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鉄道ファンが注目する、京都鉄道博物館の「車両特別展示」その新たな可能性

伊原薫鉄道ライター
京都鉄道博物館で並んだ「丹後くろまつ号」(左)と「○○のはなし」

 梅小路蒸気機関車館と交通科学博物館を統合する形で2016年4月に開館した、JR西日本の京都鉄道博物館。日本最多という53両の展示車両や、現役で活躍するSLの整備作業が見られる「SL第2検修庫」と共に、同館の特徴の一つとなっているのが、外部の営業線とつながっている2本の引き込み線だ。外部とつながっているということはつまり、現在活躍している車両を“ゲスト”として博物館で特別展示できるということである。

 開館4か月後の2016年8月には、早くもその第1弾として、軌道や信号の状態を検測する「ドクターWEST」ことキヤ141系を展示。翌年8月には、JR貨物の電気機関車や貨車も初めて入線した。他にも、子どもたちに大人気のJR四国「アンパンマントロッコ」や、青函トンネルで活躍する電気機関車、さらにはJR西日本の豪華列車「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」など、展示された車両は20種類以上にのぼる。

 そんな特別展示の歴史に、新たな1ページが加わった。2021年6月、京都丹後鉄道の「丹後くろまつ号」が展示されたのである。

○「丹後くろまつ号」が初めて京都市内へ

ディーゼル機関車に押されて展示エリアに入線する「丹後くろまつ号」(写真は全て筆者撮影)
ディーゼル機関車に押されて展示エリアに入線する「丹後くろまつ号」(写真は全て筆者撮影)

 京都丹後鉄道は、その名の通り京都府北部の丹後エリアを走る鉄道である。もともと丹後エリアでは、国鉄時代に建設が中断された宮福線(福知山~宮津間)を引き継ぐ形で、1988年に宮福鉄道が開業。1990年には、JR西日本宮津線(西舞鶴~宮津~豊岡間)の運営も同社が引き継ぐことになり、これに合わせる形で前年に社名を北近畿タンゴ鉄道(KTR)へと変更した。

 だが、沿線人口の減少などで利用が伸び悩んだため、京都府や沿線自治体は同鉄道の支援策として、資産保有会社と運営会社を分ける「上下分離方式」の導入を決定。KTRは駅や線路、車両などを保有し、運営会社がこれらを借りて営業する形となった。運営会社には、高速バス事業などを手掛けるWILLERグループが選ばれ、2015年4月にWILLER TRAINS、通称「京都丹後鉄道」(丹鉄)として新たなスタートを切った。

 今回展示された「丹後くろまつ号」は、2014年にデビューした観光車両である。車内で沿線の食材を使った料理が味わえるレストラン列車として、週末を中心に運行。半期ごとに料理の内容や運行ルートが変わり、何度訪れても違う旅を楽しめることから、好評を博している。

 この「丹後くろまつ号」を、是非とも京都鉄道博物館で展示したい……そう考えた福知山エリア出身の同館スタッフが、2020年秋ごろにJR西日本福知山支社を通じて丹鉄側に打診。これに快諾を得られたことで、具体的な調整が始まった。ただし、「丹後くろまつ号」はJR小浜線への乗り入れ実績はあるものの、京都まで乗り入れたことはない。乗り入れに必要な保安装置も装備していないため、京都へはJRのディーゼル機関車で牽引する必要があるが、逆にディーゼル機関車は丹鉄に入線できない。そこで、両社の接続駅となる福知山駅で、回送されてきた双方の車両を連結するという“前代未聞”の作業を行うことになった。「こうした作業や、車両の乗り入れに問題がないかどうかの確認に多くの時間がかかったものの、多くの方にご尽力いただき、展示が行えるようになりました」と、同館スタッフは話す。

○普段は立ち入り禁止エリアでの「特別観覧」も

業務用通路に設けられた「特別観覧エリア」 奥にこれから搬入される展示車両が見える
業務用通路に設けられた「特別観覧エリア」 奥にこれから搬入される展示車両が見える

 そして、搬入当日。展示場所への搬入作業は同館の営業時間中に行われることになり、その様子を多くの鉄道ファンが見守った。さらに今回、同館が行った新たな取り組みが、「特別観覧エリア」の設置だ。搬入作業が来館者に公開されることはこれまでにもあったが、その際は博物館内の指定エリアからの見学だった。今回はそこに加え、普段は立ち入れない館外の業務用通路を特別観覧エリアに設定し、ここに入場でるスペシャルチケットを数量限定で販売した。もちろん昨今の事情に配慮して、特別観覧エリア内は十分な間隔がとられている。

 通常の一般入館料が1,200円なのに対し、スペシャルチケットは3,000円。丹鉄の使用済みきっぷや業務用ダイヤグラム(時刻表)などのお土産がつき、何より「普段は絶対に入れない場所から搬入作業が見られる」ということを考えれば、決して高い金額ではないと筆者個人は感じる。同館スタッフは「初めての試みということで、売れるかどうかかなり不安だった」と話すが、フタを開けてみれば数日で完売。コロナ禍で入場者数が落ち込む中、同館の増収にも寄与できたようだ。

まずは「○○のはなし」を館内に搬入。後ろに「丹後くろまつ号」も連結されている
まずは「○○のはなし」を館内に搬入。後ろに「丹後くろまつ号」も連結されている

入換作業中の「丹後くろまつ号」とディーゼル機関車
入換作業中の「丹後くろまつ号」とディーゼル機関車

 搬入作業は、合わせて展示されるJR西日本の観光車両「○○のはなし」と同時に実施。まず北側の引き込み線に「○○のはなし」と「丹後くろまつ号」がディーゼル機関車によって押し込まれ、「○○のはなし」を切り離していったん後退。続いて南側の引き込み線に「丹後くろまつ号」が押し込まれて、搬入作業は終了した。普段は遠く離れた地を走る車両たちが目の前を走る姿に、来館者は満足げ。有料観覧エリアにいたファンの一人は、「こうしたイベントがあれば、ぜひまたここから撮影したい」と話した。

○JRグループ以外の旅客車両展示は初

京都鉄道博物館に足を踏み入れた「○○のはなし」と「丹後くろまつ号」
京都鉄道博物館に足を踏み入れた「○○のはなし」と「丹後くろまつ号」

 ところで、「丹後くろまつ号」の展示は、京都鉄道博物館にとって大きなチャレンジだった。前述の通り、これまで自社やJRグループの車両を展示したことはったものの、JR以外の旅客車両を展示するのはこれが初めてである。これが実現できたことで、今後の可能性にも幅が広がったと言えるだろう。同館のスタッフは、あくまでも個人的な意見と前置きしたうえで「当館と線路がつながっている私鉄さんの車両を展示してみたいという気持ちは、もちろんあります」と話すが、それは私を含めた多くの鉄道ファンも同じ思いだろう。

搬入作業中の「○○のはなし」従来は画面左奥のエリアからしか観覧できなかった
搬入作業中の「○○のはなし」従来は画面左奥のエリアからしか観覧できなかった

 一方で、私鉄、特に地方の第三セクター鉄道にとって、大都市の真ん中にある同館で車両の特別展示を行うことは、大きなPRになる。都市部の人々に実物の車両を見てもらい、グッズを販売しパンフレットを配りながら「次はぜひ、乗りに来てくださいね」とアピールする流れだ。今回も、「丹後くろまつ号」の車内では「くろまつカフェ in 京都鉄博」と称してコーヒーをはじめとする飲料販売を行うほか、実際に乗務しているアテンダントによる各種グッズの販売、沿線観光PRなどを実施。丹鉄の寒竹聖一社長による、沿線地域活性化の取り組みについての講演も行われる。わずか数日間のイベントではあるが、京都鉄道博物館とJR西日本、そして京都丹後鉄道ががっちりと手を組んだ、大きな一歩と言える。

JRグループ以外の旅客車両が京都鉄道博物館で展示されるのは史上初
JRグループ以外の旅客車両が京都鉄道博物館で展示されるのは史上初

 今後、ここでどんな車両が特別展示されるのか、今から楽しみだ。

鉄道ライター

大阪府生まれ。京都大学大学院都市交通政策技術者。鉄道雑誌やwebメディアでの執筆を中心に、テレビやトークショーの出演・監修、グッズ制作やイベント企画、都市交通政策のアドバイザーなど幅広く活躍する。乗り鉄・撮り鉄・収集鉄・呑み鉄。好きなものは103系、キハ30、北千住駅の発車メロディ。トランペット吹き。著書に「関西人はなぜ阪急を別格だと思うのか」「街まで変える 鉄道のデザイン」「そうだったのか!Osaka Metro」「国鉄・私鉄・JR 廃止駅の不思議と謎」(共著)など。

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