Yahoo!ニュース

岩手のキムチ納豆ラーメンの老舗「柳家」がベトナム・ハノイにこだわり続ける理由

井手隊長ラーメンライター/ミュージシャン
「柳家」がベトナム・ハノイで提供している味噌ラーメン

「柳家」の元祖キムチ納豆ラーメン
「柳家」の元祖キムチ納豆ラーメン

岩手県盛岡市に「柳家」という老舗ラーメン店がある。1975年に創業し、岩手県内を中心に10店舗を展開する人気店だ。

看板メニューの「元祖キムチ納豆ラーメン」は盛岡のソウルフードともいわれ、長く地元のお客さんを中心に愛されている。「柳家」は仙台には進出しているものの、東京やほかのエリアでは食べることはできない。地元に根ざした名店として長く知られてきた。

柳家 総本店 ※柳家提供
柳家 総本店 ※柳家提供

そんな「柳家」が2016年に突然海外進出をした。場所はベトナムのハノイ

長い間盛岡を支えてきた名店がなぜ急にハノイに進出したのか。現地の調査も含めて取材してきた。

盛岡には三大麺というものがある。「冷麺」「じゃじゃ麺」「わんこそば」である。

「わんこそば」はそばの食べ方だが、「冷麺」や「じゃじゃ麺」は盛岡独自の食べ物として知られている。「柳家」の代表取締役・大信田和彦さんは語る。

「盛岡の“四大麺”として『ラーメン』を根付かせたいと思っているんです。

その中で、冷麺は韓国のもの、じゃじゃ麺は中国のものがそれぞれ進化してできたという歴史があります。四大麺としてラーメンを根付かせるためには、“世界の味”を知ることが大事だと考えました」(大信田さん)

大信田さんは、日本の国内展開ではなくあえて世界に出ることで新たなラーメンが作れるのではないかと考えたのだ。「柳家」は全く言葉の通じないハノイで、その文化から学び、現地のお客さんたちにラーメンを作る挑戦をした。

「海外ならどこでもよかったのですが、盛岡の学校で25年位前からベトナム人を受け入れていたという歴史があり、地元の銀行の繋がりで紹介してもらいました。

繁華街という意味ではホーチミンの方が栄えていて、吉野家さんや丸亀製麺さんなど日本のお店も多いのですが、 ハノイ出身のエージェントと知り合い、土地勘があるエリアの方がいいだろうとハノイでやることを決めました」(大信田さん)

MY OSHI  03
MY OSHI 03

「柳家」がハノイにオープンした2016年頃は、日本の店は居酒屋が十数軒、ラーメンは「一幸舎」(現在は閉店)を始め数件のみだった。

店名は「やなぎや」がベトナム人には発音しづらいということから、「MY OSHI 03」と名付けた。「MY」は「麺」という意味、「OSHI」は大信田さんの苗字から、「03」は店の前の通りの番号だ。

店内には「柳家」の看板もある
店内には「柳家」の看板もある

店主は日本の「柳家」で専務を務めていた西條秀市さんだ。ハノイでの成功を盛岡に持ち帰るためにも日本人の店主を派遣する必要があったのだ。

オープン当初は、看板メニューの「キムチ納豆ラーメン」も含めて提供していたが、ほどなくしてそれをやめ、現地のお客さんに受け入れられるラーメンを目指すことにした。

「MY OSHI  03」店主の西條秀市さん
「MY OSHI 03」店主の西條秀市さん

「盛岡の味にこだわらず、ハノイでウケるものを作ろうというコンセプトにしました。

“ラーメン”という単語自体がポピュラーではないのでなかなか理解されませんでしたが、ラーメンを日本のものという感覚ではなく“ベトナム料理”として定着させたいと思っているんです。

文化を押しつけるのではなく新たなものを生みたいという気持ちでラーメンを作っています」(西條店主)

身付きのいいタイ産の鶏ガラ。日本のものとは明らかに違う。
身付きのいいタイ産の鶏ガラ。日本のものとは明らかに違う。

スープは鶏白湯がベース。タイ産の鶏ガラを使っているが、鶏ガラといっても日本のものとは違い、身がたくさん付いているのが特徴だ。丸鶏を使うとコスト的に合わないが、タイ産の鶏ガラはちょうどいい身付きをしていて、濃厚なスープが非常によくとれる。ベトナムは豚が牛と同じぐらい高いので、鶏を使うのが現実的だった。

店内で自家製麺
店内で自家製麺

パン用の小麦で無かんすいで仕上げている
パン用の小麦で無かんすいで仕上げている

麺はなんと自家製麺。太麺と細麺の二種類をお店で製麺している。ラーメン用の小麦がないので、バインミー(ベトナムのサンドイッチ)のパン用小麦を使っている。かんすい(中華麺の製麺に使うアルカリ塩水溶液)もなかなか手に入らないので、無かんすいだが、水が硬水なので塩だけでしっかり麺が繋がるという。

味噌スペシャル
味噌スペシャル

こちらが一番人気の「味噌スペシャル」

スープのベースは鶏白湯で、節や鶏油を加え、エビ油もプラスしているのがベトナム風。節をしっかり感じるのが少し日本っぽくて、日本人としては嬉しい。ここはこだわりだという。

ベトナム人は“スープ料理”としてラーメンを食べるので、具をたくさんに入れた方が好評だそうで、チャーシューに加え、味玉、そして細かい野菜がたくさん入るのが特徴だ。

「お客さんにいちばん言われたのが『玉子とチャーシューにもっと火を入れてくれ』ということです。

半熟味玉や柔らかいチャーシューはなかなか受け入れられず、注文があるたびに都度対応してきました。

ベトナム人のお客さんは自分の好みを積極的に言ってくる方が多いので、その頻度を減らすことに注力しました。 多くの人を満足させるものこそが現地に合ったものだと思うので、チャーシューにはしっかり火を入れ、味玉は固ゆでで仕上げるようにしています」(西條店主)

「柳家」が進出した2015年から今日まで、ベトナムにはだんだんラーメン店が増えてきて、その文化も少しずつ広がってきた。日本で働いていたベトナム人が、地元に帰ってラーメン店を開くパターンも増え、ベトナム人の中でもラーメンファンがでてきて好みを語るようになってきているという。

筆者も数店舗食べ歩いたが、レベルの高いラーメンから、見かけが似ているだけで味の伴っていないラーメン店までさまざまで、今は完全な過渡期だと思われる。

「ベトナム人にとっては、ラーメンはまだごちそうで特別な料理という感覚で食べています。普段の食事の選択肢に入っていないのが課題です。

フォーやブンなどの地元の麺料理に比べて値段感的に厳しい部分は大きい(値段はフォーの3~5倍ぐらい)と思います。現実的な価格のラーメンもトライしていく必要があるかなと感じています」(西條店主)

「柳家」がハノイでもがき苦しんだ末、この先生み出す新たな一杯に期待しつつ、盛岡に“四大麺”として「ラーメン」の名が刻まれる日を楽しみにしている。

MY OSHI 03

25 P. Triệu Việt Vương, Bùi Thị Xuân, Hai Bà Trưng, Hà Nội, ベトナム

※写真は筆者による撮影

【関連記事:「麺処・盛岡で45年続いた老舗「柳家」本店の閉店に、コロナに負けないラーメンへの情熱をみた」

ラーメンライター/ミュージシャン

全国47都道府県のラーメンを食べ歩くラーメンライター。東洋経済オンライン、AERA dot.など連載のほか、テレビ番組出演・監修、コンテスト審査員、イベントMCなどで活躍中。 自身のインターネット番組、ブログ、Twitter、Facebookなどでも定期的にラーメン情報を発信。ミュージシャンとして、サザンオールスターズのトリビュートバンド「井手隊長バンド」や、昭和歌謡・オールディーズユニット「フカイデカフェ」でも活動。本の要約サービス フライヤー 執行役員、「読者が選ぶビジネス書グランプリ」事務局長も務める。

井手隊長の最近の記事