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カリタス学園「愛の教え」さらなる分断を生まないために

飯島裕子ノンフィクションライター
カリタス学園(学園HPより)

友だちを助けようとした子どもたち

どうしてカリタスなの? カリタスは私の母校である。そして同小学校には同級生の娘さんたちも通っている。亡くなられたお嬢様、保護者のお父様、学園の子どもたち、ご家族、先生方のことを思うと今も心が痛くてたまらない。

カリタスとはラテン語で「愛」を意味する。カトリックの精神に基づいた学校であるのだが、そんな難しいことはまだわからない子どもたちに「カリタス=愛の学校だよ」と今は亡きカナダ人神父がいつも言っていたことを思い出す。愛とは男女の情愛ではなく、他人を自分のことのように思う「愛」である。

「他人を自分のように愛しなさい」そう教えられてきたであろう子どもたちを突き刺した刃。無辜の人々の命が突然絶たれてしまう理不尽。それは愛の精神を大切にしてきた学園そのものに突き立てられた刃のようで、打ちひしがれる思いがした。お祈りやボランティアをする暇があるのなら他人を疑い、不審者を見分ける術を身につけるべきだったのか?

 

そんな中、こんな報道があった。

助けに行くのも怖かった中、倒れた友達助けようと

https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000155674.html

「私よりもひどい人が」小1女児は首から出血しながらも駅警備員に必死で訴えた

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190528-00012092-bunshun-soci

ほかにも「私たちがしっかりしなくては」と励まし合う子どもたちの姿が多数目撃されている。

ああそうだ。これがまさに私の知っているカリタスだ。

その後行われた記者会見。先生方の言葉は子どもたちの心と身体を何としても守るという強い覚悟に満ちていた。過剰な報道から子どもたちを守るために開いた会見だったとは言え、恩師のぶれない言葉と思いに少し心が和らいだ。

カリタス学園の校章。盾(正義の象徴)燃えるともしび(キリストの愛と真理の輝き)マーガレット(創立者マルグリット・デュービルの象徴)「本」(学問の象徴)を表す。
カリタス学園の校章。盾(正義の象徴)燃えるともしび(キリストの愛と真理の輝き)マーガレット(創立者マルグリット・デュービルの象徴)「本」(学問の象徴)を表す。

増幅されていく憎しみ

それにしてもどうしてこんな理不尽なことが起こるのか?

容疑者とされる人物は50代、独身、無職、ひきこもり気味だったという。詳細はわからないが、その人物像から、世の中への怨嗟、恵まれた子どもたちへの妬みなど、格差社会が事件の背景にあると断ずる報道もある。

日本中の人たちが苛立ち、憤っている。しかし、憤怒を犯人にぶつけたくても容疑者はすでに死亡している。このやり場のない憤りを一体どうすればいいのか。プライバシーお構いなしのマスコミの取材体制に怒りをぶつける人もいる。「監視カメラを増やし、不審者を徹底的に取り締まるべきだ」「親が子どもに四六時中付き添うほうがいい」「子どもに敵意をもつ人間など生きている価値がない」……。

さまざまな憶測とコメントがSNSなどでも飛び交っているが、そこに満ちているのはまさに<愛>とは正反対の<憎しみ>である。

犯人への強い憎しみは私の中にもある。しかし、今回のカリタス小学校の子どもたちが巻き込まれた事件が、憎しみを増幅させ、恐れによる分断を人々の間に広げてしまうことだけは避けなければいけないと感じている。

母体は貧しい人々のために設立された修道会

カリタス学園は1960年ケベック・カリタス修道女会から来日した3人の修道女によって設立された。3人は貨物船に乗って半月かけて横浜に上陸。日本語はほとんど話せなかったが、数年で学校設立にまでこぎつけた。

聖マルグリット・デュービル。1701年生まれ。夫と死別後、目の不自由な女性を自宅に迎え入れたことを始まりとして、3人の仲間とモントリオールの貧困地区で人々に尽くした。1990年教皇ヨハネパウロ2世により聖人に列聖された
聖マルグリット・デュービル。1701年生まれ。夫と死別後、目の不自由な女性を自宅に迎え入れたことを始まりとして、3人の仲間とモントリオールの貧困地区で人々に尽くした。1990年教皇ヨハネパウロ2世により聖人に列聖された

ケベック・カリタス修道女会の母体はマルグリット・デュービルという婦人が貧しく小さなひとびとの救いのために創設した修道会であり、「開かれた心を持って社会に眼を開き、自己のすべての能力を他者のために使う」ことを使命としている。数年前、カナダのケベックへ帰国されたシスターを訪ねたことがあるが、本部では病院のほか、ホームレスへのスープキッチンの運営など、恵まれない人々のため、さまざまな活動が行われていた。夏休み期間にここでボランティアを経験するカリタス学園の生徒たちもいる。

そんなマルグリット・デュービルの精神はカリタス学園に受け継がれて来た。学園の教育目標は「普遍的な愛をもって人に尽くすこと」(学園HPより)。学生によるボランティア活動も盛んであり、老人ホームや障害者施設への訪問、近隣の清掃などの奉仕活動などが日常的に行われているという。

今は祈ることしかできない

カリタス学園には毎日欠かさず、「朝の祈り」の時間がある。全校放送で子どもたちや先生方が日々の生活のなかで感じたこと、考えたことを自分の言葉で祈るのだ。遅刻して廊下を走っていても「朝の祈り」の時間はその場に静止して黙想する。事件の朝、カリタスで「朝の祈り」はあったのだろうか。

カリタス学園クリスマスの集い(学園HPより転載)
カリタス学園クリスマスの集い(学園HPより転載)

昨日から私の携帯電話はずっとブルブルしている。「何か私たちにできることはないか」という同窓生たちがSNS上にグループをつくり、それが瞬く間に拡大しているのだ。でも悔しいけれど今現在、私たちにできることはほとんどないーー。それならば「祈ろう」と誰からともなく声があがり、その輪が少しずつ広がっている。

またメディア等において、心のケアが必要であることが繰り返し指摘されている。前代未聞の事件であり、PTSD対策など専門的なケアが必要であることは言うまでもない。この点は常日頃から「こころの教育」を大切にしているカリタスのこと、きっと大丈夫だと信じている。

カリタス学園の教育は、他人を自分のように愛することで社会の分断をつくらない、生きづらさを抱えた人に寄り添う、教育であったとあらためて思う。

最後になりましたが、亡くなられたお嬢様、保護者のお父様のご冥福を深く願うとともに、残されたご家族の心にいつの日か平安が訪れますよう、また怪我をなさった方々が一日も早くご回復なさるよう、お祈りいたします。

ノンフィクションライター

東京都生まれ。大学卒業後、専門紙記者として5年間勤務。雑誌編集を経てフリーランスに。人物インタビュー、ルポルタージュを中心に『ビッグイシュー』等で取材、執筆を行っているほか、大学講師を務めている。著書に『ルポ貧困女子』(岩波新書)、『ルポ若者ホームレス』(ちくま新書)、インタビュー集に『99人の小さな転機のつくり方』(大和書房)がある。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。

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