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アニメ化決定!累計850万部の韓国発STEM系学習まんが『サバイバル』とは?

飯田一史ライター
朝日新聞出版「科学漫画サバイバルシリーズ」公式サイトトップページより

■『サバイバル』シリーズ――韓国発STEM系学習まんが

 アニメーション映画の公開が決まった韓国発の学習まんが「科学漫画サバイバルシリーズ」(朝日新聞出版)はどうして支持されているのか? どんな背景から生まれたのか? 韓国学習まんが市場はどうなっているのか? 本稿ではそのことについて迫ってみたい。

『サバイバル』は、原著が2001年に刊行されると、たちまちヒット作になっている。

 版元である大韓教科書(現在はミレエヌとルーデンスに分社)が朝日新聞出版に企画を持ち込み、日本では2008年から刊行を開始。初版8000部のスタートだったが、年間6、7冊新刊を出し続けるうちにじわじわと広がり、2011年には累計50万部、12年には100万部を突破。近年は毎年100万部ペースで発行部数を増やし、累計850万部(2019年7月時点)。

 書店ではフェアを年3回、2000店で実施してきた。

 同シリーズは、マンガながら「朝読」でも読んでいい本に入っており、平成29年度「『朝の読書』で読まれた本ランキング」では、小学校部門で第2位。

とくに読者が多いのは小3、小4で、読者ハガキの返りの男女比は7対3だという。

「コロコロコミック」や『かいけつゾロリ』をよく読む年齢とほぼ重なるが、主人公はおバカだがやるときはやるタイプで、コミカルさに富む点が共通している。歴史や偉人ものの学習マンガの大半とは異なり、主人公は子どもで、大人に指示されてではなく自分たちで道を切り拓くことが特徴になっている。また日本の学習マンガでは、なんでもマンガの中で説明しがちだが、本シリーズは、ストーリー部分はハラハラドキドキ、ギャグ満載で、章の合間に解説コラムが入るスタイルだ。

 子どもは最初はコラムを読まないかもしれないが、繰り返し読むうちにコラムも読んで、覚えた知識を親に語る。すると親から「よく知ってるね!」と驚かれ、子どもは嬉しくなってますます熱中する。

 AI、アレルギー、大気汚染といった、その時々のニュースで話題となるテーマを扱った新作が出されている点も、子どもの心に刺さる理由だろう。朝日新聞出版が手がけているファンクラブ通信や壁新聞コンテストでは、子どもたち自身が考えたサバイバルの題材や記事を募集しているが、そうした情報は本国にも伝えており、東日本大震災後に『原子力のサバイバル』が描かれたのは、そういう背景もある。

 また、日本で学習マンガの原作などを制作するチーム・ガリレオが文を担当し、絵を「サバイバル」の作画担当が手がけた「5分間のサバイバル」シリーズや、同じくチーム・ガリレオがストーリーを担当した日本オリジナルの「歴史漫画タイムワープ」シリーズを立ち上げるなど、横展開も進めている。

 今回のアニメーション映画はこういう流れから生まれている。

■韓国学習マンガ成功の秘訣――『Why?シリーズ』は世界四五カ国に

 韓国のみならず中国や日本、東南アジア諸国でも成功を収めた『サバイバル』シリーズは、韓国で突然変異的に誕生したわけではない。現在、韓国で書店などの学習マンガコーナーを見ると、必ずしも学習的要素のないマンガを含む「子ども向け・フルカラーの大判マンガ」、つまりアニメのフィルムブックやシールブックなども置かれている。もちろん日本でいう狭義の「学習マンガ」にあたるものも、古くから存在する。

 日本では近年、「子ども向け学習マンガ」が「青年や大人も読む教養マンガ」として読まれる(または当初から、青年・大人向けのものが刊行される)傾向があるが、教育・学習熱の高い韓国では、すでに1980年代からそうだった。モノクロで描かれた、必ずしも子ども向けではない「教養マンガ」の草分けに、イ・ウォンボク『遠い国 隣の国』がある。ドイツ留学帰りの著者が自身のヨーロッパ体験を描いたこの作品は、81年~86年に「少年韓国日報」に連載され、87年に単行本化されると、累計1700部を超える大ベストセラーとなった。

『サバイバル』のような「フルカラー・大判・マンガ+補足記事」スタイルの韓国学習マンガが確立されていったのは、90年代後半からである。決定的に定着したきっかけは、ホン・ウンヨン『マンガで見るギリシア・ローマ神話』(累計2000万部超)だった。

 現在も刊行中の代表的なシリーズには、科学学習マンガの『サバイバル』と『Why?』、次いで漢字学習マンガの『魔法千字文』などがある。ここでは『Why?』シリーズについて紹介しよう。韓国で一九八九年に刊行が始まった『Why?』は、日本でも学研教育出版(当時)から2011から13年にかけて翻訳版が刊行されたものの、反響が芳しくなかったためか、その後刊行が途絶えた。しかし韓国国内では、累計販売部数6900万部を突破、12言語圏45カ国に輸出され、14年までに累計販売部数300万部と、国際的なヒット作となっている。

『サバイバル』同様『Why?』も、日本以外の多くの国のマンガでよく見られる「左開き・フルカラー」スタイルだ。

 また、ハリウッド映画やアメリカのTVドラマ、香港の武侠映画やマンガなどのエンターテイメントの影響を受けながらも、過激な表現がなく、親が安心して買い与えられる作品に仕上がっている。それでいながら大人が読んでも面白いほど情報の密度が濃く、近年注目度の高いSTEM系のテーマも多いため、国籍を問わず、関心がもてる内容である。

 そもそも多くの国では、いまだに「マンガ=子どものもの」という意識が強い。つまり、児童マンガ市場は世界中に存在する。そこに、大人の読書にも耐えうる、娯楽と勉強を兼ね備えた良質な作品を届けられたことが、韓国学習マンガの国際的な成功の理由だろう。

『サバイバル』がアニメ映画によってさらなる成功を遂げれば、他の作品も再び日本市場に焦点を定めてやってくるかもしれない。あるいは逆に、日本発の学習まんががアニメの力を借りて海外進出する糸口になるかもしれない。

アニメ映画『人体のサバイバル』は日本の、そして国際的な学習まんが市場にどんな効果をもたらすのか? コロナ次第では公開延期になるかもしれないが、ともあれ、その結果を楽しみに待ちたいところだ。

ライター

出版社にてカルチャー誌や小説の編集者を経験した後、独立。マーケティング的視点と批評的観点からウェブカルチャー、出版産業、子どもの本、マンガ等について取材&調査してわかりやすく解説・分析。単著に『いま、子どもの本が売れる理由』『マンガ雑誌は死んだ。で、どうするの?』『ウェブ小説の衝撃』など。構成を担当した本に石黒浩『アンドロイドは人間になれるか』、藤田和日郎『読者ハ読ムナ』、福原慶匡『アニメプロデューサーになろう!』、中野信子『サイコパス』他。青森県むつ市生まれ。中央大学法学部法律学科卒、グロービス経営大学院経営学修士(MBA)。息子4歳、猫2匹 ichiiida@gmail.com

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