『陸王』は中小企業経営の教科書! こはぜ屋の「SWOT」「成長戦略」を分析してみた

『陸王』の経営戦略を分析する「ベンチャー・ビジネス論」の授業(写真:家入龍太)

 大ヒット中のドラマ『陸王』では、足袋や地下足袋の老舗企業である「こはぜ屋」が、じり貧の経営環境から脱出するため、超軽量で丈夫な新素材「シルクレイ」を使ったマラソンシューズ開発に社員一同が奮闘する姿が描かれている。

 このドラマを中小企業診断士の視点で見ると、中小企業が時流や市場の変化に対応するための多角化戦略や、大企業に対抗するための競争戦略、新製品の顧客によるマーケティング戦略の違いなどがリアルに描かれており、まさに経営戦略の教科書とも言える内容だ。

 そこで、勝手ながら、こはぜ屋の経営戦略を分析してみた。

「陸王」開発におけるこはぜ屋のSWOT分析

 100年前のドイツ製ミシンを今も使い続ける老舗、こはぜ屋は手作りによって高品質の足袋や地下足袋を製造してきたが、市場の縮小により経営はじり貧が続いていた。

 そこで目を付けたのが、マラソンブームだ。地下足袋製造の技術を生かして、マラソンシューズ「陸王」を開発し、将来性のある新規事業に育てようと決断したのだ。

 この状況を企業の内的要因である「強み(S)」と「弱み(W)」、外的要因である「機会(O)」と「脅威(T)」で整理すると、次になる。

「陸王」開発でのこはぜ屋のSWOT(資料:家入龍太)
「陸王」開発でのこはぜ屋のSWOT(資料:家入龍太)

 「強み」は、100年の伝統ある足袋、地下足袋製造の技術や社員の団結、「弱み」は設備の古さもあるが、なんと言ってもマラソン分野は素人であることだろう。また、「脅威」としてはマラソンシューズを製造・販売する「アトランティス」のような大手企業がひしめいていることだ。

 そこで、こはぜ屋は靴底の素材として軽量・丈夫な新素材「シルクレイ」の特許許諾を得て、独占的な製造権を獲得した。また、実力あるランナー、茂木裕人のサポート企業となり彼の意見を製品の改良に生かした。

 これらの行動は、こはぜ屋のSWOT分析を行うと、見事にポイントを突いた経営判断であることがわかる。

こはぜ屋の決断や行動を「SWOT分析」したもの(資料:家入龍太)
こはぜ屋の決断や行動を「SWOT分析」したもの(資料:家入龍太)

 SWOTは、それぞれ複数あるが分析をシンプルにするため、それぞれ代表的なものを1つだけ選んだ。

 強みを機会に生かすのはもちろん「マラソン足袋(陸王)の開発」だが、脅威であるライバル企業に対しては「シルクレイで差別化する」ことで対抗している。

 また、「マラソン分野は素人」という弱みで機会損失をしないように、茂木裕人と連携した。最大のポイントは、弱みと脅威による大失敗を防ぐためシルクレイ特許の独占使用によって、ライバル企業が「模倣戦略」を取れないようにしたことだろう。

なぜ、「足軽大将」は大ヒットし、4代目「陸王」は売れなかったか

 「陸王」の開発中にも、非協力的な銀行から融資を引き出すために、こはぜ屋は業績を改善する必要があった。そこで社長の宮沢が「逆転の発想」で思いついたのが、超軽量のシルクレイを地下足袋の靴底に使った「足軽大将」を新製品として発売することだった。この狙いは当たり、こはぜ屋には全国から注目が殺到する。

 一方、「陸王」も茂木選手からの意見を取り入れて製品改良を進め「4代目陸王」を作り上げた。駅伝大会でも茂木選手はライバルの毛塚選手を抜き去るなどの好成績を挙げ、品質的な自信を得た。そこで満を持して「陸王」を量産し、発売に踏み切ったのだが、販売成果は惨憺(さんたん)たるものだった。

 なぜ、こんなにも結果が違ったのだろうか。この原因を製品と顧客を「既存」と「新規」で分類する「アンゾフの成長ベクトル」というツールで分析すると次のように見える化される。

製品と顧客で見た「足軽大将」と「陸王」の成長戦略の違い(資料:家入龍太)
製品と顧客で見た「足軽大将」と「陸王」の成長戦略の違い(資料:家入龍太)

 「足軽大将」と「陸王」は、どちらも新製品であるが、決定的に違うのは顧客である。

足軽大将は既存の地下足袋ユーザーを対象にした新製品なので、単なる「新製品開発戦略」ということになる。こはぜ屋のブランドも通用するので、顧客はその品質や機能性を即座に理解し、短期的に売り上げを伸ばすことができた。価格も5600円(注:価格はビデオ映像をコマ送りして確認した)と従来製品に対して数割高い程度だ。

 一方、陸王はマラソン愛好家という、これまでとは全く違う新しいユーザーを対象に提供した新製品だ。販売チャネルもマラソンシューズ売り場なので、顧客は「こはぜ屋」のことをほとんど知らず、ブランド力もほとんど通じない。陸王がいくら良い製品であっても、それを理解してもらうまでにはもっと時間が必要なのだ。

 両者のマーケティング戦略を「製品(Product)」「価格(Price)」「顧客(Place)」「販促(Promotion)」の「4P」で整理したのが次の図だ。

足軽大将の4P(資料:家入龍太)
足軽大将の4P(資料:家入龍太)
「陸王」の4P(資料:家入龍太)
「陸王」の4P(資料:家入龍太)

 つまり、陸王は製品、価格とも新しい道を求める「多角化戦略」なので、新しい顧客に対する製品販売や販促に失敗したものと考えられる。しかし、陸王の価格は1万2000円とこれまでの足袋や地下足袋と数倍高いので、今後、マラソン愛好家に認知され、販売が増えてくるとこれが製品と顧客の両方が広がるため、経営的には大成功につながりそうだ。

「生きた足袋博物館」として産業観光分野への進出の道も

 「陸王」のストーリーからは離れるが、こはぜ屋には100年の歴史を持つ製造設備やベテラン職人による無形の製造技術という資産もある。これを最近のインバウンドブームに生かすこともできる。

 こはぜ屋の工場を「生きた足袋博物館」として、製造の現場を見せながら歴史ある機械や足袋の作り方などを、外国人観光客などに見せるのだ。

 すると、陸王の開発、製造では弱みだった「古い設備」は逆に強みへと変化する。外的要因の機会もマラソンブームではなく、「インバウンド観光客の増加」や「体験を求める旅のニーズ増加」などに変わるだろう。

「生きた足袋博物館」として産業観光分野に参入する場合のSWOT(資料:家入龍太)
「生きた足袋博物館」として産業観光分野に参入する場合のSWOT(資料:家入龍太)

 これらの資料は、筆者が非常勤講師として、関西大学総合情報学部で授業を行っている「ベンチャー・ビジネス論」で使ったものだ。この授業では『陸王』を教材の一環となる"公式ドラマ"と認定し、受講者に視聴を推奨している。

 このほか、企業の規模別な競争戦略や、シルクレイ特許を低価格で独占できた宮沢社長のリーダーシップ、シルクレイをマラソンシューズに使えるようにするまでの技術開発、企業の合併・買収(M&A)戦略など、ドラマ『陸王』には様々な経営戦略が満ちている。

 放送は2017年12月24日までだが、今後もドラマの進展を経営的な視点でも楽しみながら、授業でも経営戦略を考察していきたいと考えている。