらないはずだ」

日韓は政治的打算をしている

USA Today

 トランプ氏が日韓の紛争を収めるべく積極的に関与していないため、日韓がそれぞれ政治的打算に基づいて行動していると指摘。

「協定がなければ、アメリカは日韓の情報機関のミドルマンにならなければなりません。危機的事態に陥った場合、それは全然理想的ではない。3カ国は脅威に対してリアル・タイムにコミュニケートし、連携する必要があります。3カ国が関与する場合、アメリカの政治的関与が非常に重要になります。トランプ氏は同盟を台なしにしても構わないと思っているのかもしれませんが、そのため、日韓はそれぞれ政治的打算を行なっている状況なのです」(シンクタンク“センター・フォー・アメリカン・プログレス”国家安全保障部門部長ケリー・メグサメン氏)

責務はアメリカにある

アメリカの軍事専門紙「スターズ・アンド・ストライプス」

 情報協定破棄により、アメリカを介して日韓の情報が行き来するようになるため、重要な情報が伝えられなくなることを懸念。また、アメリカが両国の関係の立て直しに乗り出すか、今のようにハブのままでい続けるか、アメリカに責任がかかっていると指摘している。

「(情報協定破棄は)通訳を使うことになるようなものです。この場合、通訳はアメリカになります。通訳を介せば、常に何かが伝えられなくなるものです。だから、日韓の直接対話が重要だったのです」(韓国の退役中将、インブン・チャン氏)

「軍事協定を破棄したのは、韓国の指導者たちが北東アジアの安全保障問題より国内の政治問題を優先させたからでしょう。軍事協定に署名後、表面的には進展を見せてきた日韓関係ですが、その立て直しにアメリカが乗り出すのか、あるいはハブのままでい続けるのか、今、責務はアメリカにあります」(元米国防総省高官マーラ・カーリン氏)

 日韓軍事情報協定はアメリカの尽力により、日韓が署名したものだ。アメリカという親は、日韓という兄弟を仲直りさせることができるのか? あるいは、兄弟喧嘩が今後激化しても、無関心を決め込み続けるのか。今後の動きが注視されるところだ。

在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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