高校生の7割、中学生の6割、小学生の半分が月に1冊も雑誌を読まない状況はなぜ生まれたのか?

各年の「学校読書調査」(全国学校図書館協議会)より作成

 2019年5月に実施された「学校読書調査」の結果が出た(「学校図書館」2019年11月号)。

「若者の本離れ」ということが80年代からたびたび叫ばれているが、小中高生の読書冊数や不読率(一冊も読まない人の率)は90年代後半にピークに達したものの、2000年代以降、冊数は増え、不読者は低下した。市場動向を見ても少子化に抗うように堅調である。現在では「若者の本離れ」はまったく事実に反する認識だ。

各年の学校読書調査より作成
各年の学校読書調査より作成
各年の学校読書調査より作成
各年の学校読書調査より作成
各年の『出版指標年報』(出版科学研究所)と総務省統計局人口推計を元に作成
各年の『出版指標年報』(出版科学研究所)と総務省統計局人口推計を元に作成

 ところが一方で、80年代から90年代にかけては「子どもが本(書籍)を読まないのは雑誌とマンガのせいだ」としばしば標的にされてきた雑誌は、90年代から読書冊数の減少と不読率上昇が止まらず、発行部数も減少の一途を辿っている。

各年の学校読書調査より
各年の学校読書調査より
各年の学校読書調査より作成
各年の学校読書調査より作成
各年の『出版指標年報』(出版科学研究所)と総務省統計局人口推計を元に作成
各年の『出版指標年報』(出版科学研究所)と総務省統計局人口推計を元に作成

 子ども向けの本市場において、なぜこうも書籍と雑誌で明暗が分かれたのか?

 ひとことで言えば、書籍には政策の力が大きく働き、雑誌にはまったく働かなかったからだ。

 1997年の学校図書館法改正による司書教諭設置義務化を皮切りに、2000年の「子ども読書年」、98年改訂・2002年実施の学習指導要領改定に伴う「総合的学習の時間」等での図書館活用(以降、学校図書館と公共図書館の連携が常態化)、2002年から現在まで続く「子どもの読書活動の推進に関する基本的な計画」、2005年に文科省が発表した「読解力向上プログラム」、同年の「文字・活字文化振興法」制定、2014年には再び学校図書館法が改正され、学校司書の配置に法的根拠が与えられ配置が進むなど、子どもの読書に関する法律改正、教育政策の実施が矢継ぎ早に起こったのが、この20年あまりだった。

 現在の子どもの書籍市場の活気は、こうした政治・政策の動きに少なからず支えられている。

 

 しかし、雑誌はその恩恵にあずかることができなかった。

 1993年から始まった学校図書館整備に関しては、2017年度から第5次計画が進行しており、財政規模は5カ年で学校図書館図書の整備に約1100億円、学校図書館への新聞配備に150億円、学校司書の配置に1100億円の地方交付税交付金の措置が執られている――が、新聞のようには雑誌は「別枠」で予算措置が執られていない。

 全国学校図書館協議会(SLA)による「2018年度学校図書館調査報告」によれば、小学校の図書館で雑誌を購読している割合はわずか15.8%、購読している学校での平均を見てもたった2種類。雑誌の存在はほとんど無視されている。

 また、90年代後半から2000年代後半まで実施校を伸ばし、現在ではほとんどの小中学校で行われている「朝の読書」でも、原則としてマンガと雑誌は不可(一部の学習マンガだけは可)、とされている学校がほとんどだ。

 小学校における読書ボランティアの活用(読み聞かせなどを行う)は2005年に急増し、以降も増加を続けて2016年には8割を超えるに至っているが、雑誌が読み聞かせの対象になることはほとんどない。

 このように、読書推進活動において「本を読もう」というかけ声の大きさに比べれば、「雑誌を読もう」という声は塵ほどしか言われてこなかった。

 なぜか?

 児童書や新聞の関係者が熱心にロビイングしてきたことに比べれば、雑誌の関係者はそうしてこなかったように見受けられる。

 わずか20数年前までは出版業界全体が書籍よりも雑誌がはるかに儲かる世界に生きてきたがゆえに、そういう発想自体がなかったのかもしれない。

 ちなみにだが、朝読の理論的根拠となったジム・トレリースの『読み聞かせ』("The Read-Aloud Handook")では「読むための素材は子供自身に選ばせること(本、雑誌、新聞など)」とあり、原典では雑誌は排除されていない。

 ばかりか、その最新版である第7版(日本でも『魔法の読みきかせ』というタイトルで翻訳が刊行されている)では、OECDの研究をもとに「夢中になって読みさえすれば、本でも雑誌でもマンガでも読解力は向上する」ということが強調されている(つまり、朝読での雑誌排除は、学力向上という視点からすれば無根拠な線引きである)。

 このようなエビデンスをベースに雑誌の「教育的意義」を発信し、それによって読書推進政策に雑誌を組み込ませることは不可能ではなかったと思うが、これまでそうした試みはほとんどなされなかった。

 結果、かつてであれば子ども向けの雑誌に使われていた時間やお金は、書籍に回ることはあっても、雑誌からは遠ざかるばかりになり――小学生の半分、中学生の6割、高校生の7割が雑誌をまったく読まないという現在がある。

 ……と言っても「雑誌がどうなろうとどうでもいい」という人も少なくないだろうが、個人的には、子どものころ学研の(今はなき)『科学』や『学習』などの雑誌を愛読していた人間のひとりとして、もう少しうまく立ち回れはしなかったか、と思う次第である。