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池田小児童殺傷事件から18年 伝えたい「あなたの過ちではない」 米コロンバイン高校で得た教訓

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
池田小無差別児童殺傷事件で亡くなった8人の児童を悼む人々。(写真:ロイター/アフロ)

 2001年6月8日、大阪教育大附属池田小学校に凶器を持った男が侵入して児童を無差別に襲撃、8人の児童が殺害され、13人の児童と2人の教師が負傷した。2004年9月14日、男の死刑が執行された。

 事件から今日で18年になる。

 筆者はこの事件を直接取材したわけではないが、事件から4年を経た2005年、事件当時、同校の校長を務めていた山根祥雄氏に同行して、高校銃乱射事件が起きたコロラド州リトルトンのコロンバイン高校の関係者を訪ね、当時出版されていた「月刊現代」に同行記を寄稿させていただいた。

 山根氏の目的は、コロンバイン高校の関係者と事件の教訓を話し合うことだった。

 川崎殺傷事件は、裕福で教育熱心な家庭の児童たちが被害にあったという点で、池田小事件と重なる部分がある。山根氏とともに、コロンバイン高校の関係者からきいた、事件後の同校の対応が、川崎殺傷事件の事故後の対応の参考になればと思い、筆をとった。

1. タスクフォースを設けた

 コロンバイン事件後、同地では、地域の人々を一丸にするために「コロンバイン市民共同タスクフォース」というボランティア団体が設けられた。事件の後は、お互いに繋がっていること、人からサポートを得ることが大事だと考えたからだ。タスクフォースは、親や教師はもちろん生徒も加わる地域集会を毎月開き、対話を重ねた。集会はそれぞれが抱える思いをシェアする場だった。皆で集まって怒ったり一緒に泣いたりしたことが、皆の癒しになった。

 一方、池田小の場合、国立大学附属のため、地域との繋がりが欠如していたという。山根氏が、

「遺族、負傷者の家族、学校がなどがそれぞれバラバラに動いた。一堂に会して話し合うこともなく、皆でオープンに泣くこともなかった。それが私たちの悲劇でした」

と話したことが心に残っている。

2. 徹底したメンタルケア

 コロンバイン高校が所属するジェファーソン郡の小中高には、各校にカウンセラー、ソーシャルワーカー、ナースからなるメンタルヘルス危機対応チームが設置されており、ある学校で事件が起きると、他校のチームが事件が起きた学校へと急行する態勢ができている。

 事件発生直後、他校のチーム総勢200人がコロンバイン高校に急行してメンタルケアにあたった。

 癒しのプロセスは生徒それぞれだった。トラウマについて話をしたがらない生徒にはマッサージ・セラピーを施したり、孤独になりたい生徒は公園に連れて行ったりした。また、悲惨な経験をしたユダヤ人収容所体験者を招き、生きていくことの大切さや人生の美しさを語ってもらった。

 池田小の場合、大阪教育大学のメンタルチームを中心にボランティアが集められてメンタルケアに対応したが、親も子供も心を開いて、悲しみや怒り、不安などの思いを十分に吐き出すことができなかったという。

3. 生徒の親に定期的にコンタクト

 メンタルヘルス危機対応チームは、コロンバイン高校の全生徒の自宅に電話をかけ、「何か必要なことはないか、助けられることはないか」と質問する作業を定期的に行った。

 「放っておいてほしい」という親や生徒にはメールを送ったり、教会関係者に訪問してもらったりした。

 このような対処法は、池田小では欠如していたという。

 

4. 前に進むこと

 池田小では、事件後、亡くなった生徒たちは卒業するまで学校に所属するとした。教科書や成績表も他の生徒たち同様遺族に渡し、教室には遺影や机が置かれ、亡くなった児童に変わって別の児童が代弁したり、運動会では児童が遺影を持って行進したりしたクラスもあった。

 一方、コロンバイン高校の場合、亡くなった生徒の机に写真や花を飾って寺院のようにすることは薦めなかった。教室を墓場を想起させるような場所にすると、トラウマに陥る生徒が出てくると懸念した。前に進むことが重要だと考えた。校内のメモリアルは図書館入り口にはめ込んだ、犠牲者の名前を刻んだ石板ぐらいにした。

5. 警察と学校が情報を共有

 コロンバイン事件以前は、警察と学校が、生徒に関する情報を交換することは法律で禁じられていた。しかし、事件後、コロラド州は州法を改正し、警察と学校間で情報の共有ができるようになった。警察は学校から危険な生徒がいるという情報を得た場合、生徒の自宅を訪ね、家宅捜査できるようになった。

 地域住民の危険に対する意識も高まり、危ない子供を見つけたら学校に通報するようになった。地域全体が情報を共有し合って、犯罪防止に努めるようになった。

6. 防犯カメラより声かけを重視

 防犯カメラは絶えずモニターし続ける人がいない限り効果的ではない。防犯カメラという眼は数少ないが、生徒や教師を合わせると4000以上もある眼は常に誰かを見ていて、危険な兆しがないか情報交換ができる。

 コロンバイン高校の警備員は防犯カメラで不審者を発見することより、構内を歩き回って、生徒や職員にまめに声かけしたり、相談相手になったりすることを重視した。また、同校校長は生徒全員の名前を覚えるほど生徒との繋がりを重視していた。

7. スケープゴート探しをやめる

 凶悪事件が起きると、誰が悪かったのかスケープゴート探しが始まるのが常だ。しかし、息子を殺されたボブ・カーナウ氏は責める対象をエリックとディランという2人の高校銃撃犯で留めた。カーナウ氏はこう言った。

「私はエリックとディランのところで一線を引きました。校長も教師も警察も責めませんでした。エリックとディランの親にも面会し『あなた方の過ちではない』と告げ、一緒に泣きました」

 そのカーナウ氏が山根氏にも告げた。

「あなたの過ちではない」

 山根氏の頬を一筋の涙が伝った。

 その光景を見て思った。

 地域社会全体で情報を共有することは重要だ。しかし、もっと重要なのは、事件関係者がそれぞれの思いを共有することではないか。何かを誰かを責め合うことなく、皆がバラバラになることなく、思いを分かち合うことで互いを受け入れ、一つになることが、問題解決のためのスタート地点になるのではないか。

 今、川崎殺傷事件の関係者の方々や元事務次官が息子を刺殺した事件の関係者の方々は様々な思いに襲われていることと思う。悲しみ、怒り、不安.....。自責の念に苦しんでいる方も多いと思う。また、これらの事件で言及された、社会から乖離した日々を送っているために自責している方や、そんな生き方をしている我が子の責任は自分にあると感じている親もいることと思う。

 そんな方々にカーナウ氏は、きっと、同じ言葉を伝えたいことだろう。

 あなたの過ちではない。

在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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