マイクラ(Minecraft)小説は子どもに読ませる価値があるか?大人気ゲームのノベライズから考える

Minecraft公式サイトトップページより

■小学生が熱狂するゲーム『Minecraft』(マイクラ)とは

 ブロック型の素材を使って家や城などの建物を作ったり、未知の世界を探索したり、サバイバル生活を疑似体験したりする“冒険・ものづくり”ゲーム『マインクラフト』は年齢を問わず人気だが、特に子ども(小学生)からの支持が高いと言われている。

 何が楽しいのか?

「これをクリアしなさい」と必須の課題が与えられるのではなく、プレイヤーには自由に行動できる世界が与えられ、自分で何をするのか、作るのかを自分で決められるこの手のジャンルは「サンドボックス」と呼ばれている。

 この名称に象徴的だが、子どもが砂場でスコップやバケツなどを使って(多少の制約はありながらも)自分なりの世界を作ることに夢中になるのと同じ、世界創造の喜びが『マインクラフト』にはある。

『マインクラフト』はエンダードラゴンというボスを倒すとエンディングが流れるから、一応それを目標とするプレイヤーもいるものの、別にドラゴンを倒さず延々と城づくりやトロッコ鉄道建設などに熱中してもよく、非常に自由度が高い。制作者側が用意したシナリオはなく、ストーリー性があるゲームではない。

 対して、多くの人がエンタメ小説に期待するのはまずストーリー性だろう(物語性が希薄な小説自体は現代文学では珍しくないが)。

 ではシナリオのないゲームである『マイクラ』を原作に生み出された小説にはどんなおもしろさや可能性があるのだろうか? マイクラのノベライズは子どもにいったい何を与えうるのか?

 2020年1月現在、日本で刊行されている4作の公式ノベライズから、その価値について考えていきたい。

■第1弾『はじまりの島』――たったひとりのサバイバルライフから、文明のありがたさに気づく

 小説版第1弾『マインクラフト はじまりの島』(竹書房)は、『ゾンビサバイバルガイド』や『WORLD WAR Z』の著者であるマックス・ブルックスが筆を執った。

 第1弾から第3弾まではいわゆるYA(ヤングアダルト。中学生~大学生)向けの小説であり、小学生が読むのは難しい内容だろう。中学生以上なら問題なく読める。

 ある少年が『マイクラ』世界に入りこんでしまい、孤独なサバイバル生活を送りながら「外敵から身を守る家屋の作り方を工夫する」「火を使いこなす」「狩猟採集生活から食糧生産へ」といった人類が文明を手に入れていく過程を追体験していく。

 徐々に動物たちと仲良くなるなかで孤独から解放され(といっても、ほかに人間とは出会えないが)、その世界で生きる力を身につけていく。

 現代版『十五少年漂流記』である。

 世界のすべてが四角い(荒いポリゴンでできている)といったゲーム独特の仕様に対する違和感を抱きながらも、現実世界ではありえないそうした仕様を活かして困難を乗り切っていく部分には、ウスバー『この世界がゲームだと俺だけが知っている』などのVRMMOものウェブ小説に通じるおもしろさがある。

『マインクラフト』は攻略情報なしでいきなりプレイしようとすると何をしたらいいのかわからず途方に暮れることになる。この作品では初心者が『マイクラ』をやりはじめてすぐのころに味わう、そうした右も左もわからない感覚や、少しずつやり方がわかりはじめ、できることが増えていくことでハマっていく感覚がうまく描かれている。

『マイクラ』はサバイバルライフを体験するものなのだ! と改めて感じさせてくれる。

 本書の読者は、キャンプに行ったときなどにゲーム、小説と目の前の自分たちの現実をオーバーラップさせ、食材や調理機材、宿泊用の設備のありがたさに想いを馳せるはずだ。

■第2弾『こわれた世界』――見知らぬ人間同士のマルチプレイから人間関係を学び、喪失感から立ち上がる

 トレイシー・バティーストによる第2弾『マインクラフト こわれた世界』は、友達とドライブ中に交通事故に遭った女子高生が、自分同様に入院していて自由に動けない少年少女たちとVR版『マイクラ』をプレイする中で互いの関係性を変化させ、成長していく様子を描く。

『はじまりの島』では『マイクラ』の設定を忠実に踏襲していたのに対し、『こわれた世界』に登場するVR版『マイクラ』は現実の『マイクラ』とは様々な点で仕様が異なり、ゲームに親しんだ人間からはご都合主義的に見える点、主人公の少女の性格にいけすかないパリピ的な部分があり若干共感しにくい点から、マックス・ブルックス版と比べると厳しい評価がされている。

 とはいえ不自由な闘病・入院生活、現実ではうまく動けないというストレスにさらされている子ども(主人公)たちにゲーム内で聖人君子な振る舞いを期待するのは酷だろう。

 そうした負荷を背負い、ぶつかり合いながらもみんなでエンダードラゴンを倒すことを目標にゲームを進め、ついにはそれを達成することで、主人公は目を背け続けていた現実世界での喪失――友人の事故死――にようやく向き合い、その事実を受け入れることができるようになる。

 ゲームを通しての往きて帰りし物語、癒しを描いた作品であり、あらたな友情を獲得するまでのお話である。

 第1作がひとりプレイの没入感を描いたものだとすれば第2作は複数人同時プレイの楽しさと難しさを描いたものである。

 世の中には性格に難があるプレイヤーもいれば、そういう人間をたしなめる賢い小学生ゲーマーもいる。

 ゲーム世界で多様な人間が交流するさまを描いたという意味でのリアリティがある。

 ゲームプレイを制限する条例を作る自治体が現れるなど、ゲームを否定的に捉える人たちはいまだ絶えないが、ゲームでの体験を通じて人間関係を学び、精神の傷から癒され実人生に向き合う力を得ることもある。

 この作品は現実にもあふれているそうした事例、ゲームのもつポジティブな面を表現したものだと言える。

■第3弾『なぞの日記』――NPCが体験する難所ネザー攻略のスリルと家族の絆、から我々が得るもの

 第3弾『マインクラフト なぞの日記』はマインクラフト世界の住人マックスとアリソンが冒険する話だ。

 アリソンはマイクラ世界に存在するクリーパーという爆発する生きものに家族を殺され、マックスの家に引き取られて暮らしている。

 第1弾はなぜかマイクラ世界に入ってしまった現実世界の人間の話、第2弾はVR版マイクラでやはりプレイヤーは現実世界の人間だったが、第3弾はそもそもマイクラ世界に生きている人間たちを主人公とする。

 危険を顧みないマックスと、しっかりものでいろいろな道具をつくるための素材(鉱物)を手に入れたいと思うアリソンはいっしょに冒険するが、いつもケンカしてばかり。

 ふと迷い込んだ危険な場所ネザーポータルを通り抜けたがるマックス。ネザーは攻略するのが難しい場所としてマイクラのプレイヤーに知られているが、そんなところにふたりはロクな装備も持たずに入り込んでしまう。

 そしてそこでどこに行ったのかわからなくなった建築家のニコラスおじさんの痕跡を見つけ、ふたりはおじさんを探して連れ帰ろうとする。

 ネザー攻略のスリルと、お互いを助け合おうとする家族愛が印象的な作品だ。

 マイクラに登場する「村人」(NPC。プレイヤーが操作できないキャラクター)にも人生があり、家族があり、そこにはそれぞれのドラマがありうるのだ、という想像力を読み手に与えてくれる。

 読後にはそれまでよりはNPCに対してやさしく接しよう、ゲーム内のキャラだからといってぞんざいに扱わず、遇しようという気にさせられる。

 ゲーム内の虚構の存在に対する配慮を、小説という別の虚構をもって喚起する点がおもしろく、また、現代的だ。

 子どもはAlexaやGoogle Homeに日常的に語りかけているのだから。

■小学生向け読み物『ゲームにとびこめ!』『コウモリのなぞ』――ゲームから本への入り口として

 YA向けの『はじまりの島』『こわれた世界』『なぞの日記』とは別シリーズの、より低年齢向けの読みものが『マインクラフト ゲームにとびこめ!』『マインクラフト コウモリのなぞ』のシリーズだ(ともに技術評論社)。

 イラストが多く、日本版では総ルビになっており、小学校中学年以上向けの作品になっている。

 バスケの達人やガールスカウト、飛び級しているアートの才能の持ち主、マイクラマニアなど個性溢れる小学生のクラスメート5人がゴーグルを付けて『マインクラフト』をVRで体験する。

 彼らはみなVR版をやる前からマイクラにハマりまくっており、学校の課題で粘土で何かを作るときにマイクラ風の建築物をテーマに選んだり、クリーパー爆発を現実世界で再現して喜んだりしている。

 だからVRでマルチプレイが可能になってみんなで世界に入るとすぐに「作業台」を作るところから始め(これがマイクラをプレイしたら真っ先にやるべき作業)、てきぱきと役割分担してみんなでお城づくりという共同プロジェクトに向かって邁進していく。

『こわれた世界』同様にVRでマルチプレイだが、あちらはだいぶギスギスしたところから始まっていたが、こちらは楽しげに協力しあい、エンダードラゴン退治やネザー攻略が目的ではないので緊張感の走るハードな戦闘もなく、和気藹々としている。

 ゲーム内の出来事が現実世界に影響してコウモリが現れたのでは、といった謎、ちょっとこわい展開もあるが、こわがらせる度合いは読者の年齢もあって控えめだ。

 小学校中学年以上向けの人気作には、ゲームが好きすぎる破天荒なグレッグやその周辺にいるダメダメな家族や友人、先生たちがやらかす『グレッグのダメ日記』のような作品や、動物との触れ合いから気候変動や環境破壊などについて突っ込んだ問題を描く『動物と話せる少女リリアーネ』シリーズなどがあり、それらと比べると個人的にはお行儀がよすぎる気がする。

 ただ、お行儀がよいからこそ親が読ませられるという面もあるかもしれない。

 マイクラばかりして本を読まない、という子どもがいたら、その入り口としてよいものだろう。

■マイクラ小説を書く子どもを増やそう!

『マイクラ』の小説化は『ロードス島戦記』を思わせるところがある。

 参加者が紙や鉛筆、サイコロなどを使ってルールブックに書かれたルールに従って遊ぶ「テーブルトークRPG」を普及させるために、そのリプレイ(プレイ過程の記録)とリプレイを元にした小説を雑誌に掲載したのが水野良『ロードス島戦記』のはじまりである。

 その『ロードス』がティーン向け異世界ファンタジー小説ブームを牽引し、テーブルトークRPG経験者から無数の作家が生まれたことはマーク・スタインバーグ監修、大塚英志編著『東大・角川レクチャーシリーズ00 角川メディアミックス証言集』(KADOKAWA)などに詳しい。

 人と対話しながら自分たちで展開を考える体験が物語をつくる基礎体力を作り、目の前にいる仲間がおもしろがることを快感に思う体験がエンターテイナーとしての素地を作ったからこそ、たくさんの作家が育った。

 むろんTPRGと『マイクラ』ではプレイヤーの行動や課題設定の自由度に違いがあるし、『マイクラ』はソロプレイもできる上に、物語づくりというより世界づくりに向いている。

 ただこれらの多種多様な切り口のノベライズがあれば、これらをヒントに子どもたちが「世界を作る」だけでなく「お話を作る」糸口にできるはずだ。

『マイクラ』の二次創作小説は日本でも書かれているが、それほどさかんではない。とくに子どもが書いたものを募集・発表する場所はほとんどない。

 しかし版元なり小説投稿サイトが公式で『マインクラフト』の販売元であるMojang社と組んでコンテストを継続的に行えば、そこから未来の小説家、脚本家、シナリオライターが羽ばたくのではないか。

『マイクラ』はその自由度の高さがおもしろ動画を作ることにも向いているため、YouTubeなどでゲーム実況も無数に制作され、あるいはプログラミングの教材にも使われている。

 であれば、作家育成への活用も考えてみてはどうだろうか?

 幸いにしてお手本、ヒントとなる小説はすでにある(いま紹介してきたとおりだ)。

 ゲーム内で自分だけの世界をつくる延長で、お話をつくってみたいと思う子どもはおそらく無数にいるはずだ。

「これからの時代は自分の頭で考えられるクリエイティブ人材が必要だ」などと言うのであれば、マイクラのゲームや小説はその最良の教材のひとつなのであって、禁止するよりうまく使うことを考えるべきなのだ。