孤独からDV夫の元へ戻る妻 婦人保護施設に入れない単身女性 住居を失った女性への支援

写真はイメージです。本文とは関係ありません。(写真:アフロ)

ホームレスにすらなれない女性たち

 DVから逃げだす、家賃が払えず家を出ざるを得ないーーそんな時、最も切実なのは住居の問題だ。とりわけ路上で過ごすことに大変な危険をともなう女性にとって、家を失うことは命にかかわるため、家を出たくても出られない女性たちは多い。

 3年前に設立されたNPO法人くにたち夢ファームは、そんな居場所を失った女性たちのために、住宅支援をはじめとするさまざまな支援活動を行ってきた。

 DV被害者の場合、身元を隠す必要があるため、不動産の賃貸契約を結ぶことは容易ではない。他にも保証人がいない、所得証明書がないなど、さまざまなハードルが立ちはだかる。そこでくにたち夢ファームでは、地域の不動産屋や行政の協力を得ながら、アパートや一軒家を借り上げ、自立を目指すためのケア付ステップハウスとして女性たちに提供している。

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「女性の居場所Jiikka」外観(筆者撮影)

「隠れ住む」のではなく「地域と繋がる」

 くにたち夢ファーム理事の遠藤良子さんは、長年、婦人相談員として困難を抱える女性たちにかかわってきた。DV防止法成立後、緊急時に避難できるシェルターは増えたものの、長期的な視点で女性たちを支援する仕組みは整っていないという。

 一般的にDV被害女性は、シェルターに2、3週間滞在した後、母子生活支援施設等に入り、自立を目指す人が多いが、施設に滞在できるのは最大で2年程度と期間が決められている。その後は自分の足で歩いていかなければならないーー。

「DV被害者の場合、精神的なダメージから立ち直るのに時間がかかる人も多い。夫から逃れたいという一心で住んでいた土地から遠く離れた場所へ転居する人もいます。でも子どもを抱えながら、見知らぬ土地で、相談できる人もおらず孤立してしまい、夫の元に戻ってしまう人もいるのです」 

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遠藤良子さん(筆者撮影)

 そんなやるせないケースを見てきた遠藤さんらが考えたのが、これまでの”隠れ住む”というDV支援の発想を根底からくつがえす、”地域に開く”取り組みだった。

 もちろんステップハウスの場所をオープンにしているわけではないが、くにたち夢ファームでは「女性の居場所Jikka(以下Jikka)」というオープンスペースを開くことで、地域と積極的に繋がるようにしている。

 Jikkaでは、夏休みや冬休み期間、子どもたちに朝ごはんを毎朝無償で提供する「子ども朝ごはん」、コーヒーやお菓子などがある「お休み処」、お茶を飲みながら縫い物をする「手仕事の日」、女性相談員がよろず相談に応じる「縁側の日」など、さまざまな企画があり、近隣の住民の憩いの場となっている。こうした繋がりの中から、ボランティアや協力者が現れることもある。

「もちろんDV被害者の安全が最優先ですが、彼女たちもいつか外に出ていく日が来ます。緊急避難してきた女性がステップハウスを経て、この地域にアパートを借りれば、長期的な見守りをしていくことも可能になります。その頃には地域の人たちとの繋がりもできているので、孤立を防げるのではないでしょうか。そしていつか彼女たちがボランティアとしてJikkaに関われる日が来たらいいですよね」

妻/嫁/母でない女性たちの困難

 ここ最近増えているのが、行き場を失ったシングル女性からの相談だ。これは遠藤さんたちもまったく想定していないことだった。

 親から虐待されて家を飛び出した20代前半の女性、離婚後に家を失った30代の女性、同居していた父親の死後、居場所を失った40代の女性、10代の息子によるDVから逃げ出した50代のシングルマザーなど、さまざまな困難を抱えた女性たちだ。

 女性が住居を失った場合、婦人保護施設やDV被害者が利用するシェルター等に入所することができると思われがちだが、地域によって状況は異なる。

「DVシェルターなどは暴力の有無が判断基準となっていますし、母子寮(現在の母子生活支援施設)は子どもがいない女性は入所できません。精神障害や知的障害があると入れないところも多く、未婚女性が利用できる施設はとても少ないのが現状です」

 空きがある限り、無条件で受け入れを行うくにたち夢ファームには、対応を迫られた全国の婦人相談員からの問い合わせが後を絶たない。

「女性の生き方が多様化している時代にもかかわらず、未だに妻/嫁/母でない女性が利用できる支援がほとんどない。それが彼女たちをより困難な状態に追いやっていると感じます」

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 シングル女性たちが使える制度は、現状、生活保護くらいしかないのだが、それすらも高いハードルがある。また貧困が問題のすべてというわけではなく、一人ぼっちで孤立した状況が精神的に追い打ちをかけているケースも少なくない。

 そういう意味では、隣との距離が近いステップハウスは有効と言えるだろう。

「DVから逃げてきた当初は物音がするだけでビクッとする人もいます。でも次第に慣れてくると隣に誰かいるという安心感のほうが大きくなると言います。また、Jikkaに来ていろいろな人と話すことで、精神的に楽になるという人もいます」

 恐怖や不安、孤立を経験してきた女性たちにとっては、ステップハウスやJikkaの取り組みは、ふたたび緩やかに人と繋がっていくための、かけがえのない機会となっているようだ。

「全部が整ってから……では一生できない」

 設立から3年。昨年だけでも100件以上の問い合わせがあり、緊急宿泊も含め48人が利用した。Jikkaにいる間に出産した人もいる。

「つい最近、出産した30代の女性は夫からの暴力から逃れ、1歳半の息子と一緒にここに来ました。婦人保護施設に入る予定でしたが、妊娠中で乳幼児がいる場合は入れないと言われたんです」

 大きなお腹を抱えてシェアハウスにやってきた彼女だったが、出産する際は息子を乳児院に預けることになった。

「でも彼女はせっかくJikkaの雰囲気に慣れた息子を乳児院に『預けたくない』と言ったんです。そこでボランティアと東京都のヘルパー派遣事業をフル活用し、彼女が出産で入院中、交代で息子の面倒を見ることにしたんです」

 Jikkaのボランティアは概ね10人ほど。いくら本人の希望があったにせよ、簡単にできることではないはずだ。さぞかし覚悟が必要だったのではないか?

「いいえ、私達は特別なことは一切していません。一番大切なのは、当事者の意思を尊重することです。お母さんが『息子を預けたくない』という意思を示してくれたーー100%応えられるかどうかわからないけれど、できる限りのことはやってみる。家族や友だちのためならきっとそうするでしょう」

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 こうした個人の希望に寄り添った対応はまさに民間だからできたことと言えるだろう。見切り発車でもとにかく進みながら考えるーーというのがくにたち夢ファームのやり方のようだ。

「すべてが整ってからと言っていたら、永遠に出来ないと思うんです。これからもさまざまなニーズや要望が出てくるでしょう。もちろん全部はできないけれど、できることの可能性を探っていけばいい。最近は高校を中退せざるを得なかったシングルマザーから学び直したいという要望があったので、学習支援をはじめたんですよ」

すべての人の居場所に

 Jikkaには子どもたちの声が響き、近隣のお年寄りや地域の人たちの憩いの場になっている。私も二度ほど訪れたのだが、開口一番、「ご飯食べてきた?」と聞いてくれる。「お昼の残りあるよ」「いやさっき食べたんだけど……」なんてやりとりをしながらもつい美味しそうで、テーブルの上のお惣菜に手が伸びてしまう。その後、地元から来ていた高齢の男性と世間話に花が咲く。「あれこの人って誰なんだっけ? ボランティアの人?」なんて聞くのも野暮な話だ。誰が当事者で、誰がボランティアで、誰が地域の人なのか判然としない。そこがいいのだろう。

「Jikkaというネーミングには賛否両論あると思います。実家(家族)にはつらい思い出しかないという人もいるでしょうけれど、私達はいざという時にかけこめる場所という意味で使っています。大したことはできないけれど、あったかいご飯とお味噌汁だけはいつもあるようにしているんですよ」

 女性の居場所ではなく、すべての人にとっての居場所になりつつあるJikka。こんな場所が日本全国に広がって欲しい。

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※ くにたち夢ファームには、日々、”待ったなし”のサポート依頼が舞い込んで来る。運営のためのカンパを受け付けているほか、東京・国立市周辺で空き家等を提供してくれる人を探している。詳しくは、NPO法人くにたち夢ファーム まで。