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呪われた映画『とんかつDJアゲ太郎』は事件を起こした2人のための作品のようだった

飯田一史ライター
映画『とんかつDJアゲ太郎』公式サイトトップページより

 コロナ禍で公開延期の憂き目に遭い、その後、出演俳優のひとりが違法薬物所持で、ひとりがひき逃げで送検され、さらには劇場版『鬼滅の刃 無限列車編』と公開時期が重なったことで劇場にかかる回数や入場者が吸い取られてしまったことで公開前から呪われた映画扱いされることになってしまった『とんかつDJアゲ太郎』。

 しかし、この作品は間違いを犯したり、失敗してしまったりしたすべての人のためにある。

 一連の事件があっても公開を見送らなかったことには意味がある。そういう人たちに再起を促すメッセージをもった映画だからだ。

■『とんかつDJアゲ太郎』とは?

 イーピャオと小山ゆうじろうによる『とんかつDJアゲ太郎』はマンガアプリ「ジャンプ+」に2014年から17年まで連載され、16年には「ジャンプ+」初のTVアニメ化作品となり、20年10月30日には実写映画が公開された。

「ジャンプ+」ローンチと同時に連載が始まり、『カラダ探し』などとともにジャンプラ最初期、日本のマンガアプリ黎明期を彩った作品である。

 とんかつ屋の3代目である少年・勝股揚太郎が、クラブに出前した御礼代わりにタダで入れてもらったことをきっかけに、ゼロからクラブカルチャーを体験し、DJとして成長していく姿を描く。

「揚げる」と「アゲる」を引っかけた「とんかつとDJって同じなんじゃないか?」というフレーズ/コンセプトには出オチ感が漂い、小山の力の抜けた絵柄もあいまって未読の人にはギャグマンガと思われがちだ。

 だが実際には「友情・努力・勝利」を描いたオールドスクールなジャンプ作品に近い少年マンガだ。

■映画版はどうだったか?

 映画は原作序盤に登場するキャラたちは出てくるものの、導入部以外はほぼオリジナルストーリーだ(渋谷で話が完結するため、原作の上野修行編で登場してアゲ太郎の盟友となる落語家のラッパーや、関西編で登場する坊さんDJが出ないのは個人的に残念だった)。

 アゲ太郎がDJオイリーと出会ってDJをめざし、ヒロイン・苑子に淡い恋心を抱きながらDJとして成功することを夢見るのは同じだが、オイリーは原作よりアゲ太郎に対して当初投げやりな態度(放任主義)で接してくるため、アゲ太郎はボンクラな友人たちとともに「DJってこういうこと?」と勘違いしておもしろダンス動画を投稿するYouTuberとして成功してフワちゃんとコラボしたりする。その後、オイリーに軌道修正してもらってDJデビューを飾るのだが……というのが映画版のあらすじだ。

 戦った相手が仲間になり、主人公がチャレンジする課題がどんどんインフレしていくというザ・少年マンガなのが原作だが、映画では尺の都合もあってかそういう展開ではなく、シンプルに、アゲ太郎がいい感じに調子に乗ってきたところでチャレンジしたら失敗して腐り、しかし、いろいろあって一念発起して復活するという構成になっている。

 友情・努力・勝利が何周もスパイラルしていくジャンプイズムが充満していたのが原作だとすると、映画版ではアゲ太郎のことをボンクラな友人たちがつねにサポートしてくれるという友情押しが目立つ作品になっている。

■原作から映画へのDJスタイルの変更がもたらした効果

 フェスが相次いで中止になった年に、低リスクで大きな音で音楽が楽しめる青春映画としてなかなかいい。とくに、主人公を演じる北村匠海が終始楽しそうなのが好印象だ(作中で描かれるようなパーティが実際あるかというリアリティはさておき)。

 アゲ太郎は原作では(特に序盤では)渋いプレイをするDJオイリーの弟子として、クラブカルチャー黎明期から活動する伝説のDJミックスマスターフライの霊感と交信する者として、わかりやすくアガる曲というより食におけるとんかつ的なポジションの、腰を据えたプレイを特徴としているが、映画版では大ネタ(超有名曲)をかけまくる。

 Netflixで配信されるドラマなら原作準拠の設定でもいけただろうが、日本で全国公開される映画だしなあと思ってしばらく観ていたが、しかし、結果的には夏にリリースされたBTSの「dynamite」がコロナ疲れを癒す明るいディスコチューンであったのと同様に、映画『アゲ太郎』も安心感のある既知の素材で作り上げられた気持ちの良い映画だなと思い直した(ただし、ある失敗によってDJオイリーが激詰めされ、アゲ太郎もなじられる一連のシークエンスだけはパワハラ被害経験者がフラッシュバックする危険性があるが)。

■『無限列車』『アゲ太郎』ほぼ同一説

 同じジャンプ系列の『鬼滅の刃』に人が吸われて、ほかの映画興行同様『アゲ太郎』にも影響があると言われている。

 しかし「新人が先輩の力を借りるも失敗し、先輩が致命傷を負うがその志を継承する話」という意味では『アゲ太郎』と『無限列車』はほぼ同じである(異論は認める)。

『無限列車』で煉獄さんを観て泣いて、『アゲ太郎』で笑顔になる。元気が出たらまた『無限列車』を観る。泣き疲れたら『アゲ』を観てとんかつ食って回復する……これがこの秋最強のミックスだ。

ライター

出版社にてカルチャー誌や小説の編集者を経験した後、独立。マーケティング的視点と批評的観点からウェブカルチャー、出版産業、子どもの本、マンガ等について取材&調査してわかりやすく解説・分析。単著に『いま、子どもの本が売れる理由』『マンガ雑誌は死んだ。で、どうするの?』『ウェブ小説の衝撃』など。構成を担当した本に石黒浩『アンドロイドは人間になれるか』、藤田和日郎『読者ハ読ムナ』、福原慶匡『アニメプロデューサーになろう!』、中野信子『サイコパス』他。青森県むつ市生まれ。中央大学法学部法律学科卒、グロービス経営大学院経営学修士(MBA)。息子4歳、猫2匹 ichiiida@gmail.com

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