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極端なプレイのゲーム実況を観ている感覚に陥る『痛いのは嫌なので防御力に極振りしたいと思います。』とは

飯田一史ライター
アニメ『痛いのは嫌なので防御力に極振りしたいと思います。』公式サイトトップより

2016年から「小説家になろう」に連載されている夕蜜柑によるウェブ小説『痛いのは嫌なので防御力に極振りしたいと思います』が2020年1月よりTVアニメが放映される。そのおもしろさについて原作ベースで紹介してみたい。

■だいたいどういう話? ゲーム初心者が無茶苦茶やったら大成功していく話

ゲーム初心者の女子がVRMMORPG(大人数で同時接続するオンラインのVRゲーム)『NewWorld Online』を始めたら、たまたま天賦の才能があったのか他のプレイヤーや運営までもがあんぐりするような異形の存在となり、本人や友人たちはいたって楽しそうにプレイを進めていく。というのが基本的なあらすじだ。

主人公のプレイヤーキャラクターである「メイプル」はタイトル通り防御力に全振りした(ステータスの振り分けをとにかく防御力に回す)結果、トンデモな勝ち方をするキャラに化ける。

もちろん、強いけれども絶対的なものではない。たとえば毒耐性や毒無効を持つ相手とは相性が悪い(途中でそれもまた変わっていくが)し、他プレイヤーは圧倒するのになんと雪だるま相手(!)に苦戦したりする。

基本、主人公たちが「おいおい」とツッコミたくなる勝ち方をしていくのだが、あっけなくガンガン勝つというよりは意外と戦略戦(マップの攻略ではボス戦などで、イベントではギルド同士のチーム戦などで)であり、駆け引きのおもしろさがある。

■ゲーム上の攻防にとにかく集中――ゲーム外の人生・人間は極力描かず、気楽さが通底

この作品に触れていると、ゲーム実況やeスポーツを観ているのに近い感覚になる。

VRMMORPGものだと、たとえば『ソードアート・オンライン』ではゲーム内の出来事とゲーム外の現実世界の両方が描かれるが、この作品ではプレイヤーたちが現実世界でどんな人間なのか、どんな生活をしているのかは最低限しか描かれない。

ゲームでの出来事が人生の問題にリンクしたり、逆に現実世界の出来事がゲームに作用するといったことはほとんどない。

ゲーム外の描写のなかで多くを占めるのは、ゲームについて5ちゃんねる風の匿名掲示板上でプレイヤー同士が主人公メイプルたちの振る舞いについてダベっている、というものだ。

読んでいて現実に存在する社会問題について考えさせられたりもしない。

つまり、ひたすらゲームとしてのおもしろさ、ゲームとして楽しんでいるプレイヤーたちの姿を描くことに注力している。

それ以外のことは描写されない。

ゆえに受け手がゲーム中の出来事以外についてほとんど考える余地を与えず、高い没入感をもたらしている。

「それってゲームバランス崩壊してない?」などとツッコミたくなる部分がないわけではないのだが、そもそも主人公たちがなかなかにアレな振る舞いを連発して見た目も保有スキルもどんどんおかしなものになっていく(「かわいい女の子」という一線は一応キープしてはいるものの……)ので、笑って済ませてしまう。

この作品には、SAOなどとは違って「ゲーム内で死んだら現実世界でも死亡」といったシリアスな設定もない。主人公をはじめとするほとんどのプレイヤーたちは「このゲームに人生を懸けている」なんてわけでもない。あくまで遊びとして一生懸命なだけだ。だから多少ミスった行動をしたところで敵も味方もそこまで深刻さがない。気楽さが一貫して通底している。

だから観ている(読んでいる)こちらとしても、変な緊張感を抱かずに、ただただゲーム内で起こる攻防、メイプルたちの天然な変態プレイを笑って眺めていられる。

■アニメ版に期待するポイントは「行間」の具現化

人がなぜゲームをやる、または観るのか。

その理由はさまざまだろうが、ひとつには没頭して気晴らししたい、というものがある。

ツッコミというのは対象と距離感がなければできないことで、観ている側にツッコませる行為は没入させることとは対照的な状態だ。

だが、『防振り』はゲーム内の駆け引きを描いたり、難敵に勝つことの気持ちよさを描いたりして引き込む部分と、ツッコませて笑わせる部分のバランス感覚に長けている。

気散じにもってこいの一作だ。

原作は描写も少なく非常にサクサク進む。

その文章をもとにアニメではどのような味付けで画づくりがされ、演出されるのかが楽しみだ。

ライター

出版社にてカルチャー誌や小説の編集者を経験した後、独立。マーケティング的視点と批評的観点からウェブカルチャー、出版産業、子どもの本、マンガ等について取材&調査してわかりやすく解説・分析。単著に『いま、子どもの本が売れる理由』『マンガ雑誌は死んだ。で、どうするの?』『ウェブ小説の衝撃』など。構成を担当した本に石黒浩『アンドロイドは人間になれるか』、藤田和日郎『読者ハ読ムナ』、福原慶匡『アニメプロデューサーになろう!』、中野信子『サイコパス』他。青森県むつ市生まれ。中央大学法学部法律学科卒、グロービス経営大学院経営学修士(MBA)。息子4歳、猫2匹 ichiiida@gmail.com

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