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なろう発『回復術士のやり直し』に見る大薮春彦・西村寿行的ハードロマン・リバイバルへの懸念

飯田一史ライター
TVアニメ『回復術士のやり直し』公式サイトトップページより

小説投稿サイト「小説家になろう」にて2016年12月29日から連載され(現在は削除)、角川スニーカー文庫から2017年6月より刊行されてシリーズ累計発行部数170万部を突破の月夜涙『回復術士のやり直し』を原作とするTVアニメが2021年1月から放映中だ。

この作品は、【癒】の勇者である少年ケヤルが、その再生能力を見込まれ、しかし、能力の行使には対象者の痛みや恐怖をケヤル自身が追体験しなければならず、拒めないように仲間の勇者たちから薬漬けにされて廃人同然にされていたが、「賢者の石」を手に入れ時間を他の勇者と出会う以前まで巻き戻して復讐していくというアンチヒーローもののファンタジーである。

残虐で過激な表現に満ちており、前世で自分を人間扱いしなかった女たちに復讐を果たし、陵辱し、立場を逆転させて隷属させるというミソジニーが顕著である。

筆者はこの作品を読む/観ると、新しさではなくむしろ懐かしさを感じる。

かつて、こういうタイプの物語が量産され、ジャンルとして存在していた時代があった。

70年代~80年代にかけて、ハードロマンと呼ばれる国産冒険小説が人気を博した。

西村寿行や大薮春彦の作品がこのジャンル名を冠されて駅前のキオスクなどで爆発的に売れた。

両者に共通する作風は「復讐と陵辱」である。

主人公の男性は自身や自身の愛する者をなぶられ、復讐を誓う。

そして復讐の過程で、暴力的なセックス(というか性暴力)が描かれる。

大薮作品ではとくに主人公は正義のヒーローとしてではなく、露悪的・破壊的な行動に突き進む。

これを異世界ファンタジー、「なろう系」の“ハコ”に移し替えれば『回復術士のやり直し』になる。

■ハードロマン・リバイバルと池波正太郎再評価

『回復術士のやり直し』はハードロマン・リバイバルと見ることができるが、近年のラノベ、ウェブ小説ではほかにも興味深い動向として池波正太郎リスペクトを語る人気作家が相次いでいることもある。

『居酒屋ぼったくり』の秋川滝美や『異世界居酒屋「のぶ」』の蝉川夏哉は美食描写、『オーバーロード』の丸山くがねは『剣客商売』の「主人公最強」ぶりの気持ちよさ、『千歳くんはラムネ瓶のなか』の裕夢は「こだわりをもって生きる男のかっこよさ」という観点から池波への敬愛を語っている。

池波正太郎もまた、大薮・西村同様、読者の即物的・原始的な欲望を巧みに刺激してかつて広範な支持を得た娯楽小説の書き手であり、そしてやはり現在の視点では性差別、ミソジニーに満ちた描写が気になる作家である(筆者も『仕掛人・藤枝梅安』などは好きなのだが、そういった点は今読むと若干厳しい)。

「おもしろさ」「かっこよさ」を生み出す“型”を先人の作品から継承すること自体はいい。

ただ当世風にアレンジするにあたって、その問題点を解消せずに引き継いではいまいかという点は、個人的には気にかかる。

ともあれ、いずれにしても大衆文学史・文化史的に、この再来・再評価は重要だろう。

ラノベやウェブ小説以外の小説ジャンルでは、この10年以内にデビューした作家がこれらの作家を思わせる、または影響を公言することは、私の知る限りでは、あまり見たことがない。

時代が下っても、人間がフィクションに求めるものはそう変わらないということだろうし、池波・大薮・西村的なものはかつては/今はどういう位置にあるものなのかを照射する現象でもある。

ライター

出版社にてカルチャー誌や小説の編集者を経験した後、独立。マーケティング的視点と批評的観点からウェブカルチャー、出版産業、子どもの本、マンガ等について取材&調査してわかりやすく解説・分析。単著に『いま、子どもの本が売れる理由』『マンガ雑誌は死んだ。で、どうするの?』『ウェブ小説の衝撃』など。構成を担当した本に石黒浩『アンドロイドは人間になれるか』、藤田和日郎『読者ハ読ムナ』、福原慶匡『アニメプロデューサーになろう!』、中野信子『サイコパス』他。青森県むつ市生まれ。中央大学法学部法律学科卒、グロービス経営大学院経営学修士(MBA)。息子4歳、猫2匹 ichiiida@gmail.com

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