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鵜呑みにすると逆効果!?教則本の使い方を『ジャンプが伝えたいマンガの描き方』刊行のジャンプ副編に訊く

飯田一史ライター
『描きたい!!を信じる 少年ジャンプがどうしても伝えたいマンガの描き方』集英社

 2021年4月5日、週刊少年ジャンプ編集部・編『描きたい!!を信じる 少年ジャンプがどうしても伝えたいマンガの描き方』(集英社)が発売になった(

筆者も本の構成の一部に関わった)。

 世の中には創作指南本が溢れているが、同書はよくある「こうやったらおもしろいマンガが描ける!」という技法重視の内容ではない。

 新人作家の悩みに寄り添い「こういうふうに考えると楽しく手を動かせる」「こういう悩みはこう考えたらどう?」ということにできる限り応える、やや異色の一冊になっている。

 この本を担当し、本の中にも登場する齊藤優氏は現在「週刊少年ジャンプ」の副編集長。齊藤氏は小説、映画、マンガなどの教則本も手あたり次第読んできたというが、しかし、精通しているからこそ新人マンガ家に対して「世の中に溢れているハウトゥは、使い方を誤ると逆効果」と警鐘を鳴らしている。

 齊藤氏に創作指南情報との付き合い方について訊いた。

■距離感を持って付き合えばノウハウ情報は役に立つ

――創作指南本をたくさん読むようになった理由は?

齊藤 僕が入社した当時の「週刊少年ジャンプ」編集部は現場主義で「見て覚えろ」という風潮でして、どんな風に作品づくりをしたらいいのか、最初は教えてもらえなかったんですね。だから「自分で勉強するしかない」と思って読みはじめた。ただ読み始めると、その手の本の玉石混淆ぶりの激しさに気づいて、途中からは半分趣味になっていきました(笑)。

――「教則本なんて役に立たない」と言うプロもいますが、齊藤さんは今回『描きたい!!を信じる 少年ジャンプがどうしても伝えたいマンガの描き方』を担当されたということは、否定派ではないわけですよね。

齊藤 そうですね。僕は「ジャンプ」編集部に配属されるまで、物語やおもしろさは天から降ってきて生まれるものなのだろうと思っていました。でも現場に出てみて、作家さんも編集者もめちゃくちゃ頭を使って「どうやっておもしろくするか?」に対して努力していることを知りました。たしかにごく一部には「降って湧いてきたものを描けば勝手におもしろくなる」天才の方もいます。でも大多数の人は自分の経験やセオリーを駆使して必死で作っている。創作が天才だけのものじゃないからこそ、自分も勉強したら作家さんの役に立てるのではと思えたんです。作り方に関する本は「勝手に降って湧いてこない人」が作品を作るための視野を広げたり、理解を助けたりするものになると思っています。

――『描きたいを信じる!!』の中で印象的なのは「創作のノウハウに関する情報は、新人が付き合う順番、使うタイミングを間違うと逆効果になる」という指摘です。世の中には「こんな風に作るといい」という情報は溢れていますが、「どう付き合う/使いこなせばいいか」に関する情報はそれほど充実していないように思います。まだ実践経験の少ない若手編集者や新人作家はどう付き合えばいいと思いますか?

齊藤 創った経験が少ない人、読み慣れていない人ほど1から10までその通りにしようと思いがちな傾向がありますが、教則本や記事の類いは、読んでみて1行か2行「お、これ使えるな」というものがあればラッキー、という距離感で接するのがいいのかな、と。というのも、全部書かれたとおりにやれば売れるのか、おもしろくなるのかというと、そうではないからです。自分の感覚にぴったりくる部分や、今作っているものに使えるなと思う部分さえ覚えればよく、納得できないことは無視していい。

 そもそも人によって作り方も好みも全然違います。だから「誰にでもこの理論は通じる」「この通りにすれば必ずおもしろくなる」と言っている人や本は逆に怪しい。「最適な教科書は自分で経験しながら作っていくもの」だと思います。いろいろやってみて最終的に「こうやるとまとまる」「いいものができる」と思えるやり方に自分で辿り着くほうが大事です。

■違うジャンル・メディアの教則本を鵜呑みにするのは特に危ない

――本一冊の情報量なんて絶対に覚えきれないですし、ノウハウの提供者と受け手の資質や経験の差もあって、そのまま使えるかと言えばそうではないですもんね。

齊藤 それから「尺」の違いもあります。マンガ、映画、小説ではすべて作品の長さが異なります。だからマンガを描きたいと思っている人が映画シナリオの教則本を読んでも、その差異を頭に入れておかないとヤケドします。たとえばわかりやすいと評価の高いブレイク・スナイダーの『SAVE THE CATの法則』という映画脚本術では「ストーリーは15分割にして作れ」と言っています。でもたとえば読み切り45ページや週刊連載の19ページを15分割するなんて、土台ムリなんですよね(笑)。

『NARUTO-ナルト-』の岸本斉史先生は「映画の脚本術で勉強した」とコミックスでおっしゃっていましたが、おそらく「マンガに置き換えるとこうだな」と咀嚼して変換する過程があったはずです。そうやって自分に合わせて落とし込むプロセスがあってこそノウハウ本は役に立つと思っています。

 そしてマンガの制作実務に特化したストーリーづくりの創作指南本のなかでも連載漫画、特に週刊マンガ誌の連載の基本「1話19ページ」をどう作ればいいかに関して適切なアドバイスをしている本はないんですね。そんな短い尺で毎回「引き」で終わらなければいけない媒体はほかになくて、そういうことはやはり自分で経験しながら考えていくしかなかったですね。

■マンガでは「起承転結」よりも大事なことがあるが、新人ほど構成を気にしがち

――創作にあたって理屈に囚われてしまったという実例は何かありますか。

齊藤 最初に持ち込みに来る新人マンガ家さんほど起承転結や三幕構成などが整っているかを気にしていることが多い印象です。あとは映画が好きな作家さんが多く、映画のシナリオ構成と比べてどうかとか。そういった方には「起承転結とかに縛られなくて大丈夫。45ページの読み切りマンガは映画とはそもそも長さが違うから同じに考えないほうがいいです。読み切りで映画みたいに複雑なことはできないから、まずは何を一番やりたいのか、印象に残る絵をどこで描くか、出だしでおもしろくしているかくらいを意識しましょうと伝えています。

――マンガを描くにあたっては「起承転結」という考え方はあまり役に立たない?

齊藤 作家さんによってはきっちり意識して使いこなしている人もいると思いますが、僕は自分の知っている物語のリズムを元に考えているくらいですね。それに「承」の解釈が難しい。起承転結を気にしている新人に「じゃあ『承』ってなんだと思いますか?」と聞いても説明できないことが多いんです。自分の中で「『承』はこういうことをする部分だ」という感覚が腹落ちしていない程度の生兵法だと結局うまくいかない印象で、だったらとにかく「読者がキャラクターに興味が湧くか。主人公がやっていることが気になるか」を考えるほうがいいかなと。

■腹落ちする「1行か2行のフレーズ」を引き出しとして持つ方が使える

――齊藤さんの場合、教則本を読んで「使える」と思ったものはどうやって実践的に使っていくんですか?

齊藤 メモを残しておいて「話づくり」とか「ラブコメ」みたいにある程度分類して、スマホでいつでも見られるようにしておきます。それでたとえば作家さんと打ち合わせしていて思い出したら、話しています。ただ、作家さんに話して反応が悪いものはすぐに引っ込めます。ピンと来ていないことに、意識して取り組んでもらうのは難しいですから。

――そうか、限られた時間の打ち合わせで話したことを、腹落ちして覚えて帰ってもらうにはむしろ「1行か2行」に凝縮されていないと響かないかもしれないですね。実際に現場でよく使ったものは何かありますか?

齊藤 めちゃくちゃ使い回したのは、ジョディ・アーチャー、マシュー・ジョッカーズ『ベストセラーコード』の「売れている本に頻出するワードの一位はwant、二位はneed。逆に売れなかった本に頻出するワード一位はwish」です。僕の上司は「主人公は心の底から欲しいもの・望んでいることを作ろう」、という表現を用いていましたが、たしかに主人公が積極的に動いてくれないマンガは回すのが難しいんです。「願う」程度では足りない。それを『ベストセラーコード』はシンプルに言語化してくれている上に、「アメリカの過去30年間で売れた本」をテキストマイニングで解析して出てきた結果なので、人に伝えたときに説得力があるなぁと(笑)。

 あとは『SAVE THE CATの法則』は物語の構成に関してはマンガへのそのままの応用は難しいと個人的には感じましたが、「原始人でもわかるくらい登場人物の行動の動機をわかりやすくしろ!」という一節があって、あれは映画以外のエンタメでも通用する考えだなと。マンガでも「このキャラがなぜこういう行動をするのか」が読者にパッとわかるほうが望ましいですから。他にも色々書いてあって、刺さる箇所は人それぞれだと思うので、読んで損はない本だと思います。

 それから最近読んだなかでは木下龍也さんの『天才による凡人のための短歌教室』がパンチライン連発の良書で、「短歌」を「マンガ」に置き換えるとそのまま使える考えが満載でした。たとえば「師匠を二人持て」。そうすればただのマネにはならず、オリジナルになる、と。ここ数年で読んだなかではトップクラスに刺さった本で、作家さんにも勧めています。

あと、中川いさみ先生の『マンガ家再入門」(講談社)は、ギャグマンガ家の中川先生がストーリーマンガを描こうと一念発起して、弘兼憲史先生や大友克洋先生たちに取材をしながら気づきを得ていくエッセイ漫画なのですが、ものすごくわかりやすく「ストーリーとは何か」「面白いとはどういうことか」を中川先生の言葉で説明してくれるので、活字が苦手な作家さんによく勧めていました。すごく良い本なのですが2巻以降は電子書籍しかなくて……(全4巻)。

――中川先生の本は僕も読みましたが、すばらしいですよね。

■ジャンプでは新人向けに多様なノウハウを提供している

――齊藤さんは、担当された村田雄介先生の『ヘタッピマンガ研究所R』、今回の『描きたい!!を信じる』、ブログ「元週刊少年ジャンプ編集者が漫画家から学んだこと」とマンガ家向けのハウトゥをいくつも提供していますが、それぞれのレベル感や「こういうことに悩んでいる向け」について教えてください。

齊藤 『ヘタッピマンガ研究所R』は僕の仕事というより村田先生の作品ですが、河下水希先生、島袋光年先生、冨樫義博先生といった成功した作家さんから出る生の言葉が載っています。また、「創作の苦しみ」を描いた最終回が一番刺さったと言われることが多いです。すでに何作か描いたことのある作家さんはこちらの本に親近感が湧くかも知れません。電子書籍になっているのでぜひ読んでほしいです。

 今回出た『描きたい!!を信じる』は、これからマンガを描きたいと思っている人から、伸び悩んでいる新人まで広く読んでいただけたらと。今までの「技法」について書かれたマンガ教則本とは一線を画した内容で「作家さんから出てくる悩みの解決」にフォーカスしています。人気作家に「新人のとき何を知りたかったですか」と訊いたアンケートや、同じお題で4人の「ジャンプ」連載作家さんに2ページのネームを切ってもらうといったものも収録しています。

 ブログ「元週刊少年ジャンプ~」は今日お話した「ハウトゥ情報を鵜呑みにせずに取捨選択できる」ようになっている&テクニカルな話が好きな人に読んでもらえればという位置づけのものです。

 編集部でほかにノウハウ提供としてやっているものとしてはリアルの講座である「ジャンプの漫画学校」(内容の一部はブログにも掲載しています)や、「少年ジャンプ漫画賞」のTwitterアカウントがあります。「少年ジャンプ漫画賞」アカウントでは「質問箱」でみなさんから匿名でいただいた質問に編集部有志がお答えしています。今のところ約1600本回答していますので、マンガ制作に関する悩みがあれば過去ログを読んでいただくか、改めてご質問いただければヒントになるのではと思っています。

週刊少年ジャンプ編集部『描きたい!!を信じる 少年ジャンプがどうしても伝えたいマンガの描き方』(集英社)書影
週刊少年ジャンプ編集部『描きたい!!を信じる 少年ジャンプがどうしても伝えたいマンガの描き方』(集英社)書影

ライター

出版社にてカルチャー誌や小説の編集者を経験した後、独立。マーケティング的視点と批評的観点からウェブカルチャー、出版産業、子どもの本、マンガ等について取材&調査してわかりやすく解説・分析。単著に『いま、子どもの本が売れる理由』『マンガ雑誌は死んだ。で、どうするの?』『ウェブ小説の衝撃』など。構成を担当した本に石黒浩『アンドロイドは人間になれるか』、藤田和日郎『読者ハ読ムナ』、福原慶匡『アニメプロデューサーになろう!』、中野信子『サイコパス』他。青森県むつ市生まれ。中央大学法学部法律学科卒、グロービス経営大学院経営学修士(MBA)。息子4歳、猫2匹 ichiiida@gmail.com

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