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「全ての車両を安全・快適に」注目されるJR西日本の車両リノベーション

伊原薫鉄道ライター
リノベーションにより安全性・快適性が向上したJR207系電車の車内。

先日、私の母からLINEが飛んできた。「高槻駅からJRの普通電車に乗ったら、新型車両だった」という。はて、新車なんて導入されていないのに・・・と、一瞬考えて謎が解けた。そういえば最近、約20年以上前に導入された207系のリニューアルが進んでいるので、恐らくそのことではないか。母に車内の写真を送ってみると、案の定「そうそうこれこれ!座席の真ん中に手すりがあって・・・」と返ってきた。確かに車内の印象がガラッと変わっているので、新車に思えたのだろう。

JR西日本では、この207系のほかに221系もリニューアルが進んでいる。また、国鉄時代に製造された103系・201系・113系などはリニューアルがほぼ終了。最新鋭の車両に混じって、今も活躍中だ。

ところで、これらJR西日本の車両リニューアル(同社では「車両リノベーション」と呼んでいる)に対し、2014年にグッドデザイン賞が贈られた。同賞はデザインが優れた商品などに贈られており、JR西日本でもW7系新幹線や225系近郊型電車など、個別の形式について受賞したことはあったが、今回は車両更新という取組全体に対しての受賞であり、これは日本初の事例となる。そこで、この車両リノベーションがどのような取り組みなのか、そしてその目指すものは何なのかを、JR西日本車両設計室の大森正樹氏に聞いてみた。(インタビュー日:2015年2月)

○最新技術を既存車両に取り入れ、車両のライフサイクルを向上

インタビューに応じていただいたJR西日本の大森氏。車両リノベーションを担当する。
インタビューに応じていただいたJR西日本の大森氏。車両リノベーションを担当する。

JR西日本では現在約5,200両の在来線車両が在籍。一般的な車両の寿命は30年程度なので、毎年約200両の車両を更新する必要がある。全てを短期間のうちに新車で置き換えるには、車両メーカーの製造能力が追いつかず、また莫大な費用がかかるため、今後も使用する車両について更新工事を行うことで、車両全体の品質向上を図っている。

こうした車両のリニューアルは他社でも行われており、珍しいことではない。JR西日本の「リノベーション」は、何が違うのだろうか。

「一般的にリニューアルというと、傷んだ車体を補修したり、古くなった室内をキレイにしたりと、製造した当時の姿に戻すといった印象ですが、「リノベーション」では一歩進んで、最新車両なみの水準とすることを目指しています。」

JR西日本で車両リノベーションという考えが生まれたのは、今から約20年前にさかのぼる。当時、JR西日本では223系や207系が製造される一方、国鉄時代から走る113系や103系もまだまだ使用することから、これら車両を新型車両と同等レベルまでグレードアップさせることになった。

「JR発足後に登場した221系や207系は大きな窓に柔らかいシート、明るい車内が好評でした。それゆえに従来車とのギャップも大きく、これらの車両を新車なみに更新して、サービスレベルを底上げする必要が出てきました。もともと関西は「私鉄王国」とも言われたほど私鉄のサービスレベルが高く、それに負けられないという点もあります。単に座席モケットや壁の化粧板を新しくするだけではなく、例えば103系は冷房装置や扇風機などが出っ張って見栄えが悪かったのを、207系と同等の送風方法に改造してすっきりとさせ、蛍光灯にもカバーを付けました。」

リノベーション後の103系。天井がすっきりし、明るさとともに広さも感じる。
リノベーション後の103系。天井がすっきりし、明るさとともに広さも感じる。

リノベーションにより、もちろん乗り心地や車内環境は格段に良くなったが、それ以外にも効果が生まれたという。新型車両と部品を共通化することで、補修や清掃などが新型車両と同じ要領で作業できるようになったのだ。

「お客様から見て、「JRの車両はこういう車内」というイメージも、良い方向で統一されていった」という通り、確かに筆者もこの時期にJR車両の印象ががらりと変わった。それまでは103系の無骨で乗り心地の硬い印象が強かったが、ソファのような207系の座席に感動(?)し、103系のリニューアルが始まったときには「あの103系がここまで化けた!」と驚いたものである。今では更新工事から15年、製造からは35年を超える車両も増えてきたが、そこまでの古さを感じさせないのは、徹底したリニューアルの賜物だろう。

○「最新の安全性を取り入れ、決して妥協しない」

生まれ変わった207系。手すりの位置・太さ・つり革の本数など全てが計算されている
生まれ変わった207系。手すりの位置・太さ・つり革の本数など全てが計算されている

一方で、2010年代に入ると221系・207系も製造から20年を迎えるようになった。国鉄時代の様々なしがらみ−車両や部品、取り扱い方法の全国共通化など−から解放され、JR西日本のベースを築いたこれら車両のリニューアルは、これまでとは違った考え方が必要だった。つまり「国鉄車両とJR西日本車両のギャップを埋めるという従来の考え方ではなく、これまで目標としていた車両を、最新の技術・サービス水準へ更に進化させる」ことを目的としたのである。そして、そこで最重要となったのが「最新の安全性を取り入れ、決して妥協しない」という点だった。

「225系や521系では、吊り革や手すりの形状、袖仕切りの大型化に加え、バリアフリー対応お手洗いの導入など、様々な改良が施されました。221系のリノベーションにあたってはこれらを最大限に取り入れ、特に安全面で改善できる部分は新型車両と同等に高めています。」

例えば、221系のリニューアル車両では、シート上部やドア横に設置された手すりの角が丸められ、また大きさ・太さも工夫されている。ずらっと並んだオレンジ色の吊り革は視認性も良い。

221系の改造前と改造後。並べて見るとまるで新車のように変わっている。
221系の改造前と改造後。並べて見るとまるで新車のように変わっている。
収納式座席やドア上のLED表示器を追加、ドア横手すりの端部形状にも注目。
収納式座席やドア上のLED表示器を追加、ドア横手すりの端部形状にも注目。

「207系車両は、製造当初は袖仕切りや手すりなどを少なくし、すっきりした車内が特徴でしたが、リノベーションにあたっては座席中央にも手すりを設け、つり革の大きさ・高さ・本数も改良しました。オレンジ色の手すりや吊り革は、デザイン面から見ると意見の分かれるところですが、急ブレーキなどの際の視認性向上という点からは有効なので、この色に迷いはありませんでした。」

ちなみに、つり革の数が従来よりも大幅に増えているが、これも「普段使ってもらうというよりは、とっさの時に掴めるように」数や配置が工夫されているとのこと。手すりの位置も「立っているお客様がつかみやすく、座っているお客様が立ち上がる際にも使いやすい」よう、人間工学などを基に座面から100mm程度離している。

その他にも、ドア上のLED式案内装置やラッシュ時に収納できる補助席の導入など、最新車両で採用されている設備も取り入れられた。

◯「車両の床から上は、全てがお客様のための空間」

車内だけでなく、機器や外観も更新された。右側が従来車、左側がリノベーション施工車
車内だけでなく、機器や外観も更新された。右側が従来車、左側がリノベーション施工車

「鉄道車両は、お客様に安全・快適な輸送サービスを提供するのが絶対の使命。221系や207系のリノベーションは「床から上は全てお客様のための空間」と認識し、妥協せずに作り込んだ1つの結果です。20年にわたって取り組んできた車両リノベーションが、一連の流れとしてグッドデザイン賞を受賞できたことは、とても嬉しいです。」と大森さんは話してくれた。あのオレンジ色の大きな吊り革や手すり、そして車端部に掲げられたGマークは、日々進歩する技術を最新車両だけではなく、既存の車両にも積極的に取り入れようとする、JR西日本の姿勢の表れといえるだろう。そして、乗客が今日も安心して鉄道を利用できるように、その「進化」は今日も続く。

※大森正樹氏プロフィール

1967(昭和42)年生まれ、48歳。大学時代にビジュアルコミュニケーションデザインを専攻、1989(平成元)年にJR西日本へ入社後は681系「サンダーバード」や285系「サンライズ瀬戸・出雲」の設計や103系のリニューアルに携わる。現在は鉄道本部車両部車両設計室課長。

鉄道ライター

大阪府生まれ。京都大学大学院都市交通政策技術者。鉄道雑誌やwebメディアでの執筆を中心に、テレビやトークショーの出演・監修、グッズ制作やイベント企画、都市交通政策のアドバイザーなど幅広く活躍する。乗り鉄・撮り鉄・収集鉄・呑み鉄。好きなものは103系、キハ30、北千住駅の発車メロディ。トランペット吹き。著書に「関西人はなぜ阪急を別格だと思うのか」「街まで変える 鉄道のデザイン」「そうだったのか!Osaka Metro」「国鉄・私鉄・JR 廃止駅の不思議と謎」(共著)など。

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