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安楽死が“普通の死”になる時代 約21%のアメリカ人に安楽死の選択権 死まで31時間かかることも

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
安楽死したブリタニーさん(左)と夫のダンさん(右)。写真:ダン・ディアス氏提供

 近年、“安楽死法案”が次々に可決されているアメリカ。

 今年は、4月12日にニュージャージー州で、6月12日にメイン州でそれぞれ可決され、ニュージャージー州では、8月1日から、“安楽死法”が施行される。

安楽死の選択権が21%のアメリカ人に

 アメリカの“安楽死法”推進団体Death With Dignity ナショナルセンターによると、アメリカでは、現在、安楽死は8つの州(カリフォルニア、コロラド、オレゴン、バーモント、ワシントン、ハワイ、モンタナ、メイン)とコロンビア特別区で認められており、約7000万人のアメリカ人、つまり、アメリカ人の約21%が安楽死の選択権がある自治体に居住している状況になっている。このことは、“安楽死法”を全米に広めようとしている活動家たちにとっては大きな前進だ。

 妻を安楽死で亡くした後、各地で“安楽死法”を成立させるべく精力的に活動してきたダン・ディアスさんの顔が脳裏に浮かんだ。ダンさんの努力がまた結実したのだと思った。

 世界中で話題になったので覚えている方も多いと思うが、ダンさんの妻で、脳腫瘍の末期症状に苦しんでいたブリタニー・メイナードさんは、安楽死をするために、当時安楽死が認められていなかったカリフォルニア州から安楽死を認めていたオレゴン州に移住し、ネット上で安楽死を宣言、2014年11月1日、29歳の人生に終止符を打った。

 ブリタニーさんは、安楽死する前、ダンさんに遺志を託した。

「どの州に住む人も、私たちのように安楽死をするために他州に移住することなく、安楽死ができるようにしてほしい」

 ブリタニーさんとの約束を果たすべく、ダンさんは各地で安楽死の重要性を訴え、法成立に向けて尽力してきた。

 そして、ブリタニーさんの死から約5年。2人が住んでいたカリフォルニア州はもちろん、コロラド州、ワシントンDCのあるコロンビア特別区、ハワイ州、ニュージャージー州、メイン州と次々に安楽死が認められた。

アメリカ人の約10人に7人が安楽死を支持。出典:Pew Research Center
アメリカ人の約10人に7人が安楽死を支持。出典:Pew Research Center

安楽死が“普通の死”になるように

 ダンさんは、以前、筆者のインタビューで、安楽死についてこんな展望を語った。

安楽死が“特殊な死”ではなく、ごく“普通の死”のように扱われるようになってほしいのです。ブリタニーの安楽死は大きく報道されましたが、死というのは、今、この瞬間も、どこかの家で普通に起きており、それは報道されることなどありません。安楽死も、報道する価値のない、“普通の死”になってほしいと思います」

 “お隣のXXさんはどうして亡くなったんですか?” “安楽死で亡くなったんです” そんな会話が何の躊躇もなく、普通にできるような時代が来てほしいというのだ。

安楽死するまで最長31時間

 連邦レベルでの“安楽死法”成立を目指して活動しているダンさんだが、様々なハードルがある。

 安楽死反対派は、宗教上の理由や、身体障害者や高齢者、低所得者などの社会的弱者が安楽死に追い込まれる可能性が高いこと、安楽死よりも医療福祉ケアの拡充を図るべきであることなどを訴えて法案に異を唱え続けているが(反対派の考えについては以下をお読み下さい。西城秀樹さんの生き様をみて、ファラさんや尊厳死のことを考えた あなたは何のために闘っていますか?)、最近では、安楽死に使用する薬の問題も浮上している。

 安楽死に主に使用されてきた薬Secobarbitalの価格が高騰したため、それに代わる混合薬が登場したのだが、その混合薬を服用した患者の中には、叫ぶほどの激痛を訴えたり、亡くなるまで最長31時間もかかったりする者が現れたのだ。通常、安楽死のための薬を服用した患者は、10〜20分で昏睡状態に入り、4時間以内に死を迎えることが多いというから、信じられないほどの長さである。

 患者は末期症状の耐え難い痛みから解放されて安らかな死を迎えるために安楽死を選択することが多いが、「痛みを引き起こしたり、亡くなるまで長時間を要したりする薬は、安楽死の本来の目的に反している」と安楽死反対派は主張している。

いざという時のための安楽死薬

 ところで、実際には、どれほどの患者が安楽死の薬を服用しているのか?

 医療情報専門サイトWebMDによると、アメリカで初めて“安楽死法案”を可決したオレゴン州では、この20年間で、2217人の患者が安楽死するための薬を得た。しかし、薬を得たみながみな、それを服用したわけではなかった。薬を得た患者のうち、実際に服用したのは約3分の2。残りの約3分の1は薬を使用しなかった

 同州の安楽死推進団体で医療ディレクターを務めるピーター・リオン氏は「毎年のようにそんな状況です。痛みが激しくなったら薬があるということを知っておきたいだけの患者もいるんです」と話す。実際には薬の服用をしなかった患者たちは、いざという時は薬を服用できるという選択肢があることで心の安寧を得ていたと言える。

 “選択肢としての安楽死”が全米に広がる動きは止まらない。現在、ニューヨーク州など19の州が、“安楽死法”成立に向けて審議を進めている。

 ダンさんが求める「安楽死が“普通の死”になる時代」に、アメリカは少しずつだが、着実に近づいている。

*  安楽死が認められる条件

 アメリカでは、オレゴン州の法律にならい、以下の条件下で、安楽死を認めている州が多い。

1. 患者が治療の難しい病気で、余命6ヶ月以内であることが、2人の医師によって確認され、署名されること。

2. 患者に判断能力があること。

3. 患者は安楽死のための薬を2回リクエストする必要がある。2回のリクエストのうち1回は書面で行わなければならず、それには、2人の証人の署名が必要。うち、少なくとも1人の証人は、患者の財産を相続する権利がある親族や、患者が治療を受けている施設の所有者やその施設の従業員、患者を診ている医師であってはならない。また、患者は、安楽死の決意を撤回する機会も与えられている。

4. 患者は自ら薬を服用しなければならない。服用時に付き添う医師は、緩和ケアのオプションを伝える必要がある。

(注)アメリカでは、一般的に、「安楽死」ではなく「尊厳死」と呼ばれていますが、日本では「安楽死」と表現されることが多いので、記事内では「安楽死」という言葉で表現しました。

在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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