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シアトル市、ホームレス対策に“アマゾン税”を導入 第2本社はアトランタかワシントンD.C.郊外か?

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
家賃高騰のため、“アマゾン税”の導入を支持するシアトル市民たち。(写真:ロイター/アフロ)

 シアトル市議会が、年2000万ドル以上の収益を上げている同市の大企業に新税を導入する法案を可決し、注目されている。この新税は、低所得者用住宅の建設やホームレス対策にあてることを目的としたものだ。

 新税が課される約600の企業は、2019年、2020年の両年、一従業員あたり年約275ドルの税を支払うことになるが、この新税を最も支払うことになるのは同地で約45000人の従業員を抱えるアマゾン。そのため、この新税はシアトルの人々から“アマゾン税”と呼ばれている。

 アマゾンのクラウド部門のチーフであるアンディ・ジェシー氏は、議会採決に先立ち、“アマゾン税”導入について「大企業への新税の課税は雇用を生み出さない、非常に危険だ」と反対の声を上げていた。しかし、2016年、アマゾンの重役の中では最大の3560万ドルという年俸を得た同氏の訴えは、市議会の人々の心に響かなかった。

 

 法案は全会一致で可決をみたが、リベラルなシアトル市らしい当然の可決といえる。

 新税導入の背景にあるのはホームレス人口増加という社会問題だ。シアトル市では昨年、169人のホームレスの人々が亡くなった。2015年には、ホームレスの増加で、緊急事態宣言も発令された。現在、シアトル市は12000人を超える、アメリカでは第3のホームレス人口を抱え、その半数が路上生活を送っている。

不動産価格の高騰

 ホームレス人口が増加したのは、アマゾンをはじめとするハイテク企業の経済効果でシアトル市が成長したために起きた人口増加と家賃高騰が大きな要因だ。アマゾンなどの大企業に雇用された高給なハイテク専門職の人々が同市に移住してきたことで、家賃や家の価格が上昇し、中間所得者層や低所得者層はシアトル市内に居住することが困難となったのだ。

 現在、シアトル市の住宅の中間価格は82万ドル、平均家賃は2寝室のアパートで2000ドルと2010年から64%も高騰し、アパート賃貸者の41%が最低30%の収入を家賃にあてている。

 “アマゾン税”の導入に先立って、シアトル市と地元企業の間では大きなバトルが起きた。シアトル市民も“アマゾン税”支持派と反対派に二分、支持派は「住む場所を得ることは人の権利だ」、「ベソスに課税せよ」、「強欲アマゾンに立ち向かえ」などのプラカードを持って、アマゾン本社前でデモ行進した。

 シアトル市議会は、新税の導入に際して、

「繁栄の陰で亡くなっている人々がいる。大企業は低所得者住宅の不足を緩和するため、負担を背負うべきだ。彼らが、ワーキング・プアや中間所得者がこの市に住めなくなるほど不動産価格を高騰させたのだから」

と主張。これに対し、アマゾンやスターバックスなどの大企業側は、

「シアトル市の歳入はこの7年間増加しており、市が予算を効率的に使っていないのが問題なのだ」

と反論した。

 さらに、アマゾンは、シアトルのダウンタウンで進めていたビル建設プロジェクトを休止し、7000の仕事を市外に移すという“脅し”のような発表までして、非難された。

 しかし、法案可決後、アマゾンはシアトル市に対して失望の意を表明したものの、休止すると“脅していた”プロジェクトを再開すると発表した。

ホームレス対策の旗振りもできたのでは?

 実際のところ、アマゾンにとっては、“アマゾン税”は、痛くも痒くもないものと思われる。“アマゾン税”導入で、アマゾンが企業として追加的に支払わなければならないのは約2400万ドルと推定されているが、これは2017年の収益の100分の1%ほどであることから、同社に与えるインパクトはそれほど大きくないと指摘されていたからだ。その意味では、今回のアマゾンの抗いは経費節減が目的だったと見なされても仕方がないだろう。結果的にアマゾンが得たものというと、企業イメージのダウンでしかなかったのかもしれない。アマゾンなら、シアトル一の大企業としてホームレス対策の旗振りをして、市に積極的に協力することもできたと思うのだが...。

 しかし、今回のバトルでは、シアトル市は法案を可決することで“勝った”ともまた言い難い。シアトル市は、当初、年約7000万ドルの財源を集めるべく、従業員1人あたり540ドルの“アマゾン税”を課そうとしていたが、アマゾンの抗いから、結果的にはその約半分の275ドルという妥協案で可決に至り、地元企業との間に溝を作るという結果に終わったからだ。また、“アマゾン税”導入による財源の増加分くらいでは、ホームレス問題は解決できないという指摘もある。

第2本社はアトランタかワシントンD.C.郊外か

 アマゾンは現在、第2本社(HQ2)の候補地を検討中で、20の候補地は同社に税制優遇措置を施すことでアマゾンを誘致しようと必死になっている。

 しかし、候補地の市民からは、

「アマゾンが来ても現地の人々の雇用には結局繋がらず、家賃や家の価格が高騰することになるだけかもしれない。市が税制優遇措置を与えるのはおかしい」

という疑問の声も上がっている。候補地の市民にはホームレス問題を抱えているシアトル市の二の舞になりたくないという思いもあるのだ。

 実際、アマゾン第2本社の進出先では、不動産価格が上がるのは必至だ。不動産価格サイトzillowが、アマゾン第2本社が各候補地に進出し、2019年4月から従業員が居住を始めた場合、候補地の不動産の賃貸価格にどれだけ影響を与えるか、以下のように分析している(下記の地図を参照下さい)。

不動産価格サイトzillowが分析した、アマゾン第2本社が賃貸価格に与える影響度
不動産価格サイトzillowが分析した、アマゾン第2本社が賃貸価格に与える影響度

 zillowの分析では、第2本社の進出で賃貸価格が最も上昇するのはナッシュビルとデンバーだ。第2本社がナッシュビルに進出した場合、同地では2019年から毎年3.3%ずつ家賃が上昇することが予測されている。また、アマゾンにより周辺ビジネスも活性化することまで計算に入れると、賃貸価格は実際はこの予測以上に上昇するとzillowは指摘。

 年末までには第2本社の進出先が決定する予定だが、不動産専門家たちは、進出による賃貸価格の上昇率が低いアトランタかワシントンD.C.郊外のヴァージニア州北部が第2本社の立地に選ばれるとみている。

 アマゾン第2本社の誕生により“第2のシアトル”が生まれることになるのか? その地は経済的には発展するが、成長により生じる格差と貧困にどう対処していくのか? 候補地となっている都市は、今回シアトルで起きたバトルを教訓にして、先々起こりうる問題をアマゾンの協力を得て解決できるか、アマゾンと十分に話し合っておく必要があるだろう。

在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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