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ケンタッキー州高校銃乱射事件 もう一つの悪夢 現場に急行したエディターは驚愕の事実を発見した

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
2014年、シアトル郊外の高校で起きた銃乱射事件では犯人を含む5人の死者が出た。(写真:ロイター/アフロ)

 アメリカ各地の学校で、銃乱射事件が相次いでいる。その数は、今年に入って23日間で11件。

 1月23日、ケンタッキー州ベントンにあるマーシャル郡高校では、授業開始の午前8時前、男子生徒ゲイブ・パーカー(15歳)が銃を乱射した。同じ頃、シークレット・ホルトさんの携帯がなった。同校に通う娘のベイリーさんからだった。しかし、娘の声は聞こえてこなかった。電話の向こうから聞こえてきたのは、混乱した子供たちの声。ホルトさんは何度も娘の名を呼んだが、応答はなかった。乱射現場で亡くなったベイリーさんは、生きる力を振り絞って母親に最後の電話をかけたのだろうか。銃乱射により14人が銃弾で負傷したが、病院に搬送される途中、男子生徒のプレストン・コープ君も息を引き取った。

エディターが発見した驚愕の事実

 子供が子供たちに向けて乱射するという銃撃事件は悪夢のような出来事だ。しかし、この事件にはもう一つの悪夢があった。

 銃撃の一報を聞き、学校に急行したある女性がいた。地元のオンライン新聞のエディターを務めるメアリー・ミンヤードさんだ。現場に着いたメアリーさんは驚愕の事実を知る。銃撃の容疑者として拘束されたゲイブ、それは我が子だったのだ。地元紙Courier Journalはこのことについて、「ジャーナリストの最悪の悪夢」と伝えている。

 メアリーさんはゲイブについて何も語っていないが、彼はどんな子供なのか?

 Courier Journalによると、ゲイブは、スクールバンドに所属してトロンボーンを吹く、シャイで物静かな、自分の殻に閉じこもっている生徒だったという。学校では問題を起こしたことがなく、バンドメンバーからも好かれていたようだ。

 しかし、家庭環境は複雑だった。両親はゲイブが5歳の時に離婚。父親は再婚し、ゲイブには継母ができたが、2016年、父親はその継母に暴力を振るったため、90日間服役、結局昨年、その継母とも離婚している。継母によると、ゲイブの父親は短気で、彼女をコントロールし、いじめていたという。心休まらぬ環境下で育ったからだろうか、ゲイブはおばあちゃん子で、祖父母とよく釣りに行っていた。

 事件の兆候となるような言動も見せていたようだ。クリスマス休暇を終えた頃から、ゲイブは、イライラするようになって暴力的なことを口走ったり、マフィアに入ることに興味を示したりしていた。また、事件の2週間前には、学校のことで不安感に襲われ、精神的に落ち込んでいたようだ。いじめにあっていたという噂も、ソーシャルメディアでは流れている。

アテンションに飢えていた

 アメリカで高校銃乱射事件が注目されるようになったのは、1990年代に入ってからだ。黒いトレンチコートを着た2人の男子生徒の乱射で、生徒12人と教師1人が死亡、23人が負傷したコロンバイン高校銃乱射事件を覚えている方も多いだろう。当時、私は、アメリカ各地で起きた高校銃乱射事件を取材し、『そしてぼくは銃口を向けた』(草思社刊)を上梓した。その後も、高校銃乱射事件は相次ぎ、悲しいことだが、今では、アメリカの“ニュー・ノーマル”になってしまった感がある。

 取材する中、最も知りたかったのは犯行の動機だった。

 バージニア大学のデュエイ・コーネル博士が、『高校銃撃の心理』という研究書の中で、高校銃撃を起こす青少年たちは、一見普通に見えるが、精神的には疎外感や怒りを感じていたり、落ち込んでいたりすると記している。彼らは友達はいるものの、常に孤独を感じており、からかわれたり、いじめられたりすることに非常に敏感で、そんな行為に憤慨し、不公平だと感じているというのだ。そして、そんな子供たちはさらに落ち込んでいくと、判断力が歪められ、人生に生きる価値を見出せなくなって、自殺か他殺を犯してしまうという。

 確かに、拙著で取材した高校銃撃犯たちも、傍目には普通の生徒に見えていた。しかし、長い間、精神的に落ち込んでいた。学校の生徒たちにいじめられていると感じ、親からは愛されていないと感じていたからだ。彼らは自分は“被害者”なのだと考えていた。僕に気づいてよ、僕のことをわかってよ。彼らは心でそう叫んでいた。アテンションに飢えていたのだ。

 アテンションという時、私は、マイケル・カーニールを思い出す。実は、ケンタッキー州の高校で銃乱射事件が起きたのは、今回のゲイブの事件が初めてではない。20年以上前の1997年12月1日、同じケンタッキー州のパドゥーカのヒース高校に通っていたマイケル・カーニールが、銃乱射事件を起こしていた。マイケルは朝のお祈りをしていた生徒たちに向かって乱射、3人の生徒が死亡し、5人の生徒が負傷した。

 拙著の取材のため、私はマイケルの友人や、銃撃で亡くなった生徒たちの両親を訪ねた。そして、聞いた。なぜマイケルは撃ったのだと思いますか? 彼らは口を揃えて答えた。マイケルはアテンションがほしかったんでしょう。銃撃を起こす前から、マイケルはジョークを飛ばしたり、いたずらをしたりなど、周囲のアテンションを引くような言動を繰り返していたという。

 実際、マイケルはアテンションに飢えていたのだろう。逮捕後収監された刑務所で同室になった囚人に「銃撃を起こしたのは、子供の頃、両親が一緒にいてくれなかったからだ、両親のせいなんだ」と告白している。事件の前は、親友にも「家族から取り残されている気がする。親は姉の面倒ばかりみる」と悩みを打ち明けていた。マイケルにとって発砲は、“苦しんでいる自分”にアテンションを向けさせるための手段だったのかもしれない。

 後に、マイケル自身は銃撃の理由についてこう語っている。

「銃撃を犯した理由は簡単には説明できない。ただ銃撃に至ったファクターの一つに、僕の誤解があった。僕は、当時、両親が僕のことを愛していない、生徒たちからはいじめられていると思っていたんだ」

愛されているという実感

 ゲイブもまた銃撃を犯した理由を簡単には説明できないかもしれない。マイケルのように「愛されていない、いじめられている」と感じ、アテンションを求めていたのだろうか。自分の苦しみを気づかせたかったのだろうか? ベントンは、人口約4500人の小さな街である。銃乱射事件を起こせば、ニュースの仕事をしている実母が真っ先に取材に駆けつけることは、ゲイブも予測していたかもしれない。実際、実母は現場に急行し、我が子が銃撃の容疑者として拘束された事実を知った。

 マイケルの銃弾に娘を奪われた父親が、当時、こう話していた。

「子供はただ愛されたい存在なんだ。間違ったことをするのは、アテンションがほしいから、愛されたいからですよ。マイケルもただ愛されたかったんでしょう」

 しかし、”ただ愛されたい”の代償は大きかった。

 マイケルは、25年間は執行猶予なしという終身刑判決を受け、34歳になった今も服役している。今回、事件を犯したゲイブについても、検察側は、彼を成人として裁判にかける動きを見せている。その場合、ゲイブには、マイケル同様、厳罰が下されることになるだろう。

 子供たちにそんな大きな代償を払わせないためにも、親たちは“子供たちが愛されていると実感できるほどの愛”を子供たちに注いでほしい。十分にアテンションを注いでほしい。そう切に願う。

在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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