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被害者遺族も死刑廃止を訴えるアメリカ 我が子を殺された親は、犯人に“驚愕の一言”をかけた

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
死刑廃止を訴える被害者遺族のファラさん(写真はbradenton.comより)

 先回は、死刑制度廃止を訴えるアメリカの保守派の考えを書かせていただいた。(保守派も死刑廃止を訴えるアメリカ「政府に自国民の命を奪う死刑制度の運営は任せられない」

 死刑を支持するアメリカの保守派は減少したものの、それでも、アメリカの保守派の77%が今も死刑制度を支持している。彼らはどんな理由から、死刑制度を支持しているのか?「死刑を懸念する保守派」のディレクターを務めるヘザー・ビュードイン氏によると、彼らからは「被害者遺族のために死刑制度を支持している」という声が多く上がっているという。   

 日本でも同じ理由から、死刑制度を支持している人々が多いのではないだろうか? 

ハッピーになりたいから許した

 愛する人の命を奪った者はその命で償ってほしい。被害者遺族の多くがそう考えていると思う。当然の思いだ。しかし、そんな思いを否定する遺族もいる。筆者が自著『そしてぼくは銃口を向けた』(草思社刊)で取材したロドニー・トーマス氏もその一人だ。

 トーマス氏は、1997年2月、アラスカ州で起きたベゼル高校銃乱射事件で、息子ジョシュを同じ高校に通うエバンに銃撃されて亡くした。彼の話が今も忘れられないので、一部、引用させていただけたらと思う。

「私は、今の今に至るまで、エバンを憎んだことは一度もないんです。エバンが終身刑の判決を受けた後、私はエバンに近づき、こう言って、彼に聖書を手渡しました。『君を許すよ』と。そして、エバンに謝罪しました。『もし、息子が君をいじめていたとしたなら、すまなかったね』と」

 裁判を傍聴に来ていた人々はそんなトーマス氏の言葉に驚愕した。トーマス氏は犯人を許した理由をこう語った。

「15歳の息子の命が奪われました。しかし、私には、“私は君の命も簡単に奪えるんだよ。いつ死ぬのかわからないのだから、毎日を最後の日だと思ってハッピーに生きなきゃいけないよ”という神の声が聞こえたんです。

 では、ハッピーになるにはどうしたらいいのか。実際、憎んでいてもジョシュは戻ってこないし、私には何もいいことは起こりません。楽しい生活も送れません。憎悪という感情は、憎む本人にはね返ってくるものですからね。憎む人はハッピーにはなれない。許さなくては本当の意味でハッピーにはなれないんです。ハッピーになりたいから、私は彼を許しました。だから、心には、わだかまりも不快さも恐れも憎しみもいっさいありません。それが許すという力ですよ」 

 取材時、トーマス氏に「いま、幸せですか?」ときくと、彼は自信をもって答えた。「とても幸せです。これからはエバンに、刑務所の中でも人生にポジティブなインパクトを与えることができるということを伝えていきたい」。

 トーマス氏はキリスト教を信仰しているからこんな見方をするのだと考える人もいるだろう。しかし、彼の話には信仰を超えた確かな重さがあった。怒りや憎しみを感じた時、筆者は、トーマス氏の言葉を今も思い出している。

終身刑への減刑を嘆願

 フロリダ州ジャクソンビルにも”許した母親”がいる。娘を殺害されたダーレン・ファラさんだ。2017年7月、ファラさんの娘シェルビーさんは、勤務していた携帯電話店に押し入った強盗に撃たれて亡くなった。しかし、ファラさんは犯人を許した。多くのメディアがそれを報じ、人々は驚愕した。ファラさんは許した理由についてこう話している。

「最初は、自分の手で犯人を葬り去りたかったんです。どうやったら彼を葬り去れるかと、裁判を傍聴しながら考えていました。長い間、犯人を憎むことに時間とエネルギーを吸い取られてきました。でも気づいたんです。怒りはエネルギーを吸い取るけれど、許しはエネルギーを吸い取らないということに」

 気づいたファラさんには使命ができた。愛する人を暴力で亡くした人々に「憎んでいても答えはでない。死刑で復讐することは考えないで」というメッセージを伝えることだ。

 死刑制度廃止を訴えるデモにも出た。死刑制度というものは、さらなる被害者を生み出すものであると気づいたからだ。

「犯人を死刑にしても、殺された人々は帰ってきません。逆に、被害者をもっと生み出すことになると思うんです。犯人は、誰かの父か母か息子か娘であるかもしれません。犯人を死刑にするということは、誰かから、父か母か息子か娘を奪ってしまうということになるのです」

 ファラさんはまた、州最高裁が娘を殺害した犯人に死刑を求刑しようとしていたことに異議を申し立て、終身刑に減刑するよう嘆願した。嘆願は聞き入れられ、犯人は終身刑判決を受けて服役している。

 ファラさんは犯人にも接見に行き、こう訴えたという。

「あなたはこれから、刑務所を出入りする多くの犯罪者たちと出会うことになるでしょう。娘のためにも、あなたが犯した過ちを彼らに話し、正しい道を歩くよう、彼らにリーチアウトしてほしいんです」

 前述したトーマス氏は“エバンは刑務所にいてもポジティブなインパクトを与えることができる”と確信していたが、ファラさんもまた、犯人がポジティブなインパクトを与える人生を送ることを望んでいるのだ。

 人の死は何も生み出さない。しかし、人の生は何かを生み出す可能性を秘めている。死刑制度の是非を考える時、私たちは、生の持つポジティブな原点に立ち返る必要があるのではないか?

在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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